写真)日本エネルギー経済研究所 小山堅専務理事 首席研究員
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- まとめ
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- この冬の電力不足が懸念される中、「サハリン2」を巡る動きに注目集まる。日本エネルギー経済研究所小山堅専務理事首席研究員に話を聞いた。
- 小山氏は、岸田総理が原子力発電所の再稼働を具体的に9基動かすべきと旗幟鮮明にしたことは大きな変化であり意味があると指摘。
- エネルギー安全保障は、市場にだけ任せて解決できるものではなく、政府が適切にしっかり関与していかないと解決できない問題と述べた
夏真っ最中。日本列島は連日猛暑に見舞われており、節電要請もおこなわれている。問題はこの冬だ。夏より深刻な電力不足が予想されており、電力供給の余力を表す「予備率」は東京から九州までの各エリアで安定供給に必要な3%を下回っている。
日本は現在84.8%も化石燃料に依存しており、電力ひっ迫に向けて休止中の火力発電所の再稼働や新設された火力発電所の稼働も予定している。化石燃料の確保が喫緊の課題だ。
「サハリン2」をめぐる情勢
そうした中、懸念されるのは、ロシア極東の石油・LNG開発プロジェクト「サハリン2」を巡る動きだ。
「サハリン2」とは、三菱商事、三井物産、ロシア政府系ガス会社Gazprom(ガスプロム)、Shell(シェル)の4社が出資する石油・LNG複合開発事業だ。
サハリン北部の油田より原油を生産しており、原油生産能力は日量15万バレル。また、サハリン北部のガス田より年間960万トンのLNG(液化天然ガス)の生産能力を有している。その歴史は古く、2008年に原油の生産・出荷、2009年にLNGの出荷を開始している。同プロジェクトは生産するLNGの約6割を日本向けに供給しており、エネルギー安全保障上、無視できない存在だ。(三菱商事「サハリン2プロジェクト」による)
プーチン大統領は3月、ロシアに対して経済制裁をおこなっている「非友好国」に対し、パイプラインで取引されるロシア産天然ガスの取引代金をルーブルで支払うよう命じる大統領令に署名している。さらに、この「サハリン2」について、6月30日、プーチン大統領は事実上の接収につながりかねない大統領令に署名した。
これらの政策の行方が日本のLNG輸入に多大な影響を与えるであろうことは想像に難くない。
そのような状況で7月30日、萩生田光一経済産業大臣(当時)はワシントンで開かれた、日米の外務、経済閣僚による「2プラス2」初会合に参加、「サハリン2」の権益維持の方針をアメリカ側に伝えた。またアメリカのシェールオイルやシェールガスの増産に期待する見解も示した。
一方、ロシア政府は8月5日、「サハリン2」のこれまでの運営会社から事業を引き継ぐ新たなロシア企業の設置を発表するなど、「サハリン2」を巡る情勢はめまぐるしく変化している。
こうした国際情勢は日本にどのような影響を与えるのだろうか。グローバルなエネルギー需給動向に詳しい、(一財)日本エネルギー経済研究所の小山堅専務理事首席研究員に話を聞いた。
原油価格は今年2月にロシアがウクライナに侵攻した直後、跳ね上がったが、今は若干値を戻している。まずは原油価格高騰の原因について小山氏に聞いた。
原油価格見通し
「すでに昨年の秋の時点で原油は80ドルを超えて非常に高い状況でした。大きな原因は国際石油市場における在庫が非常に少ないことです。昨年秋の原油需給逼迫の上にウクライナ危機が重なり、価格上昇がかさ上げされたのです。ここ3ヶ月ぐらいジリジリと石油の在庫が増えて改善に向かっていますが、在庫は低水準という微妙な時期にあります」
バイデン大統領は8月15日、サウジアラビアに出向き、石油の増産を要請した。しかし、それはほとんど意味がなかったようだ。
「原油価格が高いから増産してくれと頼んでも、サウジアラビアからすると、在庫が増えていて世界経済がこれから悪くなるかもしれない時に追加増産などしたらマーケットがまた下落してしまうかもしれないと心配するのは無理もありません。このように今の需給環境は非常に微妙なところにあって、どちらにでも大きく傾くことがありえます」
日本は、原油価格が大きく跳ね上がる可能性を織り込んでおかねばならないということだ。
こうした中、小山氏は今後の石油市況について3つのシナリオを示した。
1番目のシナリオは「地政学リスクはそのままだが大規模供給途絶が一気に起こる事はない」というもの。原油価格は100ドル±20と予測する。
2番目のシナリオは、「大規模な供給途絶が一気に起こる」というもの。原油価格が過去最高値を超えることもありうるとする。
3番目は、「ウクライナで停戦が発生するなど危機が収束に向かい、原油価格が下がる」シナリオだ。ただ、需給環境が大きく改善するわけではないので、下がると言っても危機前の70ドルから80ドルくらいのところに戻ると予測する。
