写真)会見する米バイデン大統領 2022年4月1日
出典)Photo by Anna Moneymaker/Getty Images
- まとめ
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- バイデン米大統領が、戦略石油備蓄の追加放出を発表。
- 背景には、ロシアの軍事侵攻による世界的な原油の供給不安の存在がある。
- 最近の情勢を踏まえ、日本でもエネルギー安全保障の観点からの論議が必要になってきそうだ。
アメリカのジョー・バイデン大統領は、ロシアの軍事侵攻の影響による原油価格の高騰に歯止めをかけるため、戦略石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve:SPR)を追加放出することを先月末明らかにした。
ホワイトハウスの発表によると、放出される石油の量は一日あたり100万バレルで、今後6ヶ月にわたって放出がおこなわれる予定だという。発表どおりに放出がおこなわれれば、その総量は1億8,000万バレルに上り、過去に前例のない大規模な放出となる見込みだ。
日本をはじめとするIEA加盟国も協調放出
アメリカの石油備蓄放出には、IEA(International Energy Agency : 国際エネルギー機関)に加盟する各国も協調する姿勢だ。IEAは、ロシアによる軍事侵攻開始後、何度か加盟国の閣僚級会議を開いており、日本からは萩生田光一経済産業大臣らが出席し協議を重ねてきた。
出典)経済産業省
そして、そうした協議の末4月7日には、アメリカ以外のIEA加盟国により、この先6ヶ月間で6,000万バレルの石油備蓄放出をおこなうことが正式に発表された。
このIEAの発表を受け、日本の岸田文雄首相も、1,500万バレルの石油備蓄を追加で放出することを4月7日にすでに表明している。これにより、日本はIEAが発表した追加の石油備蓄放出量の4分の1を担うこととなり、世界的な原油の供給不安の中で一定の存在感を示した形だ。
なぜロシアの軍事侵攻で原油高に?
ではここで、ロシアによる軍事侵攻によって、原油の供給不安や価格の高騰が招かれている背景を改めて確認する。
まず抑えておくべきは、これまでEU(European Union : 欧州連合)各国や日本などが、ロシア産のエネルギーに大きく依存してきたということだ。ロシアは言わずと知れたエネルギー大国で、例えばEUは原油の3割近く、天然ガスの4割近くをロシアから調達している。
しかし、今回の軍事侵攻を受け、EUを含む西側諸国がロシアに対して厳しい経済制裁をおこなったことで、ロシアからのエネルギー供給は滞ることになる。原油価格も基本的には需要と供給のバランスで決定されるため、原油の主要な輸入先であるロシアからの供給量が低下すれば、原油価格は高騰する。こうして、世界的な原油の供給不安と価格の高騰が招かれている。
今回の事態を受け欧州各国は、ロシアに代わる新たなエネルギー源の調達を模索するなど、「ロシア依存」からの脱却を急いでいるものの、調達先の転換には時間がかかることから、そう簡単にことは進まないようだ。
日本の石油備蓄
こうした中、原油価格市場の混乱を抑えるために日本も放出を決めた石油備蓄。石油のほとんどを輸入に頼っている日本にとって、石油備蓄は重要なものだが、その実態についてはよく知らないという読者も多いのではないだろうか。
そもそも日本が石油の備蓄を始めたのは1970年代の後半から。1973年に発生した第一次石油危機の影響で、大きな混乱が発生したことがきっかけだった。
現在、日本の石油備蓄は、国による「国家備蓄」や、民間企業による「民間備蓄」などの方式でおこなわれている。
「国家備蓄」のタンクと「民間備蓄」のタンクはそれぞれ国内に10ヶ所あり、これらを全て合わせると、2021年1月末時点で、国内消費量236日分の石油が備蓄されている(資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」より)。なお、今回岸田首相が放出を決めた1,500万バレルは、国内消費量の7〜8日分にあたる。
