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トランプ後の世界

Vol.03 グリーンな社会目指すデンマーク 自転車ハイウェイとIoT

デンマークの自転車高速道路(Cycle Super Highways)

デンマークの自転車高速道路(Cycle Super Highways)
出典)Cycling Embassy Of Denmark

まとめ
  • デンマークで総距離115キロの自転車専用高速道路が開通。
  • 同国は2050年迄に化石燃料ゼロ・100%再エネに転換を掲げる。
  • 自転車利用後押しにIoTがふんだんに使われている。

自転車専用高速道路

2017年5月2日、デンマーク・コペンハーゲン首都圏エリアの13市にまたがる5ルート115Kmのスーパー・ハイウェイ(高速道路)が開通した(図1)。驚くなかれ 、敷設された新ハイウェイは、排気ガスを撒き散らす自動車やトラックのための道路ではない。CO2排出量ゼロの自転車のためのグリーンな高速道路だ。この自転車ハイウェイは、2012年に先んじて開通したデンマーク初のアルバートルンド線17Kmに続き、2013年に38Km、2016年に52Kmに伸び、今回の新ルートの開通で、計115キロの5ルートを提供することになった。

(図1)コペンハーゲンの自転車高速道路ルート図
(図1)コペンハーゲンの自転車高速道路ルート図

自転車スーパーハイウェイの予算として、約6千万デンマーク・クローネ(約10億円:1クローネは16.6円)が充てられる。この予算は、206Km(2018年完成予定)の第一次自転車ハイウェイ敷設に4千万クローネ(国が約44%に当たる1,760万クローネを助成し、地方自治体が残りを負担)があてられ、残りは自転車利用を促進するための各種事業に活用される。

コペンハーゲンの自転車専用道
コペンハーゲンの自転車専用道

Photo by DISSING+WEITLING

自転車ハイウェイは、特に長距離サイクリストを利用者として想定しており、長時間でも安心安全、また楽しく走行可能な道路として整備が進められた。ハイウェイは、自動車交通量の多いエリアを避け安全性を確保しており、多くのルートではおしゃべりしながら走れる走行車線2線と追い越し車線の計3車線が確保され、子供と安心して並走できる環境が整備されている。

エネルギー戦略の一環

この斬新な自転車ハイウェイ構築の背景には、デンマーク政府の野心的なエネルギー戦略がある。2012年3月デンマーク政府は、「2050年までの化石燃料の廃止・100%再生可能エネルギーへの転換」という長期エネルギー戦略を掲げた。さらに、国家目標に呼応して、デンマークの首都コペンハーゲン市は、2025年までにカーボンニュートラルな都市にすると発表した。

これら目標のもと、国と各地方自治体は様々な手段でこの課題に取り組んでいる。例えば、

  • 風力やバイオマスといった再生可能エネルギーの促進
  • 火力発電所における石炭焼却からバイオマス焼却への転換
  • エネルギー効率の良い建築を推進するための規制
  • 火力発電所の余剰熱を活用した地域暖房
  • グリーンモビリティ(後述)

などだ。

今、デンマークがグリーン国家になるためには欠かせない鍵になると言われ注目を集めるのが、「グリーン・モビリティ」(環境に配慮した移動手段ネットワークの構築)だ。例えば、

  • ハイブリッドバスといったCO2排出を極力抑えた交通機関の普及
  • メトロ環状の敷設線や既存路線の延長などの公共交通機関の整備
  • 電気や水素電池など環境に優しい燃料の活用
  • 電気自動車(EV)の流通や関連シェアエコノミー
  • 自転車の活用

などである。

冒頭の自転車ハイウェイもその一環で、自転車はCO2排出がなく設備投資が他手段に比べ低いことから公共交通機関の利用より、更に望ましい「積極的に推進されるべき移動手段」と位置付けられている。

自転車利用増加の課題

コペンハーゲン首都圏自治体は、30%の自転車通勤者増は、環境負荷の軽減、医療費削減をもたらし、その効果は国家負担の73億クローネ(約1200億円)削減に相当すると算出している。このように自転車利用増加に対する期待値は高いが、そう楽観視はできない。

