写真)2022年1月18日 「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会で挨拶する岸田総理
出典)首相官邸
- まとめ
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- 岸田総理の指示の下、温暖化対策を経済成長につなげる「クリーンエネルギー戦略」の策定が進む。
- 議論の中では原子力発電の活用も話題に上る。
- 世界的な潮流を踏まえ、日本でも原子力発電の積極的な利用が進むか。
昨年12月、岸田文雄総理大臣の指示の下、脱炭素社会を実現するための「クリーンエネルギー戦略」の策定に向けた議論が始まった。今後の我が国のエネルギー政策の軸となるであろう「クリーンエネルギー戦略」とは、いったいどのようなものなのかを紹介する。
「クリーンエネルギー戦略」とは
「クリーンエネルギー戦略」とは、すでに日本が表明している、「2050年のカーボンニュートラル実現」に向けた地球温暖化対策を、経済成長につなげるための戦略のことだ。
首相就任直後の所信表明演説にて、「温暖化対策を成長につなげるクリーンエネルギー戦略を策定する」と述べた岸田首相の指示で策定に向けた動きが始まり、今年6月頃の取りまとめに向けて議論が進められている。
出典)首相官邸
この戦略の策定においては、政府がすでに公表している「エネルギー基本計画」や、カーボンニュートラル実現に向けた実行計画「グリーン成長戦略」なども踏まえ、脱炭素社会の実現に向けたエネルギー供給の具体策が示される見込みだ。
また岸田首相は、地球温暖化対策と経済成長の両立を目指す「クリーンエネルギー戦略」を、自身の目玉政策「新しい資本主義」の柱にしたい考えで、この戦略は岸田政権の今後を占う重要なものになると言える。
原子力発電に注目が集まる
こうした中、「クリーンエネルギー戦略」策定に向けた検討の中でたびたび議論に上っているのが、原子力発電の利用拡大をめぐる動きだ。
例えば、政府の「新しい資本主義実現会議」が昨年11月に公表した提言では、「クリーンエネルギー戦略」の策定において「再生可能エネルギーのみならず、原子力や水素など、あらゆる選択肢を追求する」と、原子力発電に触れる文言がある他、その後の有識者による検討会などでも、原子力発電の利用拡大に関する議論がたびたびおこなわれている。
一方で、日本の原子力発電の現況を見ると、2011年に発生した福島第一原子力発電所での事故以降、脱原子力発電所の気運が高まったこともあり、現在もその設備利用率は低迷を続けている。今年4月20日時点で稼働している原子力発電所は、わずかに5基だ。(原子力安全推進協会より)
しかしながら、世界最大の総発電出力を誇る新潟県の柏崎刈羽原子力発電所を筆頭に、日本の原子力発電所の数は、アメリカやフランスなどに次いで多い。
出典)東京電力ホールディングス株式会社
こうしたことを踏まえれば、石炭や天然ガスなどの発電方法と比べ、発電時に二酸化炭素を排出せず、トータルでの排出量も少なく、十分な設備が整っている原子力発電を、より積極的に利用すべきという声が上がるのは当然のことだろう。
欧米各国では、原子力再評価の流れが広がる
またここ最近は、脱炭素社会の実現や、エネルギー面でのロシア依存からの脱却に向けた動きの中で、欧米各国でも原子力発電が再評価されつつある。
例えばイギリスでは、最大8基の原子力発電所を新増設することを盛り込んだ新しいエネルギー計画が、先日発表された。また国内の電力の6割近くを原子力発電で賄ってきた世界第2位の原子力大国フランスも、原子力発電所の継続的な増設や新型原子炉の開発に取り組む方針を明らかにしている。
一方、一貫して脱原子力発電所の態度を取り続けているドイツは、ロシアの天然ガスへの依存を減らすために浮上した、既存の原子力発電所の稼働期間延長案も却下するなど、引き続き原子力発電所に否定的な立場のままだ。
それでも、中国や中東各国なども大規模な原子力発電所の新増設に取り組む姿勢を示しており、気候変動への懸念の広がりなどとともに、今後世界的に原子力発電所の利用は広がっていくものと考えられる。
原子力発電所再稼働に慎重な日本に欧米からは批判の声も
こうした世界的な原子力発電所の再評価、利用拡大に向けた動きが見られ始める中、依然として原子力発電所の設備利用率が低く、停止中の原子力発電所の再稼働に向けた動きも鈍い日本に対して、欧米からは批判の声も上がり始めている。
その背景には、欧州のエネルギー危機がある。2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻以降、ドイツをはじめとした欧州諸国は、ロシアへのエネルギー依存を減らすため、原油や天然ガスなどをロシア以外から調達する方向に舵を切った。それで秋までなんとかしのいだとしても、今年の冬、寒さが厳しくなったら十分な量を確保できないかもしれないとして、欧州では危機感が高まっている。
イギリスの経済紙ファイナンシャル・タイムズは、日本が原子力発電所を充分に活用することで、オーストラリアなどから大量に輸入しているLNGなどの資源をヨーロッパに回すことができ、結果的にヨーロッパがロシアから輸入するLNGの量を減らすことができると指摘した。
欧州の身勝手な意見、と一蹴するには、余りにも重い問題提起だ。確かに日本には日本の事情があるが、エネルギー安全保障はグローバルに考えるべきものだ。ロシアの軍事侵攻による燃料価格の高騰が長引いた時、エネルギーのほとんどを輸入に頼る日本が原子力発電の利用に慎重な姿勢を取り続ければ、日本への批判が高まって行く可能性は否定できない。
今後の日本の原子力発電
こうした世界的な潮流も踏まえ、今回の「クリーンエネルギー戦略」の策定に向けては、原子力発電の積極的な活用も選択肢に入れた議論が進んでいる。
また、経済産業省資源エネルギー庁が今年2月に発表した資料でも、国際的なエネルギー政策の動向や、エネルギー安全保障の重要性などを踏まえ、原子力発電の利用を促進していく姿勢が明確に示された。同資料では、原子力発電を「実用段階にある脱炭素の選択肢」と位置づけ、脱炭素社会の実現に向けた原子力発電の重要性も強調されている。
さらに同庁は、既存の軽水炉だけではなく、未だ実用化されていない高速炉や小型モジュール原子炉(SMR)、核融合炉などについても、英米仏などと連携し開発を進める方針を打ち出している。こうしたいわゆる新型原子炉の開発は、今後世界中で活発化するものと思われ、国内でも注目を集めることになるだろう。
原子力発電に関する国民の意識もまた、変わり始めている。
朝日新聞が今年2月に行った世論調査では、停止している原子力発電所の再稼働について「賛成」と答えた人が38%、「反対」と答えた人が47%で、同紙の調査では初めて「反対」と答えた人が5割を下回ったという。
加速する脱炭素化に向けた動きや、ロシアによる軍事侵攻など、エネルギーを巡る状況が大きく揺れ動く中、日本はこの先どのようなエネルギー政策を描くのか。その軸となるであろう「クリーンエネルギー戦略」の具体像と、原子力発電の位置付けを巡る議論に、引き続き注目していきたい。
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