写真) テスラ「モデル3」
出典) Tesla
- まとめ
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- 菅首相が新政権発足後すぐに「カーボンニュートラル宣言」を発出。
- 新車販売を2030年代半ばまでにすべて電動車にするとの政府方針も。
- 日本の新車すべてEV化で電力不足も。エネルギー政策大転換が必要。
2020年10月菅首相が新政権発足後すぐに「カーボンニュートラル宣言」を発出したことにも驚いたが、経済産業省が「新車販売を2030年代半ばまでにすべて電動車にするとの方針」を打ち出した。また、東京都の小池百合子知事は政府の目標を更に前倒しし、「2030年までにガソリン車販売を廃止する方針」を明らかにした。こうした一連の政府や自治体の動きは産業界に衝撃を与えた。
何故かというと、二酸化炭素の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロの状態にする「カーボンニュートラル」を実現しようとすると、自動車産業に大きな影響を与えるからだ。
自動車産業はその裾野が広いことで知られる。関連就業者数は542万人、我が国の全就業人数6,724万人の実に約8%を占めている。
出典) 日本自動車工業会
ガソリンエンジン車が電動車にとって変わるということは産業の構造そのものが激変するということだ。電動車はガソリンエンジン車に比べ部品の点数が大幅に少ない。少なくとも、ガソリンエンジンとその周辺部品を製造しているメーカーは仕事が無くなることを意味する。
はたしてこのような未来が来ることを誰が想像できただろうか?
今回はこの「電動化の潮流」が自動車産業に与えるインパクトを見ていく。
電動車
そもそも「電動車」とは一体どのような車を指すのだろうか?日本で「電動車」という場合、「電気自動車(Electric Vehicle:EV)」だけでなく、ガソリンエンジンとモーター、両方を動力源として搭載する「ハイブリッド車(Hybrid Vehicle:HVまたはHEV)」や、コンセントから差込プラグを用いて直接バッテリーに充電できる「プラグインハイブリッド車(Plug-in Hybrid Vehicle:PHV)」、燃料電池で水素と酸素の化学反応により発電した電気エネルギーを使ってモーターを回して走る「燃料電池車(Fuel Cell Vehicle:FCV)」などが含まれる。
実は日本では電動車はまだあまり走っていない。国内販売の推移を見てみよう。
上の図でわかるように、電動車の販売総数の大半はHV車で、純粋にバッテリーとモーターだけで動くEV(バッテリーで動くと言う意味でBattery Electric Vehicle: BEVと呼ぶ場合もある)はほとんど売れていないのが日本市場の特徴だ。
実際に街でよく見るトヨタ自動車(以下、トヨタ)の「プリウス」はHV車、もしくはPHV車だ。一方で、EVである日産自動車(以下、日産)の「リーフ」は「プリウス」ほど見かけない。日本市場はEVよりもHVが売れている特殊な市場なのだ。
ところが世界市場に目を転じると、全く違う状況が見えてくる。
EVの急速な普及
まず、世界における電動車の普及のトレンドを見てみたい。コンサルティングファーム大手のボストンコンサルティンググループの予測によると、2020年約10%だった電動車の新車販売台数のシェアは、2030年に51%まで増加する。
そのうち最も伸び率が大きいのはEVで、2020年シェア2%から2030年18%にまで成長する。一方、日本のトヨタが得意な、HVとPHVのシェアは、2020年シェア5%が2030年13%に止まり、モーターがエンジンのアシストのみに徹するいわゆる、マイルドハイブリッド車(MHV)が2020年シェア3%から2030年20%に伸びる。MHVは日産のe-powerなどがそれにあたる。
そして衝撃的なのはガソリン車のシェアの急激な縮小だ。2020年78%だったのが、2030年には44%にまで下落する予測だ。
