写真)神奈川県川崎市にあるつばめBHBのパイロットプラント
出典)つばめBHB
- まとめ
-
- 理科の授業でおなじみのアンモニアが、エネルギー分野で注目を集めている。
- 背景には世界的な脱炭素の潮流があり、二酸化炭素を排出しないアンモニアに期待がかけられている。
- アンモニア自体の製造方法にも、100年ぶりの革命が起きている。
読者のみなさんも小学校や中学校の理科の授業で一度は名前を聞いたであろう「アンモニア」。化学式はNH3。水に溶けやすく、刺激臭がする。そのアンモニアが、今エネルギー分野において大きな注目を集めているという。
エネルギー分野におけるアンモニア
なぜアンモニアに注目が集まっているのか、見ていこう。
理由(1) 火力発電用燃料としての用途
理由のその1は、アンモニアが「火力発電用の燃料」になるからだ。
今、世界では、気候変動問題の解決のために、脱炭素に向けた取り組みが加速している。日本政府も2020年10月に、2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言している。世界各国が温室効果ガスの排出量削減を目指し、そのための研究開発に全力で取り組んでいるのが現状だ。
こうした中、アンモニアがなぜ注目されるかというと、燃焼しても二酸化炭素を排出しないという特徴をもっているからだ。二酸化炭素排出の原因となっている石炭や天然ガスを燃料にした火力発電ではなく、アンモニアを燃料として使用する火力発電を行えば、二酸化炭素排出量の大幅な削減が期待できるというわけだ。
すでに我が国では、実証実験が進められている。経済産業省資源エネルギー庁によると、日本国内の大手電力会社の火力発電で、石炭にアンモニアを20%「混焼」すると、約4,000万トンもの二酸化炭素排出量を減らすことができるという。下表のとおり、「混焼」率を50%にした場合で約1億トン、100%の「専焼」で、約2億トンのCO₂排出量を理論上削減できることになる。燃料アンモニアの導入は想像以上に大きな効果が期待できるのだ。
出典)JERA
理由(2) 水素キャリアとしての用途
もう一つの理由は、「水素キャリア」としてアンモニアが活用できるという点だ。「水素キャリア」とは、水素をコンパクトで扱いやすい材料に変換したものをいう。つまり、「水素」を運ぶのにアンモニアを利用するわけだ。
実は水素は、日本にとって究極のエネルギー源になる可能性を秘めている。水素は水を電気分解すれば取り出すことができるし、酸素と結びつけることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用したりすることもできる。しかもその際、CO2を排出しないという特徴を持っているからだ。
しかし、その水素は体積当たりのエネルギー密度が天然ガスの約3分の1と低く、いかに高い密度で運搬・貯蔵するかが課題だ。
その方法としては、
- 1. 水素を高圧に圧縮し、ボンベなどで輸送・貯蔵する
- 2. 水素を-253℃まで冷却することで液化させ、輸送・貯蔵 する
- 3. 水素をトルエンなどの有機物に化合させて輸送・貯蔵する
- 4. 気体のままパイプラインで輸送する
などがある。
これに加えて
5. アンモニアとして輸送・貯蔵する方法が検討されている。
出典)経済産業省 資源エネルギー庁
アンモニアは室温で液化できることに加え、液化水素と比べて、1.5〜2.5倍程度の高い体積水素密度を持つ事がメリットだ。また、すでに貯蔵や運搬についての豊富なノウハウが産業界に蓄積されている。こうしたことから近年、アンモニアが「水素キャリア」として急浮上してきたのだ。
さらに付け加えれば、水素キャリアは、再生可能エネルギーの大量導入のために必要不可欠なものだ。
どういうことかというと、太陽光や風力などの再生可能エネルギーは天候により出力が変動する。再生可能エネルギーの発電量が送電網で吸収しきれないほど増えた場合、電力会社は発電事業者に出力制御を要請せざるを得ない。
再生可能エネルギーを最大限活用し主力電源化するためには、送電網の増強に加えて、「貯蔵」が必要になってくる。そこで、蓄電池とならび、水素がその役割を果たすことが期待されているわけだ。水素キャリアを製造する技術はこうした観点からも今後ますます重要になってくる。アンモニアに注目が集まる理由はそこにある。
アンモニアの新製造方法開発
このように、エネルギー分野で大きな注目を集めているアンモニアだが、近年その製造方法に、100年ぶりともいわれる革命が起こっている。
