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エネルギーと私たちの暮らし

Vol.01 電気の安定供給が第一 製造業の場合

ソルトバス熱処理(塩浴炉)

まとめ
  • 電力多消費型企業、リーマンショックと3.11が経営揺さぶる。
  • アベノミクスの恩恵なし。中小の経営環境は依然厳しい。
  • 電力システム改革、エネルギーミックスの行方を注視したい。

電力多消費型企業を訪ねて

エネルギーの中でも「電気」は企業にとって生命線です。その用途は様々なれど、電気を使わない企業を見つけるのは至難の業でしょう。

そうした中、様々な技術革新やエネルギーにかかわる環境の変化で、「電気」の使い方も刻々と変わっています。このシリーズでは、私たちの身の回りで使われている「電気」にかかわる諸問題について、具体的に見て行こうと思います。

シリーズの第1回に伺ったのは、あの下町ボブスレーで有名な、東京・大田区にある、様々な切削工具や塑性加工用の金型の熱処理受託加工を行っている株式会社上島(かみじま)熱処理工業所。「熱処理」と言っても分からない読者の皆さんも多いかもしれませんが、要は鋼を高温で熱したり、冷やしたりすることで、その強さ・硬さ・粘りや耐摩耗性などを形を変えることなく向上させる加工技術のことです。数多くある産業の中でも、熱処理は電気エネルギーを熱に変えて部品を加熱する、いわゆる電気炉で行います。つまり電気を大量に消費するのです。電気料金が上がるとそれだけコストがかかり、経営を圧迫することになります。

実は筆者は、東日本大震災の後の2012年に一度この会社を訪れています。今回も代表取締役の上島秀美氏と技術部部長の坂田玲璽氏が取材に応じてくれました。

リーマンショックと3.11のダブルパンチ

まず上島氏に企業を取り巻く現在の環境について伺いました。

「電気代はコストの一部です。2008年のリーマンショックで日本の景気が下がったのが一番効きました。そこへ震災後電気代も上がってダブルパンチとなったのです。」(上島社長)

上島熱処理工業所のような業態は、景気の落ち込みの影響が出てくるのに時間差があり、一番売り上げが落ちたのがリーマンショックの翌年、2009年だったといいます。では上島熱処理工業所の電気の使用量や電気代の変動を時系列のグラフでみてみましょう。

グラフ1:電力使用量(月平均)kWh
グラフ1:電力使用量(月平均)kWh

(上島熱処理工業所提供のデータより編集部作成)

グラフ2:電気料金単価の推移
グラフ2:電気料金単価の推移

(上島熱処理工業所提供のデータより編集部作成)

グラフ3:年間電気料金の推移
グラフ3:年間電気料金の推移

(上島熱処理工業所提供のデータより編集部作成)

グラフ4:国際原油価格(WTI)の推移(1984~2016年)
グラフ4:国際原油価格(WTI)の推移(1984~2016年)
  • (出典)経済産業省資源エネルギー庁「平成27年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2016

グラフ1を見るとわかるように、確かに2009年に電力使用量ががくっと落ちているのが分かります。リーマンショック後受注が大きく減った影響です。売り上げ高は社外秘ということでここには載せられませんが、2009年の売り上げは対前年比41%減だったといいますからいかにその衝撃が大きかったかがわかります。

グラフ2の電気料金単価を見てみましょう。2010年に電気料金が下がっているのは、リーマンショック後の急激な原油安の影響(グラフ4)ですが、2011年3月の東日本大震災の影響もあり、2014年に電気料金のピークを迎えます。震災前の2010年と2014年の電気料金単価を比べると46.8%もアップしています。同社の負担はかなりのものでした。

グラフ3でも分かる通り、2012年から年間電気料金はぐんぐん上がりました。まさにその2012年に私が同社を取材したわけですが、その時上島社長は電気料金の上昇による影響を懸念しており、雇用の確保の難しさについても言及していたのをはっきり覚えています。

