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トランプのエネルギー戦略

Vol.05 米「パリ協定」離脱で温暖化加速?

Photo by Michael Vadon

まとめ
  • トランプ大統領、「パリ協定」からの離脱を発表。国際社会から非難ごうごう。
  • 離脱はトランプ氏の公約、共和党の伝統的な政策に基づくもの。
  • 温暖化そのものに対する懐疑的な見方も国内に根強くある。

アメリカのトランプ大統領が地球温暖化対策の「パリ協定」からの離脱を発表したことで全世界が揺らいだ。離脱に対しての国際的な反響は圧倒的なネガティブ(否定)だった。ではトランプ大統領はそんな反発が当然、予測される措置をなぜあえて断行したのか。アメリカのこの離脱によって地球温暖化が急速に進み、地球の終わりのような事態が本当に迫ってくるのか。

アメリカ国内ではもともと反トランプの民主党リベラル派の政治家やメディアがヒステリックにも響く「パリ協定離脱反対大キャンペーン」を展開している。(注1)だがここで慎重に立ち止まり、今回のトランプ大統領の動きの背景や経緯を冷静にみることも必要である。

トランプ大統領が6月1日にホワイトハウスでの演説で発表したアメリカのパリ協定からの離脱について、いくつかの疑問点をあげて、背景や経緯を報告しよう。

トランプ氏はなぜ不評が予測される離脱を決めたのか?

トランプ氏にとってパリ協定離脱は選挙期間中からの公約だった。2016年5月のノースダコタ州でのエネルギー政策演説で地球温暖化対策としてのパリ協定へのアメリカの関与の破棄、つまりアメリカの離脱を宣言していたのだ。大統領候補としての選挙公約だった。

トランプ氏はさらにパリ協定離脱を間接的な表現で2016年10月の選挙公約でも宣言していた。大統領選の投票も間近い同10月22日、ペンシルベニア州のゲティスバーグで発表した「アメリカ有権者との契約」という最終的な選挙公約でも「石油、石炭、ガスなどのアメリカのエネルギ―資源の開発に対する制約を解除する」と言明したのだ。これは明らかにパリ協定での排出ガスの削減の解除を意味していた。だから今回の離脱発表は当然、予測された動きだった。トランプ大統領とすれば、選挙公約を実行したに過ぎないのである。

そのうえにトランプ大統領はその選挙公約の履行をこの5月下旬に連邦議会上院の共和党有力議員22人によって正面から求められていた。上院の共和党院内総務ミッチ・マコーネル議員(写真1)らがトランプ大統領に対して早期のパリ協定離脱を公約どおりに果たすことを要求する22議員連名の書簡を送ったのだ。(注2

写真1:ミッチ・マコーネル議員
写真1:ミッチ・マコーネル議員

Photo by Gage Skidmore

トランプ政権のスコット・プルイット環境保護局長官(写真2)の役割も大きかった。プルイット氏はエネルギー開発が盛んなオクラホマ州の司法長官として、パリ協定に反対してきた。地球温暖化自体に対しても人間の経済活動による原因の大きさについて懐疑的な立場を公言してきた活動家でもある。そうした考えの人物がトランプ氏により閣僚として任命され、しかも上院で多数の承認を得て環境保護の責任者となっていたのだ。

写真2:スコット・プルイット環境保護局長官
写真2:スコット・プルイット環境保護局長官

Photo by Gage Skidmore

トランプ大統領があげた離脱の理由は、「アメリカ第一主義」そして「アメリカの産業と労働者の保護」だった。アメリカ政府がパリ協定の規定に従って温室効果ガス、とくに二酸化炭素ガスの排出を制限した場合、アメリカの産業界、ことに石炭、石油、天然ガスなどエネルギー分野全体が圧迫され、経済全体への悪影響が起きる、というのだ。

トランプ大統領は1日の離脱演説ではそのアメリカ経済への悪影響の根拠として民間経済調査機関の「全米経済研究協会(NERA」の研究結果を引用していた。NERAが全米商工会議所などの委託を受けて実施したパリ協定のアメリカ経済への影響についての調査研究の結果だという。

「パリ協定を順守すれば、アメリカでは2025年までに270万人の雇用が喪失する。2040年までに国内総生産(GDP)の損失は3兆ドル近くになり、雇用は650万人減り、世帯当たりの所得が年間7千ドルの減少となる

以上のような試算が同研究協会によって明らかにされたというのだ。

このパリ協定へのこうした反発は当然ながら、とくにエネルギー関連産業で強かった。石炭、石油、ガス、そしてそのエネルギーを使う工業地帯である。具体的な地域でいえば、ペンシルベニア州、ウェストバージニア州、インディアナ州などだった。選挙戦でもとくに重要な役割を果たした州ばかりである。

温暖化対策と政治はどう絡んできたのか?

