写真) Audiのe-fuel製造プラント
出典) Audi Japan Press Center
- まとめ
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- カーボンニュートラルの潮流の中、自動車メーカーは合成燃料の開発に乗り出した。
- 海外ではAudi社が合成燃料の分野で先行しており、日本メーカーも開発に動いている。
- 課題は生産効率の悪さとコスト高。各国の環境規制も含め、産官学で取組むことが必要。
自動車メーカー各社にとって、各国政府が目指す「カーボンニュートラル」政策は、経営戦略に大きな影響を及ぼす。ガソリンエンジン車からEV(電気自動車)への潮流はもはや止めることはできない。テスラのようなEV専業メーカーが躍進し、EV普及の鍵を握る充電技術開発も加熱している。(参考記事「Vol.25 今、EV充電ビジネスが熱い!」(2021年3月16日掲載)
一方、現在普及している自動車のほとんどはガソリン車であり、それらは今後も走り続ける。そうした中、従来のガソリンに代わってよりクリーンな燃料を開発しようという動きが出てきた。今回は、その「合成燃料」を紹介する。
合成燃料とは?
「合成燃料」とは、二酸化炭素(CO₂)と水素(H₂)を合成した燃料だ。石油以外の炭素資源(天然ガスや石炭など)由来の従来の合成燃料と異なり、二酸化炭素自体を利用して製造するものだ。
以前の記事(「CO₂を大気中から回収!?驚きの新技術」:2021年6月15日掲載)でも紹介したDAC(ダイレクトエアキャプチャー)によって大気中から回収されたCO₂や、工場などから排出されたCO₂を使う。そのため、燃焼時に排出されるCO₂と相殺されてCO₂排出量が実質ゼロ=カーボンニュートラルな脱炭素燃料とみなされる。脱炭素燃料といえば、バイオマス(生物資源)を原料とするバイオ燃料もあるが、バイオ燃料よりも製造時間が短く、大量生産しやすいという利点がある。
出典) 経済産業省 合成燃料研究会
その合成燃料は、大きく分けて気体合成燃料と液体合成燃料の2種類がある。液体合成燃料のなかでも、「e-fuel(イーフューエル)」と呼ばれるものは、回収したCO₂と再生可能エネルギーの余剰電力を使った水素H₂から合成する。再生可能エネルギー供給量の変動性と、それに伴う価格の不安定さが課題だが、その改善にもつながる。
なぜ今、合成燃料が注目されるのか?
合成燃料は、従来の化石由来の燃料と同様にエネルギー密度が高いことが特徴だ。EVをみればわかるように、ガソリン車と同じ距離を走らせようと思ったら、巨大で重いバッテリーを搭載しなくてはいけない。
その点、合成燃料は、ガソリンなどとエネルギー密度がほとんど一緒のため、ガソリン車などに搭載されている既存のタンクをそのまま活用できる。また、供給網として既存のガソリンスタンドも使えるし、EV用に必要な充電スポットの増設の投資も抑えられる。
先にも述べたが、現時点で世界の道路を走っている車の多くはガソリン車、もしくはディーゼル車だ。
日本の場合、新車販売台数のうち、ハイブリッド車(HV)やEV、FCV(燃料電池車)など、次世代自動車が約40%(2019年時点)を占めている。2020年末のグリーン成長戦略で示された「2030年までに販売車を全て電動化する」という目標に向けて順調に伸びているように見える。
しかし、保有車数全体に占める電動車の割合や保有年数を考慮すると、見方が変わる。2020年時点における自動車保有台数約8,185万台中、ハイブリッド車(約933万台)とEV(約12万台)、あわせて約945万台であり、その比率は約10%程度にすぎない。(一般社団法人自動車検査登録情報協会調べ)
車の保有年数もここのところ長期化傾向にある。例えば、2020年3月末の乗用車(軽自動車を除く)の平均使用年数は13.51年となり、5年連続の増加で過去最高を記録している。つまり、新車販売を脱炭素化しても、保有車全体でみるとガソリン車など従来型の自動車が大きな割合を占める傾向は当面続くわけだ。したがって、自動車業界でカーボンニュートラルを達成するには、保有車の脱炭素化も同時並行で進めていく必要がある。ハイブリッド車やガソリン車にそのまま使えて、従来のガソリンよりエコな合成燃料は、新たな切り札として期待されている。
海外・日本の合成燃料の動向
海外での合成燃料の開発をみてみると、欧米を中心に、自動車会社・石油会社・スタートアップなどが共同で研究開発や実証プロジェクトへの着手を始めている。特に、環境規制の厳しいヨーロッパでは、政府の支援によってプロジェクトが進んでいる。
