写真)海藻 イメージ
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- まとめ
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- 藻場などの海洋生態系が吸収・貯蔵する炭素をブルーカーボンと呼ぶ。
- 藻場が消失する磯焼けが見られ、海藻の増殖に取り組む地域も。
- ブルーカーボンによる吸収量を取引可能にする制度構築が目指される。
加速する脱炭素化に向けた動き
昨年、菅義偉前総理は2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル宣言」をおこなった。
経済産業省によれば、2021年1月時点で2050年までのカーボンニュートラル実現を表明したのは、日本を含む124か国と1地域。脱炭素化に向けた動きが世界的に加速している。
出典)経済産業省
カーボンニュートラルは、排出量そのものをゼロにするのではなく、排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすることを目指す。つまり、排出せざるを得なかった分については同じ量を吸収、または除去することで、差し引きゼロにするわけだ。したがって、排出量の削減だけではなく、いかに温室効果ガスの吸収量を増加させるかも重要な課題となる。
出典)経済産業省
大気中のCO₂の吸収は、植物の光合成が重要な役割を果たしている。さらに植物は枯れて土壌に長時間堆積することで、炭素を有機物として貯蔵し続ける。
陸上の生物が吸収・貯蔵する炭素を「グリーンカーボン」、海洋生物が吸収・貯蔵する炭素を「ブルーカーボン」と呼ぶ。
国土を海に囲まれた日本にとって、ブルーカーボンの活用は大きな可能性を秘めている。今回は、そのブルーカーボンに関する取り組みを紹介する。
ブルーカーボンとは
ブルーカーボンは2009年10月に国連環境計画(UNEP)の報告書において吸収・貯蔵源確保の新たな選択肢として定義された。
そのブルーカーボンだが、港湾空港技術研究所は、地球のCO₂排出量の約24%にあたる約25億トンC/年に上ると推計している。これは陸上生物の吸収量(約19億トンC/年)よりも多いと思われることから、ブルーカーボンに関する期待が一段と高まっているわけだ。
ブルーカーボンを吸収・貯蔵する機能を持つ海洋生態系を「ブルーカーボン生態系」と呼ぶ。ブルーカーボン生態系には、アマモ場などの海草藻場、コンブなどの海藻藻場、干潟、マングローブ林などが挙げられる。いずれも水深が浅く、太陽の光が届きやすい沿岸の浅瀬であることが特徴だ。
藻場は、波や潮流による水の流れを和らげるとともに、稚魚が外敵から身を守る格好の隠れ場所となる。また、藻場を産卵場所とする生物も多いことから、藻場は「海のゆりかご」とも呼ばれ、海洋生物の生態系維持に不可欠な存在でもある。
出典)環境省
さらに、生活排水に含まれるチッソやリンなどの汚染原因物質を吸収し、酸素を供給するなど、水質の浄化機能も担っており、藻場を管理・維持する重要性は年々高まっている。
減少する藻場を守る取り組み
その藻場だが、高度経済成長期以降、「磯焼け」による消失が問題となっている。「磯焼け」とは、「藻場が著しく減少し、岩礁や海底が不毛となる状態」を指す。
磯焼けの原因は、ウニやアイゴなどの海藻を食べる生物による食害、海水温の上昇、港湾設備の整備・維持のための埋め立てなどさまざまだ。藻場を産卵場所や餌場とするアワビやサザエなどの生物が減少し、周辺の生態系バランスへの悪影響が懸念されるほか、沿岸漁業にも深刻な打撃を与えている。
磯焼け対策
こうした中、全国で磯焼け対策が進められている。
静岡県御前崎市の中部電力浜岡原子力発電所前面海域では、1989年頃から磯焼けが確認され、カジメ藻場が消失する事態となった。こうした背景から従来の「浜岡原子力発電所前面海域調査委員会」(1974年発足)に「磯焼け対策部会」を設置し、1997年より榛南5漁協(現南駿河湾漁業協同組合)とともに「榛南海域浅根岩礁における藻場の回復・保全の取り組み」を開始した。
