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エネルギーと環境

Vol.02 東京オリンピック・パラリンピックとエネルギー ~水素社会の可能性~

図)水素エネルギーについて(東京都)

まとめ
  • 国は世界に先駆けて水素社会を実現するため「水素基本戦略」を策定。
  • 東京都も2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け燃料電池自動車普及などに力を入れている。
  • 水素社会実現のためのコストとベネフィットを住民に周知させることが必要。
水素エネルギーについて(東京都)

図)水素エネルギーについて(東京都)

日本が世界に先駆けて「水素社会」の実現にまい進していることをご存知だろうか?

実は2017年12月26日、「第2回再生可能エネルギー(以下、「再エネ」とする)・水素等閣僚会議」において、世界に先駆けて水素社会を実現するための「水素基本戦略」が決定されているのだ。

その中で安倍首相は、「水素エネルギーは、エネルギー安全保障と温暖化問題を解決する切り札だ。その先駆けである「福島新エネ社会構想」は、既に動き始めている。浪江町(なみえまち)では、この夏(編集部注:2017年夏)から再生可能エネルギーを利用し、世界最大級CO2排出ゼロの水素製造プロジェクトが始まった。

2020年には、このクリーンな福島産の水素を、第32回オリンピック競技大会(2020/東京)、東京2020パラリンピック競技大会(以下まとめて、「東京オリンピック・パラリンピック」とする)に使用することで、復興五輪として、新しい福島の復興の姿を世界に発信していく。日本が世界をリードして水素社会を実現する。」と述べている。

写真)第2回「再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議」に出席する安倍首相
写真)第2回「再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議」に出席する安倍首相

出典)首相官邸

福島新エネ社会構想実現会議」によると、具体的には、福島県における再生エネ由来水素の製造の実証により得られた水素を、東京へ輸送する実証を行うとしている。

また、東京オリンピック・ パラリンピック期間中、水素ステーション等において活用することも検討するという、壮大な計画だ。では、実際に東京都はどのような計画を立てているのか、その中身を見ていこう。

写真)第2回「再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議」に出席する安倍首相
写真)第2回「再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議」に出席する安倍首相
  • 写真)福島県浪江町 再生可能エネルギー利用水素プロジェクト(1万kW級となる世界最大級の水素製造設備を使って再エネから水素を作るというプロジェクト)
  • 出典)経済産業省

東京都が掲げる水素エネルギー推進の意義

東京都は水素エネルギーの意義として以下の4つを上げている。

  1. 環境負荷低減
  2. エネルギー供給源の多様化
  3. 経済波及効果
  4. 非常時対応の観点

1. 環境負荷低減

水素エネルギーは、利用段階で水しか排出しない。CO2は一切排出しないので、環境負荷を大幅に低減することができる。

2. エネルギー供給源の多様化

水素は、化石燃料、水、副生ガス(製鉄所などの工場で発生するガス)、木質バイオマスなどの様々な資源から作ることができるので、エネルギーの安定供給に貢献する。

図)水素の製造方法
図)水素の製造方法

出典)水素社会の実現に向けた東京戦略会議とりまとめ(平成27年2月)

3. 経済波及効果

水素を使う燃料電池関連産業は、すそ野が広く、将来的に大きな産業創出が期待されている。

4. 非常時対応

家庭用燃料電池は、災害時や停電時に非常用電源として利用できる。

オリパラに向けた水素社会への課題と道のり

こうした水素エネルギーの持つ特徴を生かし、東京都は東京オリンピック・パラリンピック時における水素利用の課題として以下の5つを挙げている。

写真)水素ステーション
写真)水素ステーション

出典)岩谷瓦斯株式会社

経済産業省策定の「水素・燃料電池戦略ロードマップ改訂版」によると、燃料電池自動車の普及目標を累計で2020年までに4万台程度、2025年までに20万台程度、2030年までに80万台程度としている。燃料電池自動車が増えるためには当然水素ステーションも同時に増えなければならない。その水素ステーションの整備目標は、2020年度までに160箇所程度、2025年度までに320箇所程度だ。2025年度時点で東京都だけで、国の目標の4分の1を達成しようという意欲的な計画だが、東京オリンピック・パラリンピック開催までに都内に160カ所の水素ステーションが出現するのか筆者はまだ実感がない。

問題は水素ステーション整備費用だろう。経済産業省によると、標準的な規模の水素ステーション整備費用はまだ4.6億円もする。1億円余りとされる通常のガソリンスタンドに比べ、はるかに高いのが現状だ。ステーションの仕様最適化や規制見直しを加速させることが求められている。

