写真) ダーリントン原子力発電所
出典)Ontario Power Generation
- まとめ
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- 世界中で原子力発電関連産業に資金と期待が集まり始めている。
- イギリスや韓国などは昨今の国際情勢を踏まえ、原子力発電を積極的に活用する方向に政策を転換。
- 日本政府も、革新炉の開発などを含め、原子力発電を積極的に利用する方向に。
8月24日に開催された「第2回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」。岸田文雄首相は、原子力発電に関する政策で大きく踏み込んだ。
まず、「電力ひっ迫という足元の危機克服のため」に、「原子力発電所については、再稼働済み10基の稼働確保に加え、設置許可済みの原発再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応をとっていく」とした。
また、「安全性の確保を大前提とした運転期間の延長など、既設原発の最大限の活用、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設」についても言及した。
出典)首相官邸
背景として岸田首相は、「ロシアによるウクライナ侵略によって、世界のエネルギー事情が一変し、かつグローバルなエネルギー需給構造に大きな地殻変動が起こっている」ことを挙げた。
当然のことながら、影響はEU諸国を初めとして世界中に及んでおり、各国のエネルギー戦略は大きく変更を余儀なくされている。とりわけ、原子力発電に対する考え方が世界で大きく変わってきたと実感する事象が増えてきた。
原子力発電関連産業に集まる資金と期待
そうした動きを象徴するのが、カナダのある電力会社が発行した「原子力環境債」と、この債券への市場の反応だ。
「原子力環境債」は、今年7月、カナダの電力会社「オンタリオ・パワー・ジェネレーション(OPG)」が、自社が運営するダーリントン原子力発電所の改修に充てるために発行したものだ。原子力発電関連事業を使途とした「環境債」を発行するのは同社初のことだったが、蓋を開けてみると、発行額の3億カナダドル(日本円で約320億円:1カナダドル=107円で換算)に対し、経済専門通信社のブルームバーグによると、そのおよそ6倍もの応募があったという。
フランスの大手電力会社EDFは、7月12日、原子力を使途に含む資金調達フレームワークを発表した。このフレームワークに基づき原子力発電プロジェクトを対象とするグリーンボンドが発行されれば、欧州初の例となる。
いま原子力発電関連産業に多額の資金と大きな期待が集まり始めている。
EUの原子力発電に関する動き
原子力発電マネー回帰の動きが見え始める中、背景にはEUの原子力発電に対する動きがある。
EUは今年、どのような経済活動が環境面で持続可能であるかどうかを示す基準「EUタクソノミー」に、一定の条件下で原子力発電を含めることを決めた。これはEUとして、原子力発電を持続可能でクリーンな経済活動と認めたことを意味し、原子力発電関連企業への投資を後押しする形となっている。
それぞれの国の原子力発電政策も、最近の国際情勢の変化などを背景に大きく変化している。
出典)2022年8月24日開催 第2回GX実行会議資料「日本のエネルギーの安定供給の再構築」(P27)
・イギリス
今年4月に新たな「エネルギー安全保障戦略」を発表したイギリスは、2050年までに原子力の発電割合を25%にするという前向きな姿勢を打ち出した。この戦略では、イギリス国内の原子力発電の発電能力を、現在の3倍強にあたる最大2,400万kWにまで高めることや、1基/1年に建設ペースを加速し、最大8基の原子力発電所を新たに建設することなどが含まれている。
イギリスはここ数年、原子力への姿勢は比較的消極的なものだった。実際、今年4月の段階で、イギリス国内において現役で稼働中の原子炉は11基に留まり、34基がすでに廃止になっていた。今回示された方針は、近年のイギリスの原子力発電への姿勢を大きく転換するものと言える。
・韓国
イギリスと同じく、ここ数年の原子力発電の方針を大きく転換しているのが、今年3月に新政権が発足した韓国だ。
3月の大統領選に勝利し、新政権を発足させた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、前任の文在寅(ムン・ジェイン)政権の脱原子力発電政策を撤回し、原子力発電を積極的に利用する方針を打ち出している。
選挙期間中から「原子力発電強国」をつくると訴えてきた尹氏は、原子力発電の割合を30%以上にまで引き上げるなどの方針を示している。電気料金の値上がりへの警戒感などを背景に韓国国民からも一定の支持を得られており、この先韓国でも積極的な原子力発電の活用が進むだろう。
・フランス
