写真)2023 ハノーバーメッセ産業見本市で展示されたe-fuelの製造装置 2023年4 月17日 ドイツ・ハノーバー
提供)Photo by Alexander Koerner/Getty Images
- まとめ
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- EU、2035年以降エンジン搭載車を認めない方針を修正。
- 水素とCO2でつくる合成燃料(e-fuel)は例外とした。
- ただe-fuel普及にはコストの壁があり、EVが自動車メーカーにとって重要であることには変わりない。
今、「合成燃料(以下、e-fuel:イーフューエル)」に注目が集まっている。
欧州連合(以下、EU)が3月末、自動車の排出基準に関する法律で大きな方針転換をおこなったからだ。
3月28日のEUエネルギー閣僚理事会は、「乗用車および小型商用車の二酸化炭素(CO2)排出基準改正法案」で、2035年にゼロエミッション車以外の販売を原則禁じることで正式に合意した。
EUは地球温暖化対策の一環として、EV(電気自動車)化を急速に進めており、内燃機関(以下、エンジン)搭載車の新車販売を2035年以降認めない方針だった。その点はこれまでと同じだが、今回例外としてe-fuelや水素を利用するエンジン搭載車に限り、新車販売を2035年以降も認めることとなったことが大きい。
もともとエンジン搭載車の販売禁止は昨年秋に欧州理事会と欧州議会、欧州委員会が合意に達していた。しかしその後、フォルクスワーゲン(VW)など自動車大手を抱えるドイツがe-fuelの容認を強く主張したことで、内容の修正を迫られた格好だ。
実際、ドイツ産業連盟(BDI)は、2022年10月の声明で、2035年以降エンジン搭載車の新車販売を実質禁止するEUの決定に対し、数十万の雇用を抱える自動車部品産業に影響を与えると警鐘を鳴らした。また、ドイツ機械工業連盟(VDMA)も同時期の声明で、e-fuelなどで走行するエンジン搭載車であれば2035年以降の販売も認められるべきだと主張した。
急激なEV化によって自動車産業の雇用が失われるという懸念に加えて、年間6.6%(2023年度)という高いインフレ率と、2023年の実質GDP成長率予測が0.2%と景気が低迷していることなどが背景にあると思われる。(参考:ドイツ政府経済諮問委員会経済予測)
日本車メーカーへの影響
さて、e-fuelとは、以前の記事「二酸化炭素と水素がガソリンに代わる?「合成燃料」の可能性」(2021年6月29日配信)で紹介した通り、二酸化炭素(CO₂)と、再生可能エネルギーの余剰電力を使った水素(H₂)を合成した燃料だ。大気中から回収されたCO₂や、工場などから排出されたCO₂を使うため、燃焼時に排出されるCO₂と相殺されてCO₂排出量が実質ゼロ=カーボンニュートラルな脱炭素燃料とみなされる。
今回のEUの決定は、EVで出遅れている日本車メーカーにとって福音だ。これまでEV至上主義ともいえるEUの姿勢に、日本車メーカーは欧州市場において競争力を失うのではないかと危惧されてきた。しかし、今回EUが使用を認めたe-fuelは、既存のエンジン搭載車はもちろん、日本車メーカーが得意とするHV(ハイブリッド車)やPHV(プラグインハイブリッド車)にも使用でき、2035年以降も引き続き欧州で販売できることになる。
HVのパイオニアであり、世界中でHVを販売しているトヨタ自動車株式会社も、e-fuelを使うメリットとして、エンジン搭載車でも脱炭素できる点を挙げている。またトヨタ自動車は、世界的な電動化の流れの中においても、エンジン搭載車の世界販売は2040年になっても80%以上のシェアを確保するとの予測を紹介している。(参考:トヨタイムズ)
トヨタ自動車の2022年度の電動車の世界販売台数は、2,170,618台。地域別販売台数をみてみると、欧州市場の販売台数は705,468台(全体の約33%)でトップである。(2位が北米573,538台/約26%、3位が中国550,571台/約25%)。(参考:トヨタ自動車「2022年度販売・生産・輸出実績」)電動車の海外販売のほとんどがHVであることを考えると、EUがe-fuelを認めたことはトヨタ自動車にとって悪い話ではない。無論、他の日本車メーカーにとってもそうだ。
e-fuelの課題
このe-fuel、世界各国で量産に向け開発が進められている。
提供)全国石油商業組合連合会「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会 資料」
日本も例外ではなく、経済産業省が「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会」を2022年9月に立ち上げた。
一般社団法人日本自動車工業会は、e-fuelの意義として、エンジン搭載車のCO₂排出量削減効果や、エネルギー密度が高いため充填時間が短いこと、ガソリンスタンドなど既存インフラ設備が流用できることなどを挙げている。その上で課題として挙げているのは「コストの高さ」だ。
e-fuelの製造コストは、原料である水素やCO₂をどこで調達するかによって変わる。経済産業省は原料調達から製造まで国内でおこなうと、製造コストは約700円/ℓになると試算している。
提供)経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部 「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた 官民協議会の設置について」
したがって、e-fuelを実用化・商用化するためには、大規模かつ高効率な製造プロセスの開発が必要だ。政府は2040年代にガソリン価格以下のコスト実現を目指しているが、ハードルは高い。e-fuelが社会に実装されるにはまだ時間がかかりそうだ。
提供)経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部 「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた 官民協議会の設置について」
今後の自動車メーカーの戦略
カーボンニュートラル社会の実現に向け、トヨタ自動車はBEV(バッテリーEVの略)一辺倒ではなく、世界の顧客に多様な選択肢を提供する全方位の「マルチパスウェイ(MultiーPathway)」の堅持を表明している。
e-fuelの普及により、エンジン搭載車が欧州市場からすぐに締め出されることは無いかもしれないが、上に述べたようにe-fuelの普及がすぐ実現するわけでもない。引き続き、CO₂を排出しないEVが自動車メーカーの戦略の中核であることには変わりない。
これまでの記事「新車すべて電気自動車」の衝撃度(2021年1月12日配信)や EVウォー 日本メーカーに襲いかかる中韓勢(2022年4月12日)でも紹介してきたが、EV専業メーカーとして先行する米テスラ、それを猛追する中国BYDなどの後塵を拝している日本の自動車メーカーはどう巻き返しを図るのか、予断を許さない展開が待ち受けている。
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