写真)2022年末に稼働停止予定のネッカーヴェストハイム原子力発電所
2011年3月21日 ドイツ南部・ネッカーヴェストハイム
出典)Photo by Thomas Niedermueller/Getty Images
- まとめ
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- 西側諸国の対ロシア制裁を受け、ロシア産エネルギーに依存してきたドイツで「脱原発・石炭」の見直し論が浮上。
- IEAもロシアのLNGへの依存度引き下げの必要性を提言。
- 日本もエネルギー安全保障の議論が必要。
世界中を震撼させたロシアのウクライナ侵攻。3月4日には、ウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポロジエ原子力発電所を攻撃し国際社会からの非難が殺到している。
こうした中、西側諸国の経済制裁は日増しに強まっている。金融制裁につづき、ロシア極東サハリンでおこなわれている石油・天然ガス開発事業「サハリン(Sakhalin)1、2」から石油大手の英シェルと米エクソンモービルが撤退すると表明した。
またドイツはロシアから天然ガスを運ぶパイプライン「ノルドストリーム2」事業の無期限停止を決めた。「ノルドストリーム1」は2011年から稼働しており、「ノルドストリーム2」は2018年に建設が始まっている。これは自国のエネルギーの約3割をロシアからの天然ガス輸入に頼っているドイツにとって思い切った決断だ。
ロシアはエネルギー大国だ。制裁によりロシアからの原油やLNG供給が滞れば、EU諸国は間違いなく影響を受けるだろう。また、日本にも影響が及ぶと思われる。
LNG大国を目指すロシア
ロシアはLNG大国を目指してきた。
その野望を決定的にしたのが、2009年にLNGの輸出を開始した「サハリン2」プロジェクトだ。この年、ロシアはLNG輸出国となった。2020年の輸出量は、2017年比で約3倍になっている。世界で脱炭素の動きが強まるなか、ロシアのこうした動きは、原油や石炭よりCO₂排出量が少ないLNGの需要が当面強含みで推移することをにらんでのことだ。
その輸出先を見てみると、サハリン2の約5割は日本向け、北極海に位置するYamal LNG基地はフランス、ベルギー、スペイン、オランダ、イギリスなど、約9割が欧州向けである。
一方、ロシアは欧州向けに天然ガスをパイプラインでも供給している。それが先に述べた「ノルドストリーム1」と呼ばれる、ロシアからドイツまで結ぶバルト海を走る海底パイプラインだ。すでに2011年から稼働している「ノルドストリーム1」と建設中の「ノルドストリーム2」の2本がある。特に後者は、欧州がロシアに天然ガスで依存しすぎるとしてバルト三国やウクライナ、それにトランプ米政権などから反対の声が上がっていたいわくつきのプロジェクトだ。
しかし、脱炭素を推し進めるドイツにとって、ロシアからの天然ガス供給は至上命題だった。また、ロシアにとってもドル箱の巨大プロジェクトであり、両国の利害は一致していたはずだった。
ところが、今回ロシアがウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立を承認したことを受け、ドイツのショルツ首相は2月22日唐突に「ノルドストリーム2」事業の無期限停止を発表したことは、ロシアはもちろん、関係諸国に衝撃を与えたに違いない。
ドイツの政策転換
2月27日に、連邦議会の緊急審議で、ショルツ首相は2022年予算から1,000億ユーロ(約12.6兆円:1ユーロ=126円で計算)を国防費に追加すると報告し、ウクライナに武器を直接供与する方針も示した。
さらにショルツ首相は、エネルギー政策の転換にも動いた。LNG調達先の多様化に向け、新たにLNGターミナルの設置を表明した。完成には数年かかるとみられ、ロシアからのLNG供給停止に即応できるわけではないが、ロシア依存度を下げる効果はある。
また、ドイツではロシアへの天然ガス依存を減らすために、今年中に稼働停止する予定だった原子力発電所3基や石炭火力発電所の稼働延長を検討する考えが一時浮上した。まさに、これまでの「再エネ拡大、脱原発・脱石炭」の時計の針を逆回転させる動きだったが、ドイツ政府は結局、3月8日に原子力発電所の稼働延長案を却下した。
