写真)キヤノングローバル戦略研究所杉山大志研究主幹
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- まとめ
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- キヤノングローバル戦略研究所杉山大志研究主幹に話を聞いた。
- 日本が原子力発電所を再稼働し、天然ガスの輸入を抑制すれば、その分、欧州に回せることになる。そうすれば、欧州はロシアへのエネルギー依存を減らすことができる。
- 2030年のエネルギーミックスに向け、原子力発電所の再稼働が進まない中で、再生可能エネルギーの拡大だけが進むことは問題。
ロシアによるウクライナ侵攻から3か月。長引く戦況は、グローバルなエネルギー需給に大きな影響をおよぼしている。エネルギーの大半を海外からの輸入に頼っている日本は今後どうしていったらいいのか、キヤノングローバル戦略研究所杉山大志研究主幹に話を聞いた。
エネルギー需給
ウクライナ侵攻の前からエネルギー需給はすでにタイトだった。ガソリンの値段が高騰したことは記憶に新しい。そこにウクライナの戦争が始まり、LNG価格は高止まりしている。
出典)JOGMEC
EU諸国はもともとロシアへのエネルギー依存率が高かった。
ウクライナ侵攻により、ドイツを筆頭にEU諸国はその依存度を急激に下げる方向に舵をきった。5月のG7でも、ロシアからの石油の輸入を段階的、もしくは即時に禁止することで一致したと発表した。
日本は西側諸国のロシア制裁にどこまで歩調を合わせるべきなのか、難しい決断を迫られているが、日本は4月8日に石炭輸入の段階的廃止を、5月8日に石油輸入の原則禁止の方針を表明した。
出典)資源エネルギー庁(財務省貿易統計より)
杉山氏ロシアから天然ガスを買うなとG7の他の国から言われているが、エネルギー安全保障上、日本としては石油・天然ガスを買い続けなければいけないだろう。一方、ヨーロッパが化石燃料を世界中で買っているため価格が高騰している。日本でも全てのエネルギーにおいて価格が高騰している。日本は光熱費を抑制しなくてはいけないのに、今のところ政府はガソリンに補助金を出す政策しか出していない。本当はエネルギーに関する税を下げて、エネルギー価格を押し上げるような再エネの賦課金をできるだけ少なくするような政策にかじを切るべきだ。
実際、大手電力10社の7月の電気料金は、4社で値上がりし、比較できる過去5年間で最も高い水準となる。食品など日用品の価格も上昇を始めており、その中でも大きな比率を占めるエネルギー価格の動向が気になる。
日本ができること
世界中でエネルギー需要が急増し、供給不足が起きているが、日本ができることはある、と杉山氏は言う。
杉山氏日本は天然ガスの増産はできないけれど、事実上の増産はできる。それは原子力発電所を再稼働することと、石炭火力発電をフル稼働して天然ガスを余らせることだ。日本の天然ガスの半分は発電用だから、原子力発電と石炭火力発電を最大限活用すれば相当天然ガスを余らせることができる。
思い切った提言だ。原子力発電と火力発電をフル稼働させることのメリットを杉山氏は次のように挙げた。
杉山氏今世界中で天然ガスがショートしているので、(余れば)世界中の国を助けることができる、もちろん、天然ガスを売れば日本は儲かる。また、天然ガスを世界市場に出すことで、天然ガスの価格を下げることができる。実はこれがロシアに対する一番の経済制裁になる。どういうことか。ロシア経済は石油や天然ガスの輸出でもっている。
出典)経済産業省
国際的な石油や天然ガスの値段が下がるとロシア経済はそれだけで大きなダメージを受けることになる。今おこなわれている西側の対ロ経済制裁は欧州がロシアから石油や天然ガスを買わないことが主な柱だが、その結果、天然ガスの市場価格は高止まりしていて、ロシアの収入は戦争前より増えている状況だと、杉山氏は指摘する。
杉山氏輸出量は少し減っているが、石油や天然ガスの市場価格が上がったほうが効果は大きいので、ロシアは今のところ実は儲かってしまっている。
日本が天然ガスを大量に買っていることはもちろんEU諸国もわかっている。日本が原子力発電所を再稼働し、天然ガスの輸入を抑制すれば、その分、欧州に回せることになる。そうすれば、欧州はロシアへのエネルギー依存を減らすことができる。
出典)GLOBAL NOTE (UMCTADより)
岸田文雄首相は、5月27日の衆院予算委員会で、国民民主党の玉木雄一郎委員の原子力発電所の再稼働についての質問に対し、「エネルギー価格の安定や安定供給、温暖化対策といった観点を踏まえ、安全性を前提としながら原子力の最大限活用が大事」と述べた。一方、「安全最優先で再稼働はしっかり進めたいが、現時点でリプレース(建て替え)は想定していない」と述べ、原子力発電所のリプレースには慎重な姿勢を示した。また、原子力発電関連の「人材や技術をしっかり維持し発展させていかねばならない」とも強調した。
