写真)「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会であいさつする岸田文雄首相 2022年5月19日
出典)令和4年5月19日 「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会
- まとめ
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- 岸田首相は、新たに20兆円規模の「GX経済移行債」の発行を検討していることを表明。
- 政府は、カーボンプライシング構想についても言及し、グリーン社会の実現を急ぎたい考え。
- 一方、今回のグリーンボンドの発行には、発行金利の上昇が懸念されるなどの点から慎重な意見も。
環境問題への関心の高まりを背景に、ヨーロッパなどで大規模な発行がおこなわれている「グリーンボンド(環境債)」。ヨーロッパなどに比べて、日本ではこれまであまり発行されてこなかった。しかし、先日国内で動きがあった。
グリーン社会実現に向けた新たな取り組み
パリ協定加盟国の日本では、年間12億トンを超える温室効果ガスが排出されているが、2030年には温室効果ガスを2013年比で46%削減、さらに2050年までにはカーボンニュートラルを実現すると政府は宣言している。
出典)環境省
グリーン社会の実現に向けた取り組みとして、これまでにも2兆円の基金導入や過去最高水準の最大10%の税額控除、エネルギー政策の推進、グリーン成長戦略の実行計画などが試みられていたが、岸田総理は5月19日におこなわれた「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会」で、新たにグリーンボンドの一種である「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債(仮称)」を20兆円程度発行することを検討していると明らかにした。
ではここでグリーンボンドとは何か、おさらいしておこう。
グリーンボンドとは、再生可能エネルギーなど環境分野への取り組みに特化した資金を調達するために発行される債券のことである。2008年に世界銀行グループの国際復興開発銀行が「グリーンボンド」という名称で発行したことがはじまりで、今や世界的な環境への関心の高まりと共に、その市場規模は年々拡大している。
出典)環境省
地域別で見ると環境意識が高いとされるヨーロッパで特にその発行額が大きい。こうした市場規模の拡大は、環境問題への意識の高まりとともに、今後も続くものと見られる。
GX経済移行債(仮称)の狙い
GXとは、「グリーントランスフォーメーション」のこと。大量の温室効果ガスを排出する化石燃料などから、再生可能エネルギーや脱炭素ガスなどへの転換を図ることで、経済・社会のあり方を持続可能なものに変革していくことを意味する。
政府は持続可能な社会の実現に向け、今後10年間に官民協調で150兆円のGX投資をおこなっていくと発表しており、その第一歩として、先行して20兆円の支援資金を調達するとしている。その財源として発行されるのが、今回の「GX経済移行債(仮称)」だ。複数年度にわたり予見可能性を高め、脱炭素に向けた企業の長期投資の呼び水にするとしている。
また政府は、成長促進と二酸化炭素の排出抑制を最大化する「成長志向型カーボンプライシング構想」についても言及した。カーボンプライシングとは、環境省によれば、炭素に価格をつけ排出者の行動を変容させる政策手法だ。CO₂の排出量に比例した課税をおこなう炭素税や、企業ごとに排出量の上限を決め、上限を超過する企業と下回る企業で排出量を売買する国内排出量取引などがある。
出典)環境省「カーボンプライシングの活用に関する小委員会 第15回」
こうした取り組みの背景には、気候変動問題に伴う再生可能エネルギーへの注目に加え、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー安全保障の環境の変化もあるとしている。
GX経済移行債の課題
GX経済移行債の導入によって、グリーンボンドと同様の環境への取り組みの促進効果が期待されるが、その効果は未知数だ。慶応義塾大学経済学部の土居丈朗教授に話を聞いた。
本人提供
土居氏は、日本の産業界はこれまでCO₂削減に真摯に取り組んできた、と述べる。
土居氏CO₂排出削減が必要だということは広く知られていますが、いざ我が事として取り組むことになるとどうすればいいのか、産業界は壁に突き当たっているのではないでしょうか。
実は、本丸は家庭のCO₂の排出削減なのですが、最初に取り組もうとしているのは産業のCO₂排出削減です。しかし、製造業はこれまで自主行動計画で頑張ってきたという意識が非常に強い。乾いた雑巾を更に絞るのかという状態に直面しています。
ただでさえ我が国の電力料金は世界に比べて高い上に、更にCO₂削減のためにカーボンプライシングなり、電力由来の排出削減を進めるなりするとなると、産業界全体の電力料金の値上げに繋がってしまう。それは産業界としても歓迎できませんし、では次にどうアクションを起こせばいいのか、あっちに行っても難題に突き当たるし、こっちに行っても難題に突き当たるし、という非常に辛い状況にあります。更に削減しろと言われてももう大分削減しているのだから、これ以上補助金もらっても何を削減すればいいんだ、となってしまいます。
そうした中、登場したGX経済移行債。その意義について土居氏はいくつかの疑問点を挙げた。
土居氏政府は、GXを進める為の起爆剤としてお金を投じるにしては今の予算では足りないと思っている可能性があります。ただ、すでに菅内閣の時に作った「グリーンイノベーション基金」などいくつか基金がありますし、GX経済移行債がなければ日本のGXが進まない、とは思いません。
そういう状況下でGX経済移行債を発行する意味として唯一考えられるのは、「カーボンプライシング」とパッケージでやることかもしれません。
カーボンプライシングだけ先行すると、産業界がより窮地に追い込まれてしまう。だから先に投資してGXを進め、恩恵を産業界に受け止めてもらってその後、GXの借金をカーボンプライシングで10年くらいかけて返済をする。つまり、お金を先に借りて後で返す、という形にすれば、カーボンプライシングも納得してもらいやすくなるのではないか。そう解釈するならば、先行投資することに一定の意味を見いだせると思います。
では、GX経済移行債の20兆円という規模についてはどうか?