以前から原子力発電大国として知られるフランス。エマニュエル・マクロン大統領は、今年2月、化石燃料からの脱却をさらに進めるために、原子力の活用を拡大する方針を示している。
具体的には、運転開始から40年以上となる原子力発電所の一部で運転を延長すること、2050年に大型革新軽水炉14基の新規増設を検討すること、さらにフランス政府は7月19日、前述の大手電力会社EDFを完全国有化すると発表した。
・アメリカ
気候変動問題への対応を重視し、原子力発電の活用を続けていく方針はアメリカも同様だ。
バイデン大統領は、既存の原子炉を引き続き長期的に利用しつつ、SMRなど革新炉の開発にも力を入れる方針。今年4月には、米エネルギー省が老朽化した原子力発電所の運営支援のために資金を援助するプログラムも始まっており、脱炭素の流れの中で原子力発電が再評価されている。
・ドイツ
一方で原子力発電の活用をめぐり激しい議論がおこなわれているのがドイツだ。
もともと、現在国内で稼働している3基の原子力発電所を今年末までに停止する予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻を受け、原子力発電所の稼働を延長すべきとの意見が出ている。
実際に、ドイツの公共放送ARDが8月4日に発表した世論調査の結果を見ると、年末までに予定されている原子力発電所を廃止すべきと答えた人の割合が15%だったのに対し、運転を数ヶ月延長することに賛成した人は41%だった。
今年の年末以降も原子力発電所を稼働し続けるべきと答えた人は、全体の8割以上に上っている。厳しい寒さにより暖房の需要が高まる冬に向け、ドイツでの原子力発電活用についての議論の行方に注目が集まっている。
背景にはロシアのウクライナ侵攻
脱原子力発電路線をひた走ってきたドイツを含め、主要各国の原子力発電政策が大きく揺らいでいる一番の要因は、先行きが見通せないロシアによるウクライナへの侵攻だ。
ロシアへの制裁措置の一つとして、ロシア産の化石燃料の禁輸措置に踏み切る国が多いなか、化石燃料を用いる火力発電に代わる主力電源として、また環境に配慮したクリーンなエネルギーとして、原子力発電に期待が集まるのは当然の流れと言えるだろう。
その一方、不安定化する国際情勢を背景に、化石燃料価格の高騰が続く現在の状況においては、一国の原子力発電政策が他の国々にも大きな影響を与えることを理解しなければならない。
例えばドイツが予定通り今年末までに脱原子力発電を実行した場合、原子力に代わるエネルギー源として、発電用の石炭やLNG(液化天然ガス)の需要量は大きく増えることになり、石炭やLNG価格の引き上げに繋がってしまうだろう。
現在の状況下でがむしゃらに脱原子力発電を進めることは、その国だけでなく他国のエネルギー事情にも深刻な影響を与えうるため、慎重な検討が求められるはずだ。
日本の原子力発電政策も変化
不安定化する世界情勢の中、日本では電力自由化の進展や脱炭素化などを背景に、近年、採算の取れなくなった火力発電所の休止や廃止が相次いでいることもあり、一層電力供給が厳しい状況になっている。
出典)経済産業省資源エネルギー庁「2022年度の電力需給と総合対策について(2022年7月)」
実際、東京電力管内で今年3月に電力需給ひっ迫警報、今夏6月には電力需給ひっ迫注意報が発令され、広く国民に節電が求められた。電力需給のひっ迫は今年の冬に再び深刻になると予想されている。(参考:「2022年度冬季の需給見通しについて」)
こうした状況の中、政府は政権運営の方向性を示す「骨太の方針」の中で、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故以降初めて、原子力発電所を「最大限活用する」方針を盛り込んだ。
実際に、今夏最も需給のひっ迫が懸念されていた関西電力が、定期検査中であった大飯原子力発電所4号機の再稼働を前倒しするなど、電力需給のひっ迫を乗り越えるには原子力発電所の利用拡大が必要という認識が広がりつつある。
出典)首相官邸
大飯原子力発電所の再稼働の有無による関西電力管内の予備率の変化については、首相官邸もデータを公表しており、原子力発電所活用の必要性について国民の理解を求めている。
また、経済産業省は8月24日、来年夏以降に、総出力が世界最大の東京電力柏崎刈羽原子力発電所6、7号機など、計7基の原子力発電所の再稼働を目指す方針を示した。
出典)第2回GX実行会議資料「日本のエネルギーの安定供給の再構築」
さらに、経済産業省資源エネルギー庁が今年3月に公表した資料「エネルギーを巡る社会動向と原子力の技術開発」では、「電源の脱炭素化を進めるにあたっては、他電源と比べてエネルギー密度が大きい原子力が有力な選択肢に」とされ、国として、SMRをはじめとする革新炉の開発などを後押ししていくことを明らかにしている。
電力需給が再び厳しい状況になると予想される今冬に向け、原子力発電をめぐる議論が今後ますます活発になってきそうだ。
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