確かに2014年まで電気料金は上昇を続けましたが、その後原油価格は下がり始めたため、電気料金も下落基調となりました。背景には、米国産シェールガスの増産など世界的な化石燃料の供給量増加がありました。日本の製造業は一息ついたわけですが、現在の価格水準がこのまま続く保証はありません。電気料金の変動は企業経営にとってリスク要因であることは間違いなく、今後も注視が必要です。

アベノミクス到来せず

こうした状況下、上島熱処理工業所は東日本大震災以降、5%の値上げを行いました。現在まで値上げはその1回限りだそうです。2014年までに電気料金が大きく上昇したのに5%の値上げというのは随分と控えめだと思い上島社長にその訳を聞いてみました。上島社長によると、値上げ幅をあまり大きくすると、今度は電気料金が下落した時に大幅に値下げしなくてはならなくなるので、妥当な値上げ幅にしておいた、とのこと。なるほど、電気料金の価格転嫁も戦略的に考えられています。

そうした中で、上島社長は明確に「リーマンショック以降少しずつ回復してきてはいるが、この業界(日本のものづくり)ではアベノミクスの影響は未だもたらされていない。」と断言しました。これまで何とかやってこれたのは「神風が吹いたからだ。」と言います。

上島熱処理工業所 代表取締役上島秀美氏
上島熱処理工業所 代表取締役上島秀美氏

「今年2月、他社の炉が壊れ、うちにそのバックアップを頼むと大きな注文が来た」(上島社長)

こうした臨時の受注もあり、「今期の決算はリーマンショック前の水準に戻るかもしれない。」と上島社長は淡々と話しましたが、日本の製造業の未来については楽観していませんでした。中小企業を取り巻く環境は厳しいままであることが浮き彫りになりました。

省エネへの取り組み

上島熱処理工業所では、ソルトバス(塩浴炉)(注1)という特殊な設備があり、中の塩が固まらないように通電し続けねばならなりません。

「うちは一直で、勤務時間は8時~17時、残業しても19時という体制。ソルトバスは通電し続けなければならないので(夜や休日でも)電気代はかかる」(上島社長)

深夜や休日の利用が安くなる契約などは検討しているのか聞いてみると、特にそうした契約などは電力会社と結んでいないということでした。

「いろいろ検討した結果、当社に不利にはならないようにしている」(上島社長)

今の契約状態が同社にとってはベストになるよう、電力会社と交渉している、ということのようです。

電力小売り自由化 必要なのは「安定供給」

では電力の自由化に伴い、新電力からのアプローチなどはないのでしょうか?これに対し上島社長は

「ある。しかし安定供給が必要。自分で電力を作らず、いろんなところからかき集めて安く売る、というのでは結局何かあったとき東京電力頼みになる。」

と述べ、今すぐ新電力に乗り換えるつもりはないとの考えを強調しました。

とはいえ、様々な取り組みは積極的に取り入れているようです。上島社長は、「最近導入した新しい設備はデータを送って故障や不具合に対処できるようになっている。」と述べるなど、時代に合わせ新しい技術も取り入れているようです。どのようなものなのでしょうか?

デマンドコントロールへの取り組み

技術部部長の坂田氏に話を伺いました。

「東京電力との契約分を超えないようにするため、デマンドコントロール注2)は10年以上前からやっている。優先順位を決めて設定を超えそうになると、信号で自動的に設備を止める。」(坂田氏)

つまり、停止しても品質に影響の出ない炉で調整しているとのこと。契約を超えるとペナルティを課せられるので、こうした調整は不可欠なのでしょう。

上島熱処理工業所 技術部部長 坂田玲璽氏

また、坂田氏によると「東電が夏場の7、8月にデマンドに対応できないときが3.11の前にあって、その対策のためにピークを抑えたらその分割戻金がもらえる制度(ピークカット)を使っていた。しかし今は省エネができていてそれが必要なくなっている。冬場に電気を使う家庭も増え冬にもピークがきている。」といい、ピークカット制度はいずれなくなるのでは、との考えを示しました。

