図)福島水素エネルギー研究フィールド完成イメージ
出典)NEDO
- まとめ
-
- 日本は「水素基本戦略」の下、世界のカーボンフリー化牽引を目指している。
- 福島県浪江町で再生可能エネルギーを利用した世界最大級の水素エネルギーシステム建設中。
- 今後再エネ導入量が増えていく中で、水素の果たす役割の重要性は高まる。
日本が水素社会を目指していることを知る人は多くない。実は日本は、世界に先駆けて水素社会を実現すべく、政府一体となって取り組むため「水素基本戦略」を決定した。
「水素基本戦略」は、2050年を視野に入れた将来目指すべきビジョンであり、その実現に向けた2030年までの行動計画だ。目標として、従来エネルギー(ガソリンやLNG等)と同等程度の水素コストの実現を掲げている。水素を新しいエネルギーの選択肢として、日本が世界のカーボンフリー化を牽引することを目指している。
そうした中、福島県全体を新たなエネルギー社会のモデル創出拠点とすることで、エネルギー分野から復興を後押ししようとする「福島新エネ社会構想」が今着々と進められている。この「福島新エネ社会構想」は、「再生可能エネルギーの導入拡大」、「水素社会実現に向けたモデル構築」、「スマートコミュニティの構築」を柱としている。
特に「水素社会実現に向けたモデル構築」は、再生可能エネルギーから水素を「作り」、「貯め・運び」、「使う」という、未来の新エネルギー社会実現に向けたモデルを福島で創出することを目指している。
この「カーボンフリー」な水素は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催時に東京に輸送され、競技大会期間中、水素ステーション等において活用されることが計画中だが、東京都民に知られているかというとそうでもないようだ。
福島県浪江町において、再生可能エネルギーを利用した世界最大級となる1万kWの水素製造装置を備えた水素エネルギーシステム「福島水素エネルギー研究フィールド(Fukushima Hydrogen Energy Research Field (FH2R))」の建設工事が8月上旬に本格的に始まった。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、東芝エネルギーシステムズ(株)、東北電力(株)および岩谷産業(株)が推進母体だ。
2019年10月までに本システムの建設を完了させ、試運転を開始し、2020年7月までに技術課題の確認・検証を行う実証運用と水素の輸送が始まるという。本システムで製造された水素は、燃料電池による発電用途、燃料電池車・燃料電池バスなどのモビリティ用途、工場における燃料などに使用される予定。プロジェクトを推進しているNEDOの次世代電池・水素部 燃料電池・水素グループ 統括研究員大平英二氏に話を聞いた。
まず、FH2Rの建設状況だがご覧の通り、まだ工事は始まったばかりだ。
出典)NEDO
東京2020オリンピック・パラリンピック協議大会時の水素の利用については、東京都の中で議論されているという。
©エネフロ編集部
大平氏は、オリパラ以後のFH2Rの役割は、エネルギーシステムの中で水素をどのように活用するかを検証することにある、と述べる。
「水素を(オリパラ終了後も東京都方面に)供給できるかというと、福島から何百キロもの距離を運ぶということは、経済的な持続性を考えると簡単ではないだろうなと思っています。」
出典)NEDO
「再エネの導入を拡大しようとしたときに、例えば需給のアンバランスを如何に解消するかがカギになります。FH2Rは「水素工場」と呼ばれることがありますが、必ずしも正しくない。クリーンな水素を製造することに加え、アンバランスを解消する「調整力」の提供も一つの役割です。これは水電解水素製造装置の負荷を変動させることによって提供しますが、これと水素の需要、再エネ発電量を踏まえ、如何に効率的に運用するかという、いわゆる”エネルギーマネジメントシステム”が今回の1つの大きなポイントです。」
「エネルギーマネジメントシステム」とは、FH2Rの運用をどのように効率的にやっていくのか、ということだ。電力系統の需給のバランスをしっかり押さえた上で、最適に運用することが求められる。
具体的に言えば、太陽光の日射量や、それに伴う予測発電量、水素の需要、運搬に係る時間や適正在庫量など、様々なファクターを集めて最適な運用を目指すということだ。再エネのポテンシャルを高めていくようなシステムにしていきたい、と大平氏は話す。
「電力から水素を作りますと大体8割までエネルギー効率が落ちます。もう一回それを電気に戻しますと、また半分ほどになりますから、輸送とか製造のロスを全く考えなくても、6割ぐらいロスするエネルギーになります。ですので、水素を製造するだけでなく、普及に向けてはシステムとしての付加価値が必要なのです。」
FH2Rでは敷地内にメガソーラーを設置し、太陽光で発電した電気を使う。2020年の7月から技術課題の確認と検証を行うという。
「2020年7月までにシステムとしての運用ができるところまで持ち込んで、設計通りに動くかどうか確認します。それ以降については実際の水素需要などのデータに合わせて運用する技術の検証をやっていきます。」
FH2Rは、再エネを利用した10メガワットの水素製造装置単体としては世界