1997〜2007年には、カジメ種苗育成試験がおこなわれた。陸上で育てたカジメの種苗を海洋に移植すると、種苗から胞子が放出され、新たに藻場が拡大することが確認された。対策部会は2009〜14年にかけて、合わせて20基のカジメ藻礁を設置し、定期的な調査、点検を継続している。
また、食害を防ぐためカジメを食べるアイゴの捕獲をおこなったが、開始当初は思うように捕まえられず難航した。そこで、魚に発信機を付けて行動を調査する、「バイオテレメトリー技術」(注1)を導入したところ、アイゴが泳いでいる水深や季節ごとに集まりやすい場所が明らかになった。これらのデータを活用して、効率的にアイゴを捕獲することを目指している。
中部電力グループの株式会社テクノ中部は中部電力から「浜岡前面海域の環境調査」の業務委託を受け、共にこの藻場再生活動に取り組んでいる。
出典) 株式会社テクノ中部
こうした地道な取り組みの結果、年を追うごとにカジメ藻場の面積、密度は拡大傾向にある。
また、中部地方の空の拠点、中部国際空港でも同様の技術が活用されている。
埋め立てで造成された空港島は、さまざまな生物が集まりやすくするため自然石などを用いて傾斜をつけた護岸となっている。中部電力の藻場造成技術を用いることで、護岸の一部に設けられた平坦部に新たなカジメ藻場を造成した。
出典)愛知県
制度構築の動き
こうした民間の努力に加え、藻場の再生を制度面から後押ししようとする動きも本格化している。
日本では、省エネルギー機器の導入や森林経営などの取組による、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が取引可能なクレジットとして認証する、「Jークレジット制度」が導入されている。しかし現制度では、ブルーカーボンはクレジットとして認められていなかった。そこで国土交通省は、2019年から「地球温暖化防止に貢献するブルーカーボンの役割に関する検討会」を開催し、ブルーカーボン活用に向け、具体的な検討を進めている。
その一例が、「ブルーカーボン・オフセット制度」である。藻場の保全活動などによって生まれたCO₂吸収量を国がクレジットとして認証し、CO₂削減を図る企業・団体とクレジット取引をおこなう制度だ。現在は横浜市や福岡市が独自に導入しているが、全国的な導入を見据えて国土交通省が今年、制度試行を行った。
対象となった横浜港の藻場について、第三者機関が現地確認・審査認証の後に「Jブルークレジット」を発行し、CO₂削減を図る企業に譲渡された。こうした制度により、藻場の保全に取り組む団体は、安定した活動資金の確保が見込めるほか、クレジットを購入する企業・団体にとってはCO₂削減の新たな選択肢となり得る。
出典)国土交通省
ブルーカーボンの普及を目指して
日本は広大な海、川や湖など豊かな海洋生態系に恵まれている。脱炭素化社会の実現に向けてブルーカーボンは大きな可能性を持っており、更なる拡大、普及が期待される。そのためには、藻場の再生・維持が不可欠だ。藻場はCO₂の吸収だけでなく、生物多様性の保全、水質浄化など数々の重要な機能を担っており、私たちの環境に大きな影響を持つものだ。
国連が採択した「持続可能な開発目標=SDGs」には「海の豊かさを守ろう」という項目がある。ブルーカーボンは、海の豊かさを守ることが地球環境、そして私たちの生活を守ることに繋がる一例だ。カーボンニュートラルとは実は私たちの足元を見つめ直すことなのだと気づかされた。
- バイオテレメトリー
生物のからだに装着した発信器からの信号を受信・解析することで、その生物の位置を知る方法。時系列での連続追跡により、野生生物の行動範囲を知るうえで有効。中部電力は国内でほとんど例のない、河川での小型淡水魚類への適用を確立した。
特徴として以下がある。
・広範囲の魚類の行動調査が可能
・複数個体の行動解析が可能
・夜間の行動把握が可能
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- エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。