そうした中、設備ごとに電力の使用状況を「見える化」し、きめ細かく設備の運用を制御することによって電気料金の抑制を図る取り組みについて聞きました。鍵となるのが、新型センサー「自己給電式型無線センサー」です。(下写真)

「有線だとハードウェアにコストかかるので、今はブレーカーに無線クラウドでデータを送信できるセンサーを約1年前から電流計に設置している。」(坂田氏)

従来、工場のエネルギー管理に使うセンサーには、外部電源や電源ケーブル、通信ケーブルが必要で、多くのセンサーを付けるとなると、これらの設置に多くの人手とコストがかかっていました。この新型センサーは磁場などエネルギーで自ら発電し、電流計を計測して無線でデータを送信するという優れもので、各設備への設置も簡単、かつケーブル類も一切必要としないことから、大幅なコストダウンが可能となります。現在、東京電力エナジーパートナーと一緒に検証モニターを行っているとのことでした。

デマンドコントロールシステム 自動制御タイプ

自動的に電気機器を制御するシステム。電気機器に優先順位を設け、あらかじめ設定した目標値を超えないよう、優先順位に従って警報などで知らせした後に自動的に電気機器を制御する。

図1:デマンドコントロールシステム 自動制御タイプ
  • (出典)東京電力エナジーパートナーズ「デマンドコントロールシステムのご紹介『システム概要』」

デマンドレスポンスへの道

同社のこうした取り組みはまだまだ実証実験レベルですが、各設備の電力量がリアルタイムで正確に計測できるようになると、いよいよデマンドレスポンス注3)が現実のものとなってきます。おりしも企業や家庭の節電を電力需要のピークを抑制するために用いる「ネガワット取引」が2017年4月1日から始まりました。節電により生み出された電力は、発電した場合と同等の価値があるとみなし、企業や家庭の節電分に対し報酬金を支払う仕組みです。

こうした取引が増えていけば、ピークカットによる節電効果のみならず、ピーク需要に備えるための発電設備の建設を抑制でき、温室効果ガスの削減にも寄与します。上島熱処理工業所の取り組みに電力システム改革の現在進行形を垣間見ることが出来ました。

編集後記

高い技術力を持つ同社は、電力料金の上昇を「値上げ」で乗り切ることが出来ました。しかし、価格に転嫁できない中小企業も多いはずです。そうした中、日本の電力構成は今、9割近くが火力発電となっています。海外の化石燃料に頼りきっている我が国のエネルギー安全保障は、極めて脆弱なものとなっています。

また、政府は2030年に向け、再生可能エネルギーの比率を全電力構成の22~24%に引き上げる目標を立てています。そのために、電力需要家は家庭も含め、固定価格買取制度の下、「再エネ賦課金」を負担していますが、これも電気料金を押し上げる一因となっています。

電力構成は今後どうあるべきなのか。私たちは自分たちの問題として今一度立ち止まって考える時期に来ていると言えるのではないでしょうか。

  1. ソルトバス熱処理
    食塩や塩化バリウムなどの塩を数種類混合し、熱処理温度に合うよう融点を調節した「塩浴剤」を熱処理槽(ポット)に入れて加熱溶融し、そこに部品を入れる熱処理法。
  2. デマンドコントロールシステム
    需要家の受電設備における最大デマンド(最大需要電力)の発生を監視するシステム。需要家がデマンドの目標値を設定し電気機器を管理することで、契約電力の減少を図ること。
  3. デマンドレスポンス
    電力卸市場価格の高騰時または系統信頼性の低下時において、電気料金価格の設定またはインセンティブの支払に応じて、需要家側が電力の使用を抑制するよう電力消費パターンを変化させることを指す。中には、電力会社の依頼に基づき仲介業者(デマンドレスポンス・アグリゲーター)が需要抑制を行い、その対価として電力会社がインセンティブ(報酬)を支払う「インセンティブ型デマンドレスポンス」がある。
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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