デンマーク統計による現在の利用者像が示すのは、都市部に住む約33%が通勤や通学に自転車を利用し増加傾向にある一方で、5Km以上の自転車利用はそれほど多くなく伸び率は低いという現状だ。また、18歳未満と66~84歳の高齢者が2大利用世代であることも統計で示されている。最大利用者層である短距離通勤・通学者の利用が今後増加したとしても、期待されるほどの効果に繋がりにくいと考えられ、狙うべきターゲット層は別にある。

実際、2016年のコペンハーゲン首都圏(コペンハーゲン市を含む29市で構成)のCO2排出量は2012年度比で15%増となっており、コペンハーゲン首都圏の大気汚染、通勤通学時間の道路や公共交通機関の交通渋滞は、目標から一歩後退してしまった。

コペンハーゲン首都圏が提示する各種資料やデータから導出される、自転車ハイウェイのターゲット層は明確だ。

  • 子育て中の30~50代で、郊外に家を構え、自動車を所有する余裕も出てきている家族
  • 健康にも気を使い、公共交通機関や自転車の利用がより望ましいかもしれない、と考えたとしても、子供の送り迎えや日常の雑事など忙しい毎日を送り、車利用を正当化しがちな子育て世代

IoTが自転車利用を後押し

今回の自転車ハイウェイの開通を契機に新たな層の自転車利用が期待されている。何しろ、今回開通した自転車ハイウェイには、ターゲット層に訴求する基盤と様々な工夫がある。デンマークの社会に根付くIoTの仕組み(注1)と相まって相乗効果が発揮される可能性が高く、その兆しはすでに見えているからだ。

例えば、コペンハーゲン首都圏が提供するCycle Planen(サイクリング・プラン)は、自転車での移動をサポートするルート案内アプリだ。サイクリストをターゲットにしたルート検索が主な機能で、非常にシンプルな仕組みであるが細かい使い勝手に配慮が行き届いている。ルート案内では、デフォルトで自転車では非常に走りにくい石畳や一方通行を避けたルートが提示される。何しろ石畳の走行は手首に衝撃が大きく、さらに自転車の交通ルールが厳しいデンマークでは、サイクリストにとって必要な情報は、車の運転時や徒歩で必要となる情報とは少し異なる。(注2

そのほか、ルート検索をすると3種類のルートが表示されるのも嬉しい。最短ルート、快適ルート、電車やメトロ(地下鉄)を使うルートの3種類が表示され(図2)、その時々に応じたルート選択が可能だ。ちなみにデンマークの電車や地下鉄は、ラッシュアワーの自転車持ち込み禁止などの制限が一部あるものの、一般的に車内に自転車を持ち込むことが可能だ。(図3)

(図2)ルート案内アプリCycle Planen(サイクリング・プラン)
(図2)ルート案内アプリCycle Planen(サイクリング・プラン)
(図3)コペンハーゲンのS-Train外観と車両内部。右上:自転車固定チェーン
(図3)コペンハーゲンのS-Train外観と車両内部。右上:自転車固定チェーン

photo by European Cyclists' Federation

実際、自転車と公共交通機関を併用する市民は多く、自転車関係の各種レポートでも、自転車利用者の多くは、出発地から目的地までCycle to Train to Cycleという混合型利用をすることが指摘されている。このように日常の足として自転車を使うのであれば必要不可欠な情報がこの案内アプリで提供されており、日常使いのサイクリストにとっては、痒いところに手が届くサービスとなっている。そして、この地図データは、クラウドソースのOpenStreetMapから取得され、日々アップデートされている。

スマート信号

(図4)コペンハーゲン市のスマート信号
(図4)コペンハーゲン市のスマート信号

Photo by Dylan Passmore/Flickr

また、スマート信号(図4)の導入もターゲット世代のサイクリストに嬉しい。コペンハーゲンは、北欧初のスマート信号導入都市として、取り替え時期にあった市内の信号380個をスマート化した。スマート信号は、サイクリストが時速20キロで走行することで、信号で足止めされることなく都市部と自宅の行き来ができるように調整されている。センサーを用いて、サイクリスト集団が信号に接近した際には、青信号をちょっと引き伸ばすといった実験も進行中であり、今後も改良が進められていくだろう。

