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エネルギーと環境

Vol.52 バイオエタノールとクラフトジンで外来植物からアジアを救う

写真)トンレサップ湖の水上村落チュノックトゥルー。見渡す限りホテイアオイが覆い尽くす。

写真)トンレサップ湖の水上村落チュノックトゥルー。見渡す限りホテイアオイが覆い尽くす。
© 株式会社サンウエスパ

まとめ
  • 「ホテイアオイ」という外来植物は繁殖力がすごく、国内外で猛威を振るっている。
  • カンボジアでホテイアオイを使いバイオエタノール生産に挑戦している企業がある。
  • そのエタノールで「クラフトジン」を製造したらヒット商品に。

「青い悪魔」と呼ばれる植物

ホテイアオイ」という南米原産の多年生の浮遊植物がある。明治中期に観賞用に輸入され、いまでは全国に分布する。九州・四国に特に多く見られ、在来水生植物やイネと競合するほか、水流の阻害、船舶の運航や漁業の障害などを引き起こす。外来生物法で「要注意外来生物」に指定されている。(参考:国立研究開発法人「国立環境研究所」侵入生物データベース

英語ではWater Hyacinth(ウォーターヒヤシンス)といい、そのすさまじい繁殖力から「青い悪魔」との異名を持つ。その名の通り、川や沼をあっという間に覆い尽くし、太陽光が水中に届かなくなることで、他の水生植物や水生動物などが棲みにくくなる。除去にも費用がかかり、さらに焼却処分するとなるとCO₂も排出されるのでやっかいだ。

日本でも2020年、香川県高松市の春日川にて大量のホテイアオイが増殖し問題となった。2021年、22年にはさらにヒシ(在来種)が繁茂するなど県は対策に追われている。

ホテイアオイが燃料に

このホテイアオイ、海外でも猛威を振るっている。東南アジア最大の湖、カンボジアのトンレサップ湖もその1つだ。

そのホテイアオイを有効活用して湖の環境改善に奮闘している日本企業がある。「株式会社サンウエスパ」(岐阜県岐阜市)だ。代表取締役の原有匡氏に話を聞いた。

大叔父が興した会社を継いだ原氏は3代目となる。元々古紙回収業を生業としていた同社だが、原氏は2016年に紙からバイオエタノールを製造する事業に乗り出した。

写真)サンウエスパ原有匡代表取締役(右)
写真)サンウエスパ原有匡代表取締役(右)

提供)サンウエスパ社

シュレッダーダストの植物繊維に含まれる細胞壁(セルロース)に特別な酵素を用いて糖化し、さらに発酵、蒸留させることでバイオ由来のエタノールを回収するのだ。

写真)シュレッダーダスト
写真)シュレッダーダスト

© 株式会社サンウエスパ

写真)コンポンチュナン州バイオエタノールプラント(在カンボジア日本大使館とコンポンチュナン州政府との共同プロジェクトによって建設)
写真)コンポンチュナン州バイオエタノールプラント(在カンボジア日本大使館とコンポンチュナン州政府との共同プロジェクトによって建設)

© 株式会社サンウエスパ

画期的なアイデアだったが、食物由来のバイオエタノールとの差別化が難しかった。シュレッダーダストからエタノールを製造しても国内では付加価値は得にくい。そこで海外に目を向けた。

「紙ではなく、未利用植物からバイオエタノールをつくればいいのではないか」。

実は原氏は2012年ごろからカンボジアでさまざまな事業に挑戦しようとしてきた。一般廃棄物、リサイクルショップ、再生資源、古着選別工場などなど。しかし、うまくいかなかった。

そこでトンレサップ湖を覆うホテイアオイに目をつけた。無尽蔵に増えるこの外来植物をエネルギーに変える挑戦が始まった。

トンレサップ湖には約100万人もの水上生活者が住む。ホテイアオイの繁茂で漁に出れないこともあるという。

写真)トンレサップ湖では100万人もの水上生活者が暮らしている。
写真)トンレサップ湖では100万人もの水上生活者が暮らしている。

© 株式会社サンウエスパ

サンウエスパのバイオエタノール事業は、水上生活者にホテイアオイの回収を委託し、それを原料としたバイオエタノールをボートの代替燃料などに利用することで、彼らの生活向上を図ることを目的としている。

しかし、日本や諸外国における政府主導のプロジェクトにおいてすら、年間数万キロリットルの製造規模でも、エタノールの価格はリッター250円がせいぜいだった。とてもガソリンの価格を下回ることはできない。エタノール事業は収益化が難しいことが分かってきた。

クラフトジン事業

足元の収益を確保するためにどうしたらいいか。

原氏はクラフトジンの製造・販売にたどり着いた。お酒の中でジンを選んだわけは、クラフトジンが世界的にブームになっていることと、ジンは独創性が発揮しやすいことを原氏は挙げた。