杉山氏は、政権が腹をくくって原子力発電を進めると言わない限り、なかなか(再稼働は)進まないと思う、と述べた。
電気を使っている私たちも、この問題を真剣に考えるときに来ている。
電力需給ひっ迫
経済産業省が5月27日に発表した今年の電力需給の見通しによると、今夏の電力需給は10年に1度の厳しい暑さを想定した場合にも、全エリアで安定供給に最低限必要な予備率3%を確保できる見通しだ。(電力広域的運営推進機関による)一方、今年度冬季は1、2月で東京から九州エリアで、安定供給に最低限必要な予備率が確保できていない状況だとしている。
杉山氏夏が来ても冬が来ても何%かの予備率は確保するように(各電力会社は)していると思う。ただ、やはりいつも(地域によっては)予備率3%台とかかなり厳しい状態になっているので、大きな地震が来たり熱波が来たりすると、全体として脆弱になっている。原子力発電所がきっちり稼働していると全然話は違うと思う。
日本のエネルギーミックス
杉山氏は、去年策定した第6次エネルギー基本計画と2030年のエネルギーミックスについてどう見ているのだろうか。
杉山氏原子力発電を目一杯再稼働していくものになっているのでそれはいいが、再生可能エネルギーをものすごく増やすことになっている。その結果、電気料金は上がり続ける状況を招いている。
杉山氏はこのように述べ、2030年のエネルギーミックス実現に向けて、原子力発電の再稼働は進まない一方で、再生可能エネルギーの拡大だけが先行していることに懸念を示した。
確かに再エネ賦課金の推移をみると、その額はすでに2.7兆円(2021年度)に膨れ上がっている。今後、再生可能エネルギーの導入が拡大していけばいくほど、その額は膨らんでいく。私たちはどれほどこの数字を認識しているだろうか。
そして、根本的な問題として、杉山氏は、再生可能エネルギーを増やした分火力発電所をなくしていいわけではない、と主張する。
杉山氏太陽光発電は晴れている時しか発電しないが、電気はいつでも必要だ。結局、太陽光発電設備があったとしても、火力発電設備も同じだけ必要になり、それだけでも確実に二重投資になる。こういう再生可能エネルギーの根本的な問題点というのは何一つ解決していない。
もう一つ杉山氏が懸念するのが、電力の出力を一時的に抑制する、いわゆる「出力制御」の問題だ。太陽光発電は大半のエリアで出力制御が始まっている。
こうした状況を回避するため、大容量蓄電技術の開発や広域的運用の拡大に向けた地域連系線の更なる増強など、構造的な対策が検討されているが、追い付いていないのが実情だ。再生可能エネルギーの弱点を補う体制が整わないまま、拡大を進めた結果が今の状況を招いている。
とはいうものの、我が国は「2050年カーボンニュートラル宣言」をし、さらに「2030年度までに温室効果ガス46%削減(2013年度比)」という国際公約もある。ウクライナ侵攻以降の状況をふまえ、この先どのような政策が求められるのだろうか?
その筆者の疑問に杉山氏はこう返した。
杉山氏まず、中国は2060年までにカーボンニュートラルを宣言しているが、現行の2025年までの5か年計画では、5年間でCO2を1割増やすとも言っている。中国は日本の10倍CO₂を排出しているので、 1割増やすということは、日本の排出量をまるまる増やすことになる。
アメリカも、バイデン大統領は2030年までにCO₂排出を半分に減らし、2050年までにゼロにすると言っているが、議会ではCO₂の規制はおろかインフラ投資や再生可能エネルギー投資の法案すら通らないので、到底達成できない。
杉山氏欧州諸国は、ロシアからの天然ガスの輸入は続けていて、毎日10億ドル以上、つまり1300億円以上もロシアにお金を払っている。一方でウクライナに武器をあげ、一方ではロシアに大金をあげている。
欧州は今、世界中の化石燃料を買い付けに奔走している。まだ脱炭素の看板はヨーロッパもアメリカも下ろしていないが、昨年の末まで脱炭素と言っていた同じ人たちが政権にいるので前言を撤回できない。現実には、2030年、2050年などの数字は吹っ飛んでいると思う。
杉山氏は、日本がエネルギー安全保障戦略で欧米諸国に後れを取れば、甚大な経済の被害や産業の空洞化が起きる、と警鐘をならした。
エネルギーフロントラインは、この問題を読者のみなさまとこれからも考えていきたい。
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