ちなみに、コペンハーゲン市は、スマート信号はサイクリストの移動時間を10%短縮すると算出している。また、第3の都市のオーデンセでは、 同様の自転車ハイウェイ(Super Bike Highway)で雨の日用スマート信号がすでに導入されている。雨の日は、自転車用信号の青信号が20秒延長される機能で、雨の中信号待ちでずぶ濡れになるのを避けるちょっとした工夫だ。

信号機に設置された雨センサーとモーションセンサーが機能し、雨天時にセンサーの70m圏内で自転車の接近が認証された場合に青信号を延長する。当然のことながら、自動車の信号待ち時間は増加することになるが、ドライバーは濡れるわけではないので、不満は抑えてもらおうということなのだろう。この仕組みは、自転車利用のマイナス点と指摘される雨天が予想される時でも、スマートソリューションにより、サイクリストたちに自転車を選択してもらう可能性を高めようという意図が背後にある。

レンタル自転車

コペンハーゲンのレンタル自転車システム
コペンハーゲンのレンタル自転車システム

出典)CITI IO

地方自治体が支援するシェアエコノミーの一つ、共有自転車の仕組みにもITが活用されている。コペンハーゲン市と隣接するフレデリクスベア市で実施されている公共レンタル自転車システムは、バス、電車、メトロに続く第四の公共交通機関として注目される公共自転車インフラシステムで、利用者の増加が顕著で2017年内に自転車ステーション数は100に達する見込みだ。

タブレットがハンドル部分に内蔵されており、土地勘がない人でも使いやすい工夫が見られ、観光客に利用されるケースが多い公共レンタル自転車である。とはいえ、最近では、職場やミーティング場所への市内の移動の際のコペンハーゲン市民の利用も増加しているという。

コペンハーゲンの自転車ハイウェイは環境に配慮した野心的な都市戦略に依るところが大きい。ただ、可視化されにくいが市内に張り巡らされ整備が行き届いた街灯や信号をハブ(IoT)にしたネットインフラは、ハイウェイの利用を促進し、ひいては利用者の毎日の通勤・通学ストレスの軽減に貢献していくだろう。最終的に、467Kmに及ぶ28ルートが開通予定で、緑に囲まれた通勤・通学路は、天候の良い夏は特に快適なモビリティ体験になるだろう。

  1. デンマークは、メールの利用率93%、オンラインバンキングの利用率88%、先進国の中でも突出した高度ネットワーク社会である。個人番号制度も1968年に導入され、さらには、カードや少額決済の仕組みがいち早く普及し、おそらく世界初の電子決済社会になると予想されているほど、生活インフラが、隅々までネットワーク化している。
  2. デンマークには、自転車対象の一方通行路や下車して自転車を押す必要がある歩行者優先道が多くある。
安岡 美佳 Mika Yasuoka
安岡 美佳  /  Mika Yasuoka
コペンハーゲンIT大学アシスタントプロフェッサー、北欧研究所代表
慶應大学で図書館情報学学士を取得後、京都大学大学院情報学研究科にて社会情報学を専攻し修士号を取得。東京大学工学系研究科先端学際工学博士課程を経て、コペンハーゲンIT大学より博士号を取得。京都大学大学院情報学研究科Global COE研究員などを経て現職。現在は「情報システムのための参加型デザイン」への関心から派生し、北欧のデザイン全般、社会構造や人生観、政治形態にも関心を持ち、参加型デザインから北欧を研究。また、参加型デザインで日本に貢献することを念頭に、最近ではデザイン手法のワークショップやデザイン関連のコンサルティング、北欧(デンマーク・ノルウェー・フィンランド・アイスランド・グリーンランド)に関する調査・コンサルティング業務に従事。

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今、大きく変化している世界のパワーバランス。グローバルな視点で国際情勢のダイナミックな動きを分析し、日本のエネルギー安全保障にどのような影響が出るのか予測する。