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エネルギーと環境

Vol.23 自治体、脱炭素へ 長野県飯田市にEVバス登場

写真) 飯田市内を巡回するEVバス

写真) 飯田市内を巡回するEVバス
出典) 飯田市

まとめ
  • 飯田市、信南交通と中部電力が市民バス路線でEVバスの実証を開始。
  • 環境問題だけでなく、地域振興や人口減少問題への貢献も期待される。
  • 電力事業者、バス事業者と自治体が連携し、市民と社会を結ぶ「新しいコミュニティの形」を生み出そうとの取り組み。

2015年のパリ協定やSDGs(持続可能な開発目標)の採択以降、環境に配慮した持続可能な社会に向けた取り組みが進められているのはご存じだろう。

政府は2050年までに国内の二酸化炭素の排出を実質ゼロとする「カーボンニュートラル宣言」を発表した。企業も利益追求だけでなく、社会的責任を果たすことが求められており、事業活動に必要なエネルギーを全て再生可能エネルギーでまかなうことを目標とする「RE100」など、新たな目標設定が盛んにおこなわれている。

こうした中、地方自治体もまた、脱炭素化社会の実現に欠かせない重要なアクターだ。昨今、2050年までにCO2実質排出量ゼロに取り組むことを表明した地方自治体、「ゼロカーボンシティ」が増えつつある。

2021年2月18日時点で「ゼロカーボンシティ」を宣言した地方自治体数は266となり、表明自治体の人口は約9,629万人で総人口の約7割を占めるにいたった。

図) 2050年 二酸化炭素排出実質ゼロ表明自治体
図)2050年 二酸化炭素排出実質ゼロ表明自治体

出典) 環境省HP (地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況内)

今回は長野県飯田市の脱炭素への取り組みを紹介する。

飯田市は静岡県との県境に位置し、市街地と農村地域が混在する人口約10万人の地方都市だ。果実を中心とする農業や先端技術を生かした精密機械、半導体などのハイテク産業が主な産業となっている。

写真) 飯田市の風景
写真)飯田市の風景

出典) 飯田市

その一方で、2007年に「環境文化都市宣言」を行い、2009年には国の「環境モデル都市」に指定されるなど、いち早く環境を軸としたまちづくりを進めてきた。先ほど紹介した「ゼロカーボンシティ」も、2021年3月後半頃の宣言を予定している。また2027年に開通を予定しているリニア中央新幹線の中間駅が設置予定であり、今後ますます注目が高まりそうだ。

その飯田市は昨年2月、中部電力と「地域循環共生圏構築による持続可能な地域づくりに向けた包括連携協定」を締結した。

環境モデル都市でありリニア中央新幹線開業を見据えた新たな地域づくりに取り組む飯田市と「新しいコミュニティの形」の提供によるさまざまな社会課題の解決に取り組む中部電力が、それぞれの知見を活かしながら新たなまちづくりを追求することで、持続可能な地方都市モデルの構築を目指していこうというものだ。

その一環として、両者およびバス事業者である信南交通の3者で「新たなモビリティの活用実証に係る基本協定」を締結。今年1月から中心市街地を走る市民バス路線でいち早く、EVバス(電動バス)1台を導入し、充電を活用したエネルギーマネジメントをおこないながらの運行実証を開始している。

写真) 飯田市内を巡回するEVバス
写真)飯田市内を巡回するEVバス

出典) 飯田市

今回は飯田市と信南交通、中部電力の担当者に話を聞いた。

そもそも電力事業者が自治体と包括協定を結び、実証実験に乗り出した背景は何か。

中部電力は同社のグループ経営ビジョンとして、電力の安定供給に加えて、電力事業で培った技術を生かし、コミュニティの課題解決に寄与する「新しいコミュニティの形」の提供を目指している。エネルギー・環境課題のみならず、広く社会課題の解決に向けた取り組みをおこない、全国に先駆けて持続可能な地方都市モデルを築くことが今回の連携の目的だ。

写真) 中部電力 事業創造本部まちづくりユニット課長 松田直己氏
写真)中部電力 事業創造本部まちづくりユニット課長 松田直己氏

出典) 中部電力株式会社

飯田市は水力発電所や中部電力として初の事業用太陽光発電所「メガソーラーいいだ」の建設地となった経緯があり、両者の関係は深い。事業創造本部まちづくりユニット課長の松田直己氏は「エネルギー・環境に対して先進的な取り組みを進めてきた飯田市とさまざまな分野で協働し、この地域から、中部地方のプレゼンスを高めていきたい」と意気込みを語った。

写真) メガソーラーいいだ
写真)メガソーラーいいだ

出典) 中部電力

包括協定下での実証の第1弾が、前述の「新たなモビリティの活用実証に係る基本協定」であり、すでに始まっているEVバスの導入・充電を活用したエネルギーマネジメントの実証に加えて、地方都市の課題であるバスの利用促進や市街地活性に資する実証もおこなっていく予定である。

図) 新たなモビリティの活用実証の概要
図)新たなモビリティの活用実証の概要

出典) 中部電力

では自治体側はどう評価しているのか。飯田市市民協働環境部環境モデル都市推進課長の松尾聡氏に聞いた。

「パリ協定やSDGsの推進によってこれまでの社会のあり方が大きく変化した。この移行の過程で成長の種となるのがイノベーションだと思う。異質なもの同士の組み合わせこそイノベーションだと考えている。自治体にないものを電力事業者と補い、一緒に具体的なものに取り組むことで何かが生まれるのではないかと考え協定を結んだ」

