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編集長展望

Vol.07 エネルギー基本計画のメッセージ 国際環境経済研究所理事竹内純子氏

©エネフロ編集部

まとめ
  • 国際環境経済研究所理事竹内純子氏にエネルギー基本計画について話を聞いた。
  • 基本計画のメッセージは、日本は『“変わらない制約要因”に直面している』ことと『捨てる選択肢は無い』ということ。
  • 今後の課題は『ネットワーク全体の安定性』を確保すること。

エネルギー基本計画

エネルギー基本計画に対し、あまり変わってないとの意見も聞かれる。国際環境経済研究所理事・主席研究員の竹内純子氏にその評価を聞いた。

「変わらないんじゃないかということに対して、報道でも結構批判的な論調もありましたが、『変わらない』ということから汲み取るべきメッセージもあると思っています。ひとつは日本は『“変わらない制約要因”に直面している』ということ。そしてもう一つが『捨てる選択肢は無い』ということです。」

今回の基本計画を策定するにあたり、やはり鍵となったのは、「不確実性」だったのだろう、と竹内氏は言う。

「2050年の姿も議論したということなんですけど、分かったのは、これからは不確実性が高い時代なんだということなんですよね。こういう不確実性が高い時代に、決め打ちの計画を立てるということが、果たして責任あることとして出来るのだろうか、という悩みがあったと思うのです。」

今回の基本計画の方向性を示す言葉として、「脱炭素化」という言葉は、116回出てくる。確かに、世界は脱炭素化に向かっている。その大きな方向性から外れることは出来ない。同時に、足元の制約要因も合わせて考えていかねばならないのが日本だということだろう。そのメッセージこそ「私たちが共有すべきところだ」と竹内氏は言う。

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これからの社会の在り方

基本計画は、2050年に向けて、多様な選択肢が必要だと言っている。ただその多様な選択肢については細かく踏み込んではいない。竹内氏は、エネルギー情勢懇談会で、2050年のエネルギー政策、エネルギーの姿を議論しよう、とチャレンジしたこと自体は評価すべきだと言う。一方で、社会の在り方を考えることが重要だと説く。

『エネルギーの在り方』って『社会の在り方』そのものなのです。だからエネルギーだけから議論してもダメで、やはり将来、どんな社会になっていたいのか、その社会ではどんなエネルギーがどれだけ必要とされているのかを考える必要があると思います。」

これから訪れるであろう人口減少。豊かで国民が幸せだと感じる社会であり続けるためにやはりエネルギーは不可欠だ。例えば過疎化する地方都市では、近い将来、自動運転の電動車がモビリティを担っているかもしれない。フィンテックやIoT、AIが社会を変えていく。そうした社会を総合的に予想していかねばならない中、エネルギーの計画でそのすべてを表すのはかなり難しい、と竹内氏は指摘する。

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電源構成について

基本計画で電源構成の比率は前回のものとほとんど変わらなかった。それについて違和感を持った人もいただろう。この点に関し、竹内氏はそもそも政府が電源構成を決めるのは不思議だ、と述べた。

「発電事業も小売事業も全体的に自由化をしている状況において、政府が基本計画を示す。基本計画自体は、政府の方向性、メッセージ、ビジョンで、これはいいと思うんです。しかし、自由化している発電の事業を誰がやってもいい、1kwhあたりの電気を1円安く作った方が勝ち、という社会において、政府がエネルギーミックスと言って1%刻みの電源構成を決めるということ。自由化した社会で、どう政府がガバナンス・コントロールしていくのか?という違和感は、誰かが感じてもいいのではないでしょうか。」

図)「2030年エネルギーミックス実現へ向けた対応について ~全体整理〜」
平成30年3月26日
図)「2030年エネルギーミックス実現へ向けた対応について ~全体整理〜」平成30年3月26日

出典)資源エネルギー庁

©エネフロ編集部

竹内氏の指摘は正鵠を射ている。筆者もエネルギーミックスが変わらないことに対し、違和感を抱いた一人だ。再エネの比率をもっと上げるべきだと思った人もいるだろうし、原子力発電の比率をもっと下げるべきだと思った人もいるだろう。しかし、竹内氏の話を聞いていると、確かにそうした議論は意味がないように思えてくる。