つまり、世界市場では、日本であまり普及していないEVのシェアが急速に伸び、逆に日本の得意とも言えるHVやPHVのシェアは思ったほど伸びない、ということになる。日本の自動車市場が縮小傾向にある中、海外市場のこうした動向を日本の自動車メーカーは無視するわけにはいかないだろう。
Teslaの猛攻
EVといえば、米テスラ(Tesla)社(以下、テスラ)を挙げなくてはならない。エネフロでは2018年に「グローバルEV戦争」と題して3本の記事を掲載した。(1,2,3)その当時はイーロン・マスクCEOの自社株に対する不適切なツイートなどが市場で問題視されていた時期でもあり、正直、現在の躍進を想像できなかった。
まず生産台数が着実に伸びている。年間50万台を目標にしていたが、ついに2020年の世界生産台数が509,397 台になったと発表した。年間1,000万台以上生産する、独VW(以下、フォルクスワーゲン)やトヨタと比べたら、20分の1の規模にすぎないテスラだが、時価総額では両社を凌駕している。なにしろ、去年11月にテスラの時価総額はなんと5,000億ドル(約52兆円:1ドル=103円で計算)を突破した。テスラ1社で日本に上場する自動車メーカー全9社の合計を追い抜いているのだから、そのすごさがわかるというものだ。
世界的な電動化の潮流をいち早く捉えたEV専業メーカーテスラの評価が株式市場で高いのもうなずける。実際、テスラの経営スピードはまさに爆速ともいうべきものだ。
まず世界最大のEV市場、中国に一早く上海工場(2020年1月操業開始)を建設した。第2工場も建設中だ。2021年の生産能力は55万台に達するという。しかも、去年11月には上海工場で生産したセダンタイプの「モデル3」の欧州輸出も開始した。欧州でのEV需要の拡大を先取りしたものだ。
無論、自動車は販売する地域で生産した方がコスト的に有利である。したがって、既にテスラは独ベルリンに工場を建設中で、今年前半には操業開始予定だ。欧州でのテスラ人気をにらんでの決断だ。
出典) @ElonMusk
驚異的なスピードで世界戦略を進めるテスラに他の自動車メーカーはどう対抗しようというのだろうか。
各社の反撃
こうしたテスラの攻勢を欧州メーカーの雄、フォルクスワーゲンが黙っているわけがない。なにしろ自分の足下にテスラの新工場が稼働するのだ。売られたけんかは買わねばならぬ、とばかりに、新型EVをテスラ車にぶつけてきた。
それが、去年9月に発表されたEV「ID.4」だ。既に発売されている「ID.3」に次いで2車種目となる。
出典) VW
この電動クロスオーバーSUVは、明らかにテスラのSUV「モデルY」を意識したものだ。「モデルY」は既にドイツに並行輸入の形で販売されて人気だが、価格は約800万円に上る。フォルクスワーゲンはほぼ同サイズの「ID.4」を600万円台に設定した。テスラが現地生産を始める前に、電動SUV市場を囲い込もうという戦略だ。新興メーカーと伝統的なメーカーの、まさに死闘ともいうべき競争が繰り広げられている。
出典) Tesla Japan
日本メーカーへの影響
翻って、日本メーカーはこの潮流にどう挑もうとしているのか?結論からいうと、出遅れ感は否めない。
まずは、日産だ。日産はEVの量産で先鞭をつけた。EV「リーフ」を世に送り出したのは、今から10年以上も前の2010年だ。しかしその後、何故か日産はEVの新型モデルを市場に投入しなかった。確かに当時は世界で電動化の潮流は見られなかったが、2003年に創業したテスラがわずか10数年で大躍進したのを見ると、日産のEV戦略には大いに疑問符がつく。
その後日産は何故か、本格EVよりも、マイルドハイブリッドであるe-power搭載モデルのコンパクトカー「ノート」を投入、これが人気を博すと、車種を小型ワンボックスカー「セレナ」に拡大、更に去年タイで生産しているコンパクトSUV「キックス」にも搭載した。
EVとしてはようやくSUVモデル「アリア」を開発、今年国内販売を開始し、輸出もする予定だ。日産は、2022年度までにEV8車種を市場に投入するとしているが、テスラに遅れを取った感は否めない。
出典) 日産