写真)燃料電池バス(トヨタ自動車開発)
写真)燃料電池バス(トヨタ自動車開発)

出典)東京都

燃料電池バスは、水素を車載の高圧タンクから燃料電池に供給し、そこで空気中の酸素と化学反応させて作った電気でモーターを駆動させ走行する。東京都は、既に去年3月より市販車では日本で初めて燃料電池バスを、路線バスとして営業運行している。今年3月までにさらに3台増やす予定だが、こちらもコストが問題だ。燃料電池バス1台のコストは約1億円とされる。国の補助金は5千万円、自治体補助が3千万円、残りがメーカー負担となっている。(平成30年度概算要求ベース

写真)家庭用燃料電池
写真)家庭用燃料電池

出典)NEDO

家庭用燃料電池のコストもまだまだ高い。国は価格目標を約80万円から100万円としているが、実勢価格はまだこの目標値に届いていない。国の補助金も出ているが、こちらも普及を加速させるには更なるコストダウンが必要だ。

海外で水素を製造し日本に輸入するという壮大な計画もある。豪州の褐炭を原料として水素製造を行い、豪州政府らが推進しているCO2分離・回収・貯留プロジェクトを利用することにより、CO2フリーの水素を国内に輸入するというのだ。しかし、実現までにはまだ課題が多そうだ。

筆者も都民だが、東京都がここまで水素社会実現へ具体的な施策を考えているとは正直知らなかった。数々の戦略目標まで立てている。しかし、そもそも燃料電池自動車なるものが水素を燃料としていることを知っている人はそう多くはないだろうし、家庭用燃料電池を導入している家もまだ少ないだろう。実現可能性はどのくらいあるのだろうか?

写真)トヨタ自動車の燃料電池自動車 MIRAI
写真)トヨタ自動車の燃料電池自動車 MIRAI

出典)トヨタ自動車

そうした中、東京都は水素社会の実現に向け、以下のロードマップを発表している。着実にプロジェクトは動いているが、目標達成の為にどのくらいのコストがかかるのかは都民に周知されているとはいいがたい。

水素社会への疑問

では「水素社会」は実際に誕生するのだろうか?東京工業大学の久保田宏名誉教授に話を聞いた。

写真)東京工業大学久保田宏名誉教授
写真)東京工業大学久保田宏名誉教授

©エネフロ取材班

安倍水素社会の実現性についてどうお考えですか?

久保田国は、地球温暖化対策としての「低炭素社会」の実現のために、いますぐ「水素」を使われなければならないとしています。しかし、地球温暖化対策として今すぐ「水素」を大量に利用するとしたら、現在最も安価に「水素」をつくることのできる化石燃料(天然ガス)を使わなければなりません。それではCO2が排出されるので、CCS(二酸化炭素回収貯留)を使ってCO2を地中に埋め立てるとしていますが、これでは、温暖化を防止するために化石燃料資源の枯渇を早めるだけです。

もし、低炭素社会実現のために水素を利用しなければいけない場合でも、化石燃料の枯渇後、その代替としての再エネ電力から作られた水素を利用するべきです。エネルギー源として水素を使うのであれば、その「水素」を作るエネルギー源の再エネ電力を直接用いるのが、より省エネになり、より経済的です。

「水素」が再生可能であるためには、自然エネルギーから作られなければなりません。オーストラリアの未利用資源の褐炭(化石燃料)から作られる「水素」は、再エネではありません。

自然エネルギーから作られる安価な「水素」を日本に持ってくることが行われようとしていますが、これでは、化石燃料を海外から輸入するのと変わりません。「水素」を含め再エネは国産でなければ、一国主義が広がる世界で、化石燃料枯渇後の日本経済は成り立ちません。

そして、「水素社会」実現のための「実証試験」として行われようとしている2020年の東京オリンピック・パラリンピックでの「水素」の利用です。世界に先駆けて「水素社会」のモデルを見せることにどんな意味があるのでしょうか?

写真)東京工業大学久保田宏名誉教授
写真)東京工業大学久保田宏名誉教授

©エネフロ取材班

福島県の復興とセットで考えられている東京都の水素タウン構想そのものを否定するものではない。東日本大震災の記憶を風化させないためにもその理念は極めて重要だ。

一方で、東京オリンピック・パラリンピック自体もそうだが、水素社会実現にかかる社会的コストと私たちが享受するベネフィットを秤にかけて考える必要があろう。政府にしろ、東京都にしろ、より丁寧な説明が求められる事は言うまでもない。

参考)
水素社会の実現に向けた東京戦略会議とりまとめ(平成27年2月)
水素エネルギーの意義について 事務局素案
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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