冬の電力ひっ迫に向けて
実は日本はロシアから大量の化石燃料を輸入している。主に「サハリン2」から輸入しているLNGは日本のLNG総輸入量の約9%を占める。
欧州もロシア産の天然ガスに依存しており、日本と状況は同じだ。
「ヨーロッパはロシアの石油も石炭も禁輸しましたが、大消費国であるヨーロッパや日本がロシアのガスやLNGの禁輸を仕掛ける事はちょっとできない状況です」
こうした状況を小山氏は「有事対応モード」と表現する。
「サハリン2の問題は、ロシアが日本の冬場の電力需給が非常に厳しいことをわかった上で揺さぶりをかけてきている可能性もあります。ですから日本は、使えるものは何でも使うという総動員体制でやるしかないのです」
ヨーロッパも冬場に向け必死にLNGを獲得しようと動いている。
まさに、「EU諸国と日本がゼロサムゲームの中で(LNGの)獲得競争をすることになりかねない」、と小山氏は言う。
だったら、ロシア以外の国からLNGを輸入すれば良い。誰しもそう考えるかもしれない。しかし、それは容易なことではない。日本はほとんどのLNGを長期契約で輸入しているからだ。そうした契約には、上下何%かの「変動幅」がついていることが多いと小山氏は指摘する。
「例えば日本の〇〇電力がLNG産出国と年200万トンで輸入契約を結んだとします。それについて双方の合意に基づいて5%ずつ上下双方に幅を持たせると言う契約であれば、その範囲内において同じ条件で調達できるわけです」
しかし、話はそう単純でもない。サハリン2から輸入しているLNGは日本のLNG総輸入量の9%にあたる。
「9%というのは相当大きい数字なのです。9%って言っても600万トンぐらいになるわけで、これをどこか別の代替供給源で確保できるなんて事は基本的にちょっと考えにくい数字です。ドイツとかも死に物狂いで買いに来ているわけですから、容易ではないし一定量調達できたとしてもマーケット価格が暴騰することは間違いないと思います」
原子力発電所の再稼働
岸田首相は7月14日、萩生田光一経済産業大臣(当時)に対し、最大9基の原子力発電所の稼働を進めることと、火力発電の供給能力を10基分確保することを目指すよう指示した。しかし、「原子力発電所9基稼働」は既定路線だったとの批判も招いた。
これに対し小山氏は、原子力発電所の再稼働が必要だという声が今、世論の中で高まっていることをあげ、次のように評価した。
「岸田総理が原子力発電所の再稼働を具体的に9基動かすべき、と旗幟鮮明にしたことは、やはり大きな変化であり意味があると思います」
また、原子力規制の在り方にも変化の兆しが見えてきたとも述べた。
「将来的に原子力発電をどう位置づけるのか、次のエネルギー基本計画に向けて本格化していくと思います。その中で、原子力規制の在り方も議論の1つの大きなポイントになってくるのではないでしょうか」
アメリカでも、スリーマイル島の原子力発電所事故の後、原子力発電所の稼働が大きく下がったが、その後、原子力規制委員会(NRC)の規制のあり方が少しずつ変わり、安全性を守りつつ、運転を進めていくモードに変わった、ということもある。
「カーボンニュートラル、つまり気候変動もエネルギー安全保障も市場の外部性の問題です。要するに、市場にだけ任せて解決できるものではなくて、政府が適切にしっかりと関与していかないと解決できない問題だと思います」
原子力発電のファイナンス
電力ひっ迫が常態化する中、政府は原子力発電所の新増設については触れていない。しかし、ヨーロッパ諸国ではロシアのウクライナ侵攻以来、原子力発電所の新設の話が盛り上がっている。
これまで電力市場の自由化を推進してきたヨーロッパ諸国も、その方針を再検討する状況にあると小山氏は指摘する。
「原子力発電というのは、巨大な投資を最初にやり、それを何年もかけて回収するビジネスモデルです。これは自由化の市場には合わないのです」
世界で最も電力自由化が進んでいる国と言われていたイギリスは昨年、原子力発電所の新規建設を支援する資金調達の枠組みとして「規制資産ベース(RAB)モデル」の導入を目指した「原子力資金調達法案」を作った。
「イギリス政府は、言ってみれば総括原価主義的な方式を復活させようとしているわけです。そうしないと原子力発電は難しいと判断したということでしょう」
原子力発電の新増設や未来の技術である核融合などは、国家の戦略や政策としてやらなければならないと小山氏は考える。
「ただ単に絵を書くだけではダメで、ファイナンスをつける時は、具体的な制度として導入していかなければならないと思います」
エネルギー需給ひっ迫問題は、エネルギーに対する国家戦略のあり方に一石を投じたといえそうだ。
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