地球温暖化に対してはアメリカでは伝統的に民主党リベラル派がその危険を大々的に警告し、人間の経済活動による排気ガスが主因だとしてその規制を主張する一方、共和党保守派は常にその警告や因果関係に懐疑的という構図が続いてきた。

パリ協定もアメリカ政府はオバマ政権時代の2015年後半に連邦議会の意向はまったく無視する形で加盟した。パリ協定推進に積極的なオバマ大統領は共和党が多数を占める議会には協議せずに、この国際協定への参加を決めたのだ。共和党側は反対だった。トランプ大統領はそのオバマ政権の措置を破棄したのである。

こうした政治的な構図は以前にも存在し、論議を呼んだ。2001年3月、当時の共和党ジョージ・W・ブッシュ大統領は京都議定書からの離脱を発表した。京都議定書は周知のようにパリ協定と同じように地球温暖化対策としての国際的な取り決めだった。温室効果ガスの削減を各国に求めた点も同じだった。

だが2001年1月に登場したばかりの共和党のブッシュ政権ははやばやとその京都議定書からの離脱を発表した。前任の民主党ビル・クリントン政権が決めた措置の取り消しだった。この点も今回のトランプ大統領の対応と似ていた。(写真3)

写真3:左からジョージ・W・ブッシュ氏、バラク・オバマ氏、ビル・クリントン氏
写真3:左からジョージWブッシュ氏、バラク・オバマ氏、ビル・クリントン氏

Official White House photo by Pete Souza

ブッシュ政権の措置へのそのときの民主党や主要メディアからの非難、そしていわゆる国際的な反発もいまと、そっくりだった。地球の終わりを早める最悪の措置をアメリカの保守政権が断行した!という糾弾だった。

当時のブッシュ政権は京都議定書からの離脱の理由として、そもそも地球温暖化の実態は原因になお不明な点が多いこと、温室効果ガスの役割も完全には証明されていないのに、その削減はアメリカ経済の成長を阻害すること、開発途上国の削減目標が決められておらず、不公平であること、などをあげていた。

そのアメリカの離脱から16年、地球の危機がとくに切迫したという状況はとくにうかがわれない。トランプ大統領の今回の措置もこの16年前のブッシュ大統領の措置と同様に「共和党対民主党」、「保守対リベラル」という政治対立と密接にからみあっているのだ。

米で温暖化に一致した認識はあるのか?

アメリカが国家、あるいは国民全体として地球温暖化に対してどのような態度や認識を保っているのかを検証するには、地球温暖化というテーマを少なくとも3つに区分して考える必要がある。

  • 第一は地球温暖化という現象がまちがいなく存在するとみるかどうかの認識である。
  • 第二は地球温暖化の原因をどうみるかの認識である。
  • 第三は地球温暖化への対策に関する認識だといえる。

その第一に関してはアメリカでも圧倒的多数はイエスの反応である。科学者、政治家、官僚などの多くが地球温暖化はまちがいなく存在するとみる。トランプ大統領も地球温暖化の存在自体は認めている。

しかし私もワシントンで長年、報道にあたってきたが、いまから15年前の2002年当時、著名な学者でも地球温暖化そのものに疑念を表明する人たちが存在した。

たとえばメリーランド大学の環境政策研究の権威、ロバート・ネルソン教授(写真4)は地球の温度が全体として確実に上昇していること自体への疑問をなお公式に表明していた。私はネルソン教授にインタビューしたが、同教授は地球温暖化の存在はまだ断定はできないと強調していた。

写真4:ロバート・ネルソン教授
写真4:ロバート・ネルソン教授

出典)メリーランド大学

ちょうどその時期、マサチューセッツ工科大学のリチャード・リンゼン教授(写真5)は「学界多数派の温暖化論に疑問を呈すると、産業界のイヌだとか頑迷な反動分子だとののしられ、研究資金を奪われるような実例があったため、反対の声は少なくなってきた」と述べて、話題を呼んだこともあった。

写真5:リチャード・リンゼン教授
写真5:リチャード・リンゼン教授

出典)マサチューセッツ工科大学

地球温暖化の存在を国際的に印象づけたのは2007年の国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告書(図1)だった。