過去には、1991年の湾岸戦争や2005年の米国ハリケーン「カトリーナ」の影響、2012年のリビアの動乱などで民間石油備蓄を放出した事例がある他、昨年の11月にも深刻なガソリン価格の高騰に歯止めをかけるため、石油備蓄の放出がおこなわれている。しかし、日本が他国と連携して、1,500万バレル規模の備蓄放出をおこなうのは今回が初めてで、異例の対応といえる。
一方で、石油備蓄は資源のほとんどを輸入に依存する日本にとって、石油の供給不足による危機的な事態に対応するための「最後の手段」であるため、そう簡単に大量放出がおこなえるわけでもない。大規模災害などにより、さらなる原油の供給不足のリスクもあり、石油備蓄の放出には慎重な検討が求められる。
原油価格の今後の見通しは
では、今回の日本やアメリカによる石油備蓄の放出は、高騰する原油価格の引き下げにどれだけの効果を発揮するのだろうか。
実際の原油価格の推移を見ると、バイデン大統領が向こうのべ1億8,000万バレルの石油備蓄を追加放出すると発表した直後には、たしかに原油価格は発表した3月31日には前日比で7%近く下落し、一定の効果が見られた。しかしながら、IEAは今年の石油・液体燃料の消費量を1日あたり1億バレル程度と予測しており、今回の備蓄放出の水準では、根本的な解決には至らないとみられている。
また日本同様アメリカにとっても、石油備蓄は有事に対応するための「最後の手段」であり、そう簡単に放出できるものではない。そのため、石油備蓄の放出はあくまで短期的な対応にしかならず、持続的な原油価格の低下、供給の安定化に向けては、世界的な原油の増産が必要になるだろう。
しかしながら、石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアを含むその他の主要産油国でつくる「OPECプラス」は、ロシアとの協調を重視し、米欧が求める大幅な増産を見送るなど、原油の増産、価格低下には消極的な姿勢を見せている。そのため原油価格は当面高止まりが続く見込みだ。
ロシアの軍事侵攻は各国のエネルギー政策にも大きく影響
今回の軍事侵攻と、それに伴うエネルギー面での「ロシア依存」からの脱却の動きは、先進各国のエネルギー政策にも大きな影響を及ぼしている。
例えば、これまで脱炭素化のため、石炭火力発電の段階的な廃止を進め、ロシア産の天然ガス依存を強めてきたドイツだが、今回の事態を受けロシアから天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム2」の承認を停止した。さらに、ロシアの天然ガスと距離を置くために、石炭火力発電所の稼働停止を一部遅らせることも検討している。
またイギリスは、原油価格の高騰などを踏まえ、原子力発電所を新たに最大8基増設することを中心にした新しいエネルギー計画を発表している。このように、今回の事態を受け欧米各国は、エネルギー政策の転換を余儀なくされている。
日本への影響は?
欧米各国に広がるロシアとのエネルギー取引からの撤退の流れや、原油の供給不安は、当然日本にとっても無関係なものではない。西側諸国の対ロシア経済制裁が長引くと、将来的に同国との原油・天然ガス取引を見直さざるを得なくなるかもしれない。
言うまでもなく、原油価格の高騰はガソリンをはじめ幅広い商品の値上げを招き、我々の生活に大きな打撃を与える。特にエネルギー面では、再生可能エネルギーの導入を進めるための賦課金も上昇を続けており(参考記事:再生可能エネルギーのさらなる普及を 4月スタート「FIP制度」)、原油価格高騰の影響と合わせ、電気料金は当面高止まりが予想されている。
将来的な脱炭素社会の実現のための再生可能エネルギーの積極的な導入は重要だが、再生可能エネルギーは現時点においては十分安定的な供給力を持ち合わせていないのも確かだ。不安定化する現在の世界情勢とエネルギー需給の状況を冷静に分析し、日本のエネルギー安全保障の論議を深める必要がある。
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