写真) 飯田市市民協働環境部環境モデル都市推進課長 松尾聡氏
写真)飯田市市民協働環境部環境モデル都市推進課長 松尾聡氏

出典) 飯田市

また、電力事業者と連携する最大のメリットについても聞いた。

「環境を軸に置いたまちづくりを進めるためには、自立したエネルギーを確保できることが重要になる。電力事業者の電力マネジメントに関するノウハウを活用することで、新しいまちのあり方が見出していけるのではないか」

飯田市は中心市街地から山深い里まで幅広く人口が分布している。人口減少・高齢化が進む中で公共交通機関は収益をあげにくいビジネスモデルとなった。

「エネルギーや電気などから発生する収益で、負債を補えないか検討したい」松尾氏はそう語る。

大都市を除いて多くの公共交通事業者は、厳しい経営状況に立たされている。今回EVバスの運行を担当する信南交通も例外ではない。信南交通株式会社 旅客サービス事業部副部長の林浩人氏は「数年前からどうやったら公共交通機関を残していけるのか頭を悩ませていた。ハードの部分で新しいモビリティが開発されており、一つの選択肢としてEVバスを検討していたところ、飯田市・中部電力から提案をいただいたので参加した」と語った。

写真) 信南交通株式会社旅客サービス事業部副部長 林浩人氏
写真)信南交通株式会社旅客サービス事業部副部長 林浩人氏

出典) 信南交通株式会社

EVバスは、実際のバス路線である1周約15kmの「市民バス循環線」を走行し、休憩時間に事業所に設置された充電スタンドで充電をおこなう。充電のタイミングは、遠隔操作で中部電力が指示・管理をし、エネルギーマネジメントについて検証をおこなっている。

写真) 信南交通事業所に設置された充電スタンド
写真)信南交通事業所に設置された充電スタンド

出典) 信南交通株式会社

実証実験を始めてから1か月だが、どのような効果が出ているのか。

飯田市の松尾氏は「市民バスは地域公共物なので、目につく形で市民に取り組みを認識してもらえている」と話した。実証開始前には、信南交通の乗務員訓練に加えて、新しい社会づくりに向けた取り組みへの理解を深めてもらうため、保育園、小学校、児童クラブに通う子供たちや市民向けの試乗会なども実施してきた。

写真) EV車の内装
写真)EV車の内装

出典) 信南交通株式会社

EV車は「走る蓄電池」として非常用電源としての役割も期待される。今回導入されたEVバスも被災者の避難所での電源としての活用も今後検討されていくとのことである。EVバスの中にはUSB充電ポートも設置されており、市民からは、試乗会の際にいざというときに役に立つイメージをしやすいという声も多くあった。

写真) EVバスに設置されているUSB充電ポート
写真)EVバスに設置されているUSB充電ポート

出典) 信南交通株式会社

バス事業会社への経済効果はどうか。信南交通はまだデータの収集段階だとしつつ、結果が良ければバスの台数を増やしていきたいとしている。EV車はディーゼル車に比べて部品点数が少なく、法定点検の費用が安く抑えられるというメリットも明らかになった。

「EVバスの台数を増やすには充電スタンドを複数設置できるかもポイントだ。また、5年経ったときバッテリーの性能(がどう変化するか)についても今後検証していきたい」とした。

今後、中部電力と飯田市の連携はEVバスの運行だけに留まらない。

飯田市は環境政策に関する計画を定めた「21'いいだ環境プラン第5次改訂版」で、2050年までにCO2排出実質ゼロを実現することを掲げている。自家用車だけでなくバス・トラックも含めた運輸部門全体でEV化を進めることが明記されており、市内の充電インフラの整備が急務となる。

その足掛かりとして、飯田市では市役所本庁舎に太陽光パネルを設置し、そこで発電された電力で充電できる充電ステーションの設置を検討している。松尾氏は「充電インフラを『見える化』することで、市民の生活に身近なものとして、家庭や企業・事業所などでも導入できると感じてもらうことが大事」だと述べた。

写真) 飯田市中心市街地(りんご並木)
写真)飯田市中心市街地(りんご並木)

出典) 飯田市

2027年開業予定のリニア中央新幹線の新駅についても、環境配慮を重視し、自家発電をおこないカーボンニュートラルとする方針を構想段階から決めていた。

飯田市リニア推進部長の細田仁氏は新設駅について「交通拠点の機能の他に、人の往来を生むことで、地域振興につながる駅を目指していきたい。再生可能エネルギーを上手く使うことで、環境意識の高い企業を誘致できないか。ここで生み出されるエネルギーを地域全体の振興に役立てたい」と語った。

カーボンニュートラルの実現によって地域振興、更には人口減少問題の解決への貢献が期待される。

写真) 飯田市リニア推進部長 細田仁氏
写真)飯田市リニア推進部長 細田仁氏

出典) 飯田市

飯田市と中部電力はEV化を皮切りに、さまざまな分野で取り組みを進めていきたいとしている。中部電力の松田氏は「入口はエネルギーだが、エネルギーのことを考えていたら色々な社会課題が周りに集まってきて、それらがエネルギーを起点に繋がり、課題が解決されていくコミュニティを作り上げたい」と今後の抱負を語った。

取材を終えて

人口減少や高齢化社会など、社会の大きな変化を迎えるにあたって電力事業者は従来のエネルギー事業だけでなく、地域の社会課題の解決に向けて新しい価値を生み出すことが求められている。

電力事業者と自治体が連携し、市民と社会を結ぶ「新しいコミュニティの形」を生み出そうという飯田市と中部電力の取り組みは、他の自治体にとってモデルケースとなろう。今後もさまざまなイノベーションが生まれることに大きな期待を寄せたい。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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