図1:「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告書
図1:「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」報告書

出典)IPCC:Climate Change 2007:Synthesis Report

3千ページにも達するIPCC報告書は温暖化の主犯を人為的な温室効果ガスだと断じていた。その「実績」のために、IPCCは同年、同じ趣旨を自書『不都合な真実』などで説いたアメリカのアル・ゴア元副大統領と並んでノーベル平和賞を受けたのだった。(写真6)

写真6:アル・ゴア元副大統領(左)とIPCCラジェンドラ・パチャウリ氏(右)
写真6:アル・ゴア元副大統領(左)とIPCCラジェンドラ・パチャウリ氏(右)

Photo by H92

しかし地球温暖化のバイブルのように扱われたこのIPCC報告書も多数の大きなミスがあったことが2010年に指摘された。

「ヒマラヤの氷河が2035年までにみな解けてしまうという予測には根拠がなかった」
「アフリカの農業生産は20年までに半減するという予測もまちがいだった」
「アマゾンの熱帯雨林はこのままだと40%以上が危機に直面するという記述にも科学的根拠はなかった」
「オランダの国土は地球温暖化のためにすでに55%が海抜ゼロ以下になったという発表もミスで、実際にはまだ26%だった」

こんな事実が次々と判明し、アメリカでは地球温暖化への疑念がどっとぶつけられるようになった。

上記のミスが発見された契機はこの報告書作成の中核を担ったイギリスの大学の教授がデータの意図的選別で温暖化を誇張したことを告白し、世界の平均気温はそれまでの15年間ほど、ほとんど上がってはいない事実をも認めたことだった。

アメリカ議会ではこれらのミスの判明により、かねてから温暖化に懐疑を唱えていた上院共和党の院内総務ミッチ・マコーネル議員はじめジム・デミント、ジム・インホフ両議員ら大物たちが改めて疑問を再提起するようになった。

経済界でもコノコフィリップスやキャタピラーなど大企業3社がオバマ政権主唱の温暖化対策の推進組織「気候行動パートナーシップ」から離脱し、温暖化と排出ガスとの因果関係の受け入れの揺れをにじませた。しかしそれでもなおアメリカでも、全世界でも地球温暖化自体への認識は広まっていった。

第二の温暖化の原因をめぐってはさらに多様な意見があった。温暖化自体を認めても、その原因が人間の温室効果ガス排出がすべてではない、という主張はなかなか消えなかった。そのうえに温暖化があっても、それは地球全体にとって悪いことではない、とする意見もアメリカでは表明された。

エール大学のウィリアム・ノードハウス経済学教授やメリーランド大学のロバート・メンデルソーン経済学教授は、地球温暖化は北半球の諸国にとってはむしろ好ましい側面さえあるという学説を発表したのだ。2人とも長年、環境研究に取り組む著名な学だった。温暖化は確かに赤道に近い地域には被害をもたらすが、アメリカのような北半球の国には実害は少ないとする主張だった。

第三の温暖化への対策をめぐってはアメリカ国内では最も激しく意見が対立した。全体として民主党リベラルが二酸化炭素など温室効果ガス排出の大幅な規制をアメリカが先頭に立って受け入れるべきだと主張するのに対して、共和党保守派は中国やインドなど新興工業開発の諸国こそより厳しい規制を課されるべきだと主張した。

保守派は全体として経済開発が温暖化対策によって一定以上に抑えられないようにすること、アメリカがとくに厳しい規制を受けないようにすることを要求してきた。

トランプ大統領が6月1日に発表したパリ協定からのアメリカの離脱には以上のような長く複雑な経緯や背景があったのである。

  1. 「米国民の72%、「積極的」な気候変動対策を希望=調査」ロイター 2017年6月7日
  2. “The Republicans who urged Trump to pull out of Paris deal are big oil darlings” the guardian, June 1st, 2017 「トランプにパリ協定離脱求めた共和党議員に石油業界が多額の献金」
古森義久 Yoshihisa Komori
古森義久  /  Yoshihisa Komori
ジャーナリスト
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「危うし!日本の命運」「中・韓『反日ロビー』の実像」「トランプは中国の膨張を許さない!」など多数。

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化石燃料に回帰?石炭、シェールガス、原子力、再エネ…トランプ新政権のエネルギー政策を徹底分析、日本のエネルギー戦略に対する影響を予測する。