土居氏私は中央環境審議会の委員をしていますが、環境省は新しく「脱炭素化支援機構」という官民ファンドをつくりました。しかし、温室効果ガス排出削減のプロジェクト案件が世の中にごろごろ転がっているわけではありません。20兆円規模の案件が存在するかは蓋を開けてみないとわかりません。
また、GX経済移行債のような環境債には別な問題があると土居氏は言う。それが「グリーニアム(greenium)」というものだ。
「グリーニアム」とは、「グリーン」と「プレミアム」から成る造語で、グリーンボンドに対するプレミアムのことをいう。発行条件が同じ一般的な債券に比べてグリーンボンドの価格が高い、すなわち利回りが低くなる現象を指す。発行体はより有利な条件で起債=資金調達ができる。
しかし、場合によってそうならない可能性もある、と土居氏は警鐘を鳴らす。流動性リスクによって上がった金利が、グリーニアムを上回る現象が起きるかもしれないというのだ。
土居氏:投資家は満期が来るまでの間にグリーンボンドを流通市場で売買をしようと考えます。しかし売る相手先が容易に見つからないとなると、余分に収益が上がるようなプレミアムをマーケットで値付けしてもらわないと売るに売れない。そうなると「流動性プレミアム」と言って、債権に余分な収益率を上げるための金利の上乗せ分を投資家は求めてきます。市況次第ですが、グリーニアムを流動性プレミアムが上回ってしまうことになります。
こういう現象が起きると本末転倒なことになってしまう。普通の債券より割高な金利で債券を発行しなくてはいけないことになってしまうわけだ。日本ではそもそも国債は、赤字国債も建設国債もみな同じ銘柄で出しているので、それだけ流動性プレミアムは生じないという。ただ、今後どうなるかは未知数だ。
とはいえ、脱炭素は進めねばならない。どこから手をつけるべきなのか。土居氏は、「石炭火力から出るCO₂」と「家庭から出るCO₂」の2つを挙げた。
土居氏資源が乏しい我が国においては今のところ、割安だった石炭火力に頼らざるをえない。原子力発電所が止まっている現状ではなおさらです。しかし、それをどこまでヨーロッパはじめ海外諸国が認めてくれるのか微妙です。
CO₂を回収して地中に貯留する、「カーボンキャプチャーアンドストレージ(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)」などの新技術とパッケージになれば排出削減は進められます。
ただ、悩ましいのは今回の電力不足です。発電を依頼している製造業の工場が持っている自家発電所は、効率が悪くCO₂を多く排出したりしています。そこはまだまだ改善の余地があって、そこで削減できるのではないかと思っています。
また、土居氏は、家庭から出るCO₂の削減も重要な課題だと指摘する。
土居氏日本の家はエネルギー効率がよくありません。一般国民にもっとCO₂排出削減に取り組んでもらう必要があると思っています。今回の節電要請を1つのきっかけとして、家庭内にある電化製品の性能を見直してみませんか、CO₂排出量を見直してみませんか、など、政府から国民に呼びかけてもいいのではないでしょうか。
土居氏の話を聞いて感じたのは、やはり日本がカーボンニュートラルを実現するためには、総力戦が必要、ということだ。
政府がGX経済移行債を発行してまで、産業界のGXを推進しようとしていることはわかったが、さまざまな問題があることがわかった。政府が見据える「成長志向型カーボンプライシング構想」も含めて、今後も政策を注視していく必要があるだろう。
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