「再エネ・原子力についてですけど、あれが上限でも下限でもないので、再エネの導入量は、コストが安くなればもっと増えます。原子力についていえば、確かに厳しい数字であることと思いますが、不可能だと言い切れる数字でもありません。

結局、政府の中でも2030年のエネルギーミックスを変えるべきかどうか、結論が出なかったということだろう。

電力事業者がとる選択の多様性

日本は大幅なCO2の削減を国際的に約束している。しかし、原子力の再稼働がなかなか進まない現在、電力事業者は、火力発電に頼らざるを得ない。そして電力の安定供給という大きな社会的責務をはたしている。電力事業者はこれからどのような選択をすればよいのだろうか。

図)エネルギー起源二酸化炭素の各部門の排出量目安
図)エネルギー起源二酸化炭素の各部門の排出量目安

出典)「日本の約束草案」 環境省 地球温暖化対策推進本部

電力事業が自由化されると、基本的に設備投資は過少になって行くと竹内氏は指摘する。何故なら、高い設備を維持するより、安い電源を市場で購入したほうが競争力を保てるからだ。そうすると、電源の休廃止が進むため、『ネットワーク全体の安定性』をどう確保していくのか、という問題に行きつく。

今年の全国的な猛暑の中でも停電することなく電力は供給されている。東日本大震災の時は計画停電などもあり、電力のありがたみを思い知った私たちだったが、今、それを忘れてしまったかのようだ。例えば暑い時は午後電力需要がぐんぐん上がる。午後5時頃になれば、工場など大口の需要は下がるものの、今度は家庭で夕飯の支度が始まるため、電力需要は一気には減らない。ところが太陽光発電は午後4時頃から出力が落ち始める。まさに竹内氏が指摘する「ネットワークの安定性」が問題となってくる。

「こういう時間帯に稼働させる電源も誰かが持っておかないと、ネットワーク全体の安定性は保てないわけです。その電源をきちんと確保するということを、電力自由化の修正という形でやっていかないといけないと思いますね。」

ゼロエミッション社会

新聞などで再エネについての記事を見ない日はない。最近では洋上風力発電などの記事が目に付く。竹内氏に再エネのこれからについて聞いた。

「エネルギーのシステムを変えていくっていうのは、時間軸を意識することが非常に重要です。再エネ100%は、蓄電の技術が大量に、かつ物凄く安く社会に普及すれば不可能ではないと思います。」

その蓄電池も、移動の価値が提供できる、電動車(EV)という形で普及させることが重要だ。

「車のバッテリーをエネルギー側に使わせてもらうと、再エネ主体の電源の世界に効率よく移行できるだろうと思います。ただ、今と比べて再エネの(発電)コストと蓄電池のコストがものすごく安くなるという2つの前提がクリアされないといけません。(蓄電池のコストは)一気に10分の1、100分の1にはならないでしょうから、現実的にどうそちらに向かっていくか、ということだと思います。」

それはまさしく政策の出番ではないだろうか。その疑問に対し、竹内氏は「ノンステートアクター(Non State Actor:非国家主体)」という概念が今世界で注目されていると述べる。

「京都議定書の世界というのは、ガバメントとガバメント(G2G)の議論でした。しかし、今パリ協定のもとでは、「ノン・ステイト・アクター」という、企業とか地方自治体などの多様なプレイヤーが参画することが必要だと言われています。色々な企業が、産業革命前と比べ温度上昇を2℃以内に収めようという、パリ協定で決めたいわゆる「2℃目標」に向けて、どういうビジョンを持ちますか、と問われている時代でもあるのです。昔のように「これは政府の話ですよね」というようなことが許される時代ではないと思います。」

とはいえ、こうした環境の問題は、エネルギー業界だけで解決できる問題でもない。再エネを大幅に増やそうと思ったら、やはりモビリティとの融合が不可欠だと竹内氏は言う。氏が委員を務める政府の「自動車新時代戦略会議」も、自動車の「ゼロエミッション(Zero Emission)化」を謳っている。

「自動車のゼロエミッション化は、自動車をEVにすればいいという話ではなくて、消費者の使い方や、エネルギーのゼロエミッション化、そして、自動車がゼロエミッションのエネルギーを使う、という3本柱で初めて達成できるわけです。」