これまでアンモニアの主な製造方法として利用されてきたのは、1906年にドイツで開発された「ハーバー・ボッシュ法」(以下、HB法)と呼ばれる方法だ。しかし、水素と窒素を高温、高気圧の条件下で直接反応させるこの方法は、莫大なエネルギーを必要とするため、大規模なプラントでのみおこなわれてきた。
出典)The Nobel PrizeThe Nobel Prize
しかし近年、これまでの常識を覆す「低温、低気圧」でアンモニアを製造する新しい製造方法の開発を進めている企業がある。東京都中央区に拠点をおく「つばめBHB株式会社(以下「つばめBHB」)」。2017年4月に設立された新進気鋭のベンチャー企業だ。
この企業が開発しているアンモニア製造方法のカギとなるのが、細野秀雄東京工業大学栄誉教授、同元素戦略研究センター長(特命教授)が発見した「C12A7エレクトライド触媒」だ。「触媒」とは、化学反応の際にそれ自体は変化せずに、他の物質の反応速度に影響を与える物質のことで、これをうまく利用することで化学反応に必要なエネルギーの量や反応のスピードを変化させることができる。
出典)つばめBHB
細野教授が発見したこの触媒は、従来主流だった触媒の10倍の効果を持っており、この触媒を利用することで、これまでの常識を覆す「低温、低気圧」でアンモニアを製造することが可能となった。
出典)つばめBHB
画期的な製造方法で、アンモニアの生産体制にも革新を
「低温、低気圧」の製造を可能にした画期的なアンモニア製造方法により、アンモニアの生産体制に大きな革新が起ころうとしている。
先述したように、製造に莫大なエネルギーが必要とされてきたアンモニアは、これまで少数の大規模プラントでのみ製造されてきた。現在の主要なアンモニア生産地も、その大量消費国やエネルギー源となる天然ガスの生産地などに集中しており、一極集中の大量生産体制にある。こうした偏在的な生産体制は、輸送や保存コストの増大に繋がっており、結果的にアンモニア価格の高騰を招いているという指摘もある。
そこでつばめBHBは、必要とされるエネルギーがこれまでよりも遥かに小さいという特徴をいかして、最終的な利用地域に近い場所でのオンサイト(現地)製造をおこなう施設を展開しようとしている。これが実現すれば、輸送や保存にかかるコストが大幅に下がり、エネルギー分野でのアンモニアの利用促進につながることが期待される。また、長距離輸送の必要がなくなれば、輸送にかかるCO₂を削減することができる。
つばめBHBは既に、世界初となるオンサイトアンモニア製造のパイロットプラントを神奈川県川崎市に設置しており、年間20トンのアンモニア生産能力を実証している。
こうした中、いよいよアンモニアサプライチェーン構築の動きが加速してきた。1月7日、千代田化工建設株式会社、東京電力ホールディングス株式会社、株式会社JERAの3社は、グリーンイノベーション基金事業における国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託・助成事業の採択を受け、燃料アンモニアサプライチェーン構築に係るアンモニア製造新触媒の開発・技術実証を開始すると発表した。
HB法と比較して低コストな新しいアンモニア製造プロセスを構築する。そのカギを握る新たな触媒の開発は産学連携の3チームによる競争で行う。その1チームにつばめBHBが参加している。参加各企業の持つ新技術を掛け合わせ、早期に実用化することが求められる。
出典)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
この記事を読む前のみなさんは、アンモニアが電気やエネルギーに深く関わっているというイメージを持っていなかったかもしれない。しかし、見てきたとおり、エネルギー分野でのアンモニアの利用が、日本の脱炭素社会実現のカギを握っているといってもよさそうだ。
- 参考)
- ・経済産業省資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先」
- ・経済産業省資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(後編)~カーボンフリーのアンモニア火力発電」
- ・経済産業省資源エネルギー庁「水素エネルギーは何がどのようにすごいのか?」
- ・国立研究開発法人産業技術総合研究所福島再生可能エネルギー研究所「水素キャリア製造・利用技術」
- ・東京工業大学 研究ストーリー「電子を巧みに操り、物質の潜在能力を引き出す — 細野秀雄(下)」
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