ジンは、テキーラ、ウォッカ、ラムと並ぶ4大スピリッツのひとつ。ボタニカル(植物成分)によって香りづけした独特の風味を持つ蒸留酒だ。

ニュートラルスピリッツ(中性アルコール)にジュニパーベリー(Juniper berry:西洋ねず)というボタニカルで香り付けしたものをジンと呼ぶ。特産品を用いた地域性や、造り手の個性を反映しやすい、クリエイティブな酒だといえる。

写真)ジュニパーベリー
写真)ジュニパーベリー

© Photo by Floortje/GettyImages

ジンを作る工程はシンプルだ。サンウエスパはすでにエタノールを製造しているのであとはそれにボタニカルを加えて再蒸留するだけだ。その工程でボタニカルの香り成分が抽出され、華やかなフレーバーのジンになる。

「ウイスキーは製品化まで最低7年はかかりますが、ジンは早ければ4〜5時間で製品化できます。カンボジアにはスパイス、ハーブ、トロピカルフルーツなどフレッシュなボタニカルがふんだんにあるのが強みです」。

こうしてでき上がったのが「MAWSIM(マウシム)」と名づけられたジンだ。2種類のフレーバーがある。MAWSIMとは、アラビア語で季節を意味し、モンスーン(季節風)の語源である。

写真)左:MAWSIM GIN SPICES & HERBS
右:MAWSIM GIN TROPICAL CITRUS
写真)左:MAWSIM GIN SPICES & HERBS  右:MAWSIM GIN TROPICAL CITRUS

© MAWSIM

そして奇跡が起きた。2023年の2月にロンドンで開催された「ワールドジンアワーズ」という世界最大規模のジンの品評会で、MAWSIMの「トロピカルシトラス」がフレイバードジン部門において、世界一を意味する「ワールドベスト」に選ばれたのだ。この賞は日本も含むアジア圏で初の受賞だった。

トロピカルシトラスは、キンカン、バッタンバンオレンジ、コブミカン、ライム、パイナップル、パッションフルーツ、マンゴーなどでフレーバーをつけた。

「かなり配合に苦労しましたね。フレッシュフルーツを用いているので品質をコントロールするのが難しくて」。

人気はうなぎ登り。製造が間に合わない状況だ。ジンとしては高額の部類に入るが、去年7月に販売を開始し、当初の販売目標は簡単に達成しそうだ。日本とカンボジアだけでなく、ジンの本場欧州での販売も目指す。

「年間3万から5万本くらいの販売を視野に入れています。それ以上作ると味も落ちると思うし、クラフトジンと呼べなくなるので、おそらくこれ以上は作らないと思います」。

他の国への水平展開も計画している。国毎に違ったフレーバーのジンを開発するのだ。また、次の商品開発にも着手した。従来のジンにこだわらない全く違った視点のお酒だという。

「ジンワインというものです。お茶のタンニンやフルーツで味付けし、あたかもワインのようなジンを作ろうと思っています」

ジンはちょっとハードルが高い、という層に売り込む計画だ。利益率の高いお酒の販売でしっかり収益を確保する。

今後の展望

ジンの販売は好調だが、原氏が目指すのはあくまでバイオエタノール事業だ。前述したとおり、課題はコスト低減だ。

「エタノールの副産物で収益性を上げていくのは限界があります。バイオエタノールの単価がガソリンを切るには技術的なブレイクスルーが必要です」

バイオエタノールの価格を下げる鍵は、セルラーゼという、セルロースを糖に変える酵素が握っている。それが高価なのがネックになっている。代替酵素を見つけようとしているが、今のところうまくいっていない。引き続き研究開発は続く。

一方、日本の水草問題にも取り組んでいる。サンウエスパは「未利用なもの、無価値なものを再定義する」ことを事業ドメインにしている。環境課題ソリューションと高付加価値商品開発の両立がテーマだ。

日本では外来種の水草は除去して焼却処分しているが、それだとCO₂が排出されてしまう。そこでサンウエスパは、「バイオ炭」を提案している。外来植物を炭にすると、彼らが吸ったCO₂が固定されるので、空気中のCO₂が減ったことになる。つまり、「カーボンネガティブ」な状態になる。

「バイオ炭は、無菌アルカリ性多孔質で、土壌改良剤になります。臭いの吸収、菌の繁殖の抑制などにも向いています。このバイオ炭を使った新しいエコシステムを考えています」。

どのようなものかというと、キノコの菌床をバイオ炭で代替し、さらにそのバイオ炭菌床を畜産業の敷料にし、最終的にバイオ炭に微生物と動物の糞尿がついたものを土壌改良剤として使う、という構想だ。現在、行政に提案中だという。

もう一つ面白い取り組みがある。

国産トリュフの栽培だ。バイオ炭にトリュフの菌糸を接種させ、ブナ林のようなところに撒いて栽培する計画だ。実はトリュフには日本固有種があるという。もしかしたら、国産トリュフにお目にかかれる日が来るかもしれない。考えただけでもわくわくするではないか。

いずれにしても、バイオエタノールによるアジアへの貢献への道のりは平坦ではない。原氏が認めるように技術的ブレイクスルーが不可欠だ。しかし、歩みを止めるつもりはない。他の企業と提携してでも実現するつもりだ、と原氏は最後に力強く語った。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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