そして、EV開発に更に慎重なのがトヨタだ。トヨタは先にも述べたとおり、1997年から販売しているHV、PHV(2009年~)の「プリウス」が主力であり、本格EVの販売には乗り出さなかった。
出典) Toyota
そのトヨタが去年動いた。レクサスブランドとして初めての中型SUV電動モデル「UX300e」を4月から販売開始したのだ。世界一のEV市場である中国に投入する戦略モデルである。中国市場におけるラクジュアリーEV市場で存在感を高めつつあるテスラを意識しているのは間違いない。しかし、テスラは上海工場で生産する「モデルY」を今年1月販売開始、攻勢を強める。
出典) Lexus
加えて、トヨタは国内でも超小型EVを投入した。それが、『C+pod(シーポッド)』だ。2人乗りの電動は確かに都市部や過疎地などで一定の需要が見込まれるが、国内のEV市場に本格的に参入する為のモデルとは思えない。販売も、法人ユーザーや自治体などを対象に限定し、一般販売は来年からだという。
出典) トヨタ自動車
ここで2017年に発表されたトヨタの電動化戦略を見てみよう。それによると、2030年の新車販売においてHVとPHVで450万台以上、EVとFCVで100万台以上、合計で電動車を550万台以上、という目標を立てている。現在、この目標を5年ほど前倒しする計画だ。
それでも主力はやはりHVとPHVだ。EV専業のテスラはともかく、現時点で最大のライバル、フォルクスワーゲンのEV化戦略とは別路線に見える。まずは超小型EVを国内市場に投入したことからもそれが伺える。
出典) トヨタ自動車
トヨタの豊田章男社長は日本自動車工業会の会長でもある。去年12月、メディアとの懇談で豊田氏は、「電動化=EVではない。電動化にはEV、FCV、PHEV、HVも含まれる」と述べ、急速なEVの普及の問題点を指摘した。
エネルギー産業への影響
この豊田氏の指摘は極めて重要な問題を含んでいる。発言の要旨は:
・乗用車年間販売400万台がすべてEVになると、夏の電力使用のピーク時に電力不足となり、解消には発電能力を10~15%増やさなくてはならない。これは、原子力発電でプラス10基、火力発電でプラス20基必要な規模。
・充電インフラの投資コストは、約14兆円から37兆円かかる。
・電池の供給能力が今の約30倍以上必要になり、コストで2兆円かかる。
豊田氏が訴えたかったのは、自動車のEV 化だけでカーボンニュートラルは実現できないことと、日本のエネルギー政策の大転換が不可欠であることだろう。
実際、EVを生産するには大量の電力を消費する。その電力が火力発電などで作られているのでは、カーボンニュートラルとは言えない。そこで、自動車のカーボンニュートラル化には自動車の走行にかかわるすべての段階で発生するCO2をゼロにするという考え方が取られるようになった。これを、ウェル・トゥー・ホイール(Well to Wheel:油井から車輪まで)と呼ぶ。
こうした考え方を更に一歩進め、欧州規制当局は2023年を目途に、車両製造、燃料調達、廃棄を含む自動車のライフサイクル全体が環境に与える負荷を総合的に評価する、LCA(Life Cycle Assesment:ライフサイクルアセスメント)という手法を取り入れようとしている。
この評価手法だと、ガソリン車に対するEVのCO2排出量の優位性は揺らぐことになる。なぜなら、バッテリー製造時に大量のCO2が排出されるからだ。
現時点での日本のエネルギーミックスは火力発電が主であり、それを換えない限り、自動車をEV化してもカーボンニュートラルは達成できないということだ。
再生可能エネルギーの主力電源化は我が国の大方針であるが、エネルギー基本計画の見直しがある今年、30年後の2050年を目指したエネルギー戦略は、産業の壁を越えた包括的、かつ革新的なものでなければならない。
自動車のEV化は私たちの暮らしにも大きな影響を与えずにはいられない。その変化は今まさに起きている。
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