出典)電気事業連合会
これまで危惧されてきたエネルギーに関する地政学的リスクが顕在化したことで、ドイツのエネルギー政策も先が見通せなくなってきた。日本としても他山の石とすべきだろう。
日本への影響
西側の対ロ経済制裁は日本にも影響を及ぼしている。
3月7日時点で、対ロシア経済制裁の一環として、米欧がロシア産原油の輸入禁止に踏み切る可能性が浮上、原油先物が一時1バレル130ドルを突破する場面があった。去年からの原油価格の高騰で既にレギュラーガソリンの価格は1リットル170円を突破、去年年初からすでに6割以上値上がりしており、今後も下がる気配はない。
エネルギー国内供給の推移を見てみると、化石エネルギーの比率が8割を超している。日本は想像以上に化石エネルギーに頼っている。
そしてドイツ同様、日本も2050年カーボンニュートラルを目指し、再エネ導入を増やし、火力発電の比率を下げようとしている。直近の第6次エネルギー基本計画を見てみると、我が国は2030年度(いまから8年後)に化石エネルギーの比率を今の半分に近い4割に下げようとしているのだ。
そして、現時点での火力発電をみると、LNGの比率が37%と意外と高いことがわかる。そのほとんどは輸入に頼っており、豪州が1位で約4割、マレーシアが2位で13%だ。ロシアは3位で8.3%、決して少なくないシェアだ。
日本は「サハリン1」、「サハリン2」ともに深くかかわっている。「サハリン1」は、日本の官民出資会社サハリン石油ガス開発が3割の権益を保有している。同社には経済産業省が50%、残りは伊藤忠商事や石油資源開発、丸紅など民間が出資している。
「サハリン2」も三井物産が12.5%、三菱商事が10%出資しており、そのLNG生産量の約6割が日本向けだ。どちらも、英米のように簡単に撤退と言えない事情がある。
原子力発電の立ち位置
再エネの旗手ドイツは、ロシアへの天然ガス依存を減らすために、廃止を決めていた原子力発電所3基を稼働させるかどうか、議論が沸き起こった。結局、稼働延長案は却下されたが、翻って我が国はどうか。
萩生田光一経済産業相は3月3日の参議院予算委員会で、電力供給の確保に関するウクライナ情勢の影響について問われ、「原子力(発電所)の再稼働は重要だ」と述べ、「産業界に対して事業者間の連携による安全審査への的確な対応を働きかけるとともに、国も前面に立ち、立地自治体など関係者の理解と協力を得られるよう粘り強く取り組む」と説明した。
こうしたなか、IEA(国際エネルギー機関)は、「ロシアの天然ガス依存度を下げるための10項目」を公表した。その中でIEAは、ガス供給先をロシア以外に求めることや、省エネの強化、そして原子力発電の活用などを提言、それらの対策を講じれば、ロシアからの輸入を来冬から3分の1以上減らせると分析した。
また、EV専業メーカー米テスラ社や宇宙開発企業スペースXのCEOであり、今回ウクライナに衛星インターネットサービス「スターリンク」の提供をおこなった米実業家のイーロン・マスク氏はTwitterで以下のようにつぶやいた。
「ヨーロッパは今止めている原子力発電所を再稼働させ、電力を増やすべきだ。これは国内的にも国際的にも安全保障上、”重要”だ」
Hopefully, it is now extremely obvious that Europe should restart dormant nuclear power stations and increase power output of existing ones.
— Elon Musk (@elonmusk) March 6, 2022
This is *critical* to national and international security.
エネルギーの大半を海外に依存している日本。エネルギー安全保障について議論するべき時が来たといえよう。
追記)ドイツが3月8日に原子力発電所の稼働延長案を却下したことを踏まえ、一部加筆、修正しました。(2022年3月28日)
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