なかでも、いち早くe-gasolin(Audiが使用している呼称)の研究に着手したのが、ドイツの自動車会社Audiだ。2017年に研究施設が設立され、2018年にはフランス化学会社、Global Bioenergies S.A.と共同で、エンジンテスト用に60リットルのe-fuelの生産に成功した。
Audiは、2017年以前からe-gasやe-dieselといったエコなモビリティーの可能性を模索してきた。例えば、g-tronモデル(Audiのラインアップの中のCNG=圧縮天然ガスモデルを指す。主に天然ガスと再生可能なメタンガスを燃料とし、バックアップとしてガソリンを使用する)でe-gasを使用すると、最大80%のCO₂の削減が可能としている。e-gas、e-diesel、e-gasolineをe-fuel戦略の3本柱として、今後も精力的に合成燃料戦略を進める計画だ。
一方、日本における合成燃料の動向はどうだろうか。経済産業省は、合成燃料研究会 中間取りまとめ(2021年4月)において、2030年までの高効率かつ大規模な製造技術の確立および、2040年までの商用化を目指すべきとの考えを示した。そのために、2020年代に集中的な技術開発や実証実験に取り組むべきであるとしている。
実際、国内においても関連技術の研究開発がおこなわれてきた。2020年には、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が「CO₂からの液体燃料製造技術に関する開発シーズ発掘のための調査」を実施した。2020年末には、東芝エネルギーシステムズなど6社が「持続可能なジェット燃料」を検討し始めている。また、2021年になってからは、JPEC(石油エネルギー技術センター)と石油会社などが、「CO₂からの液体合成燃料一環製造プロセス技術の研究開発」における連携を開始した。
日本の自動車業界では、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダの3社がe-fuelの研究開発に本格的に取り組み始めているが、実用化はまだまだ先になりそうだ。
課題と今後の展望
合成燃料も商用化に向け克服すべき課題がある。
まず、低い生産効率だ。e-fuel製造のCO₂からO₂を取り除くプロセス(還元反応)には大きなエネルギーを要する。還元後の生成プロセスにおいても、最適な触媒を開発する必要がある。
コストの問題もある。合成燃料の製造コストは化石燃料よりも高い。合成燃料はCO₂とH₂から作られているため、CO₂の分離・回収コストとH₂の製造コストや輸送コストを下げていくことが重要だ。海外には、水素を日本よりも安く製造できる地域もあるので、輸入も検討していくべきであろう。
また、「合成燃料」がカーボンニュートラルであるためには、DACやバイオマス由来CO₂の活用が不可欠だ。つまり、これらの技術開発と平行して進めねばならない点にも留意せねばならない。
ガソリン車のみならず、日本が強みを持つハイブリッド車への活用も見込める合成燃料はカーボンニュートラルに向け、必要な技術の一つではあろう。しかし、ことはそう単純ではない。技術開発競争だけに目を奪われていてはならない。
カーボンニュートラルを巡る熾烈な国際競争
「合成燃料」で先行する欧州が、その定義などでデファクトを取ろうとする可能性は高い。EVの充電器規格で日本と欧州が互いに譲らず、異なるものができたのは記憶に新しい。21世紀の国際競争は単に商品の優劣だけで決まるものではない。周辺技術の標準化や、環境規制などでライバル国を蹴落とすことも相手に勝つための戦略的手段となる。
例えば、EUは2020年12月にEVバッテリーの製造・廃棄・リサイクルに関するLCA規制を提案している。LCAとは「Life Cycle Assessment(ライフサイクルアセスメント)」の略で、製品の製造、輸送、販売、使用、廃棄・リサイクルまで、すなわちある製品やサービスの一生(ライフサイクル)の環境負荷を評価するものだ。今後はバッテリーのみならず、車体そのもののカーボンニュートラルも要求されることになるだろう。そうなると、電力の脱炭素化が遅れている日本は不利になる可能性がある。
「合成燃料」は、日本が国際的なカーボンニュートラル競争の中で、産業競争力を保つための一つの手段に過ぎない。産官学、一体となった脱炭素競争戦略の必要性が今、一段と高まっている。
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