これからはエネルギー業界と他の業界がセクター横断的に協業し、脱炭素化というビジョンを共有していくことが必要だと竹内氏は説く。

「政府が果たすべき役割っていうのはセクター横断で共有できるビジョンを示すことではないでしょうか。例えば脱炭素化をビジョンとするなら、エネルギー業界や運輸業界はいつまでにこういう状態にななってほしい。それを掛け合わせるとこうなるよね、というような絵姿を描くのが政府の役割だと思うのです。」

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電力事業者なくして電力は生まれない。社会的な大きな責任をずっと担い、果たし続けてるわけだ。そういう役割は今後も強まることはあっても弱まることはない。

「やはり技術を知っている民間企業として、出来ること出来ないことを明確にしながら、ビジョンを共有して、一緒に作っていくことなんだろうと思うんですよね。」

原子力政策

日本のエネルギー戦略を考える時、原子力発電をどうするか、という問題を避けては通れない。原子力規制員会の新規制基準を満たし、立地自治体の同意を得て再稼働したにも関わらず、訴訟が起きてまた止まる、という状態が起きている。こうした状況をどう考えたらよいのか?

エネルギー基本計画では原子力について言葉足らずだった、と竹内氏は言う。確かに原子力は発電の一つの方法としてだけとらえるわけにはいかない。

「(原子力は)国際的に核不拡散の説明責任を果たしていかねばならないとか、政府のコミットが無ければ使いこなすことができないとか、社会としてきちんとどう向き合っていくか決めなければいけない技術なのです。」

その上で竹内氏は、エネルギー基本計画ですべてを語りつくすのは無理がある、とする。例えばバックエンドの話をエネルギー基本計画の中ですべて書くのはかなり困難であろう。

「以前までは原子力政策大綱というものがあり、その中で原子力という技術を日本は長期的にこう考えていく、開発はこうやっていく、バックエンドはこう考えていく、と議論して、それを受けエネルギー基本計画というものがあった。でも震災以降、原子力政策大綱は作成しないことになったので、エネルギー基本計画の中で言い尽くそうとする。これはさすがに無理ですよね。」

では原子力発電をどう考えて行ったらいいのか。竹内氏は、著書『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』(日本経済新聞出版社)の中で、これからは再エネ主体の電力になっていくと書いている。その前提として再エネのコストと蓄電池=バッテリーのコストがものすごく安くなることだとしている。

「エネルギーシステムを変えるということは、すごく時間がかかるわけです。日々電力を供給しながら、あるべき社会に向けて変えていかなければならないわけで、非常に時間はかかる。その間、「ブリッジ・テクノロジー(つなぎの技術)」として原子力は必要だ、ということです。」

色んな考え方はあるだろう。しかし、一つの考え方として議論するには値するのではないかと竹内氏は言う。無論、究極的に安全性を高め、国民の利益に資する技術で無くてはならないのは言うまでもなかろう。その観点から言った時、今のように原子力事業者を不確実な状態に置くことは問題だろう。

「新規制基準のクリアを目指し、電力事業者は安全対策をものすごく頑張っている。設備の部分も、人の訓練などもすごく頑張っている。そして、地元の理解を得る為にものすごく頑張る。そして地元の理解を得て「動かしていいよ」、ということになったら、今度は訴訟が起きる。どこがゴールか分からない。」

確かに、地裁に訴えがあり、高裁が差し戻し原告の訴えが却下される。しかし、また別の地裁で訴訟が起きる。いわば訴訟のループが起きている。これは健全な事なのか?と竹内氏は疑問を呈する。

「リスクが嫌で止めるんだったら、脱原発法みたいなものを作ればよいのではないでしょうか。電力事業者が供給責任のもとで作った設備の投資回収ができていないというのなら、それはそれで保障すれば良いのではないでしょうか。」

確かに今のままでは新たに投資をして新規建設するモチベーションは働きにくい。電力事業者としては極めて難しい経営判断を迫られることになる。

「使うならとことん安全性高めて、とことん国民社会に貢献する、そういう電源にしなきゃいけない。どっちつかずで、なにか、前向いて後ろに下がっていくみたいなことをする。それって一番、国民経済的に負担が大きいんじゃないでしょうか。」

エネルギーがほとんど自給できない日本という国において、私たちは今一度この社会をどうしたいのか、その為にエネルギーはどうあるべきなのか、問うべき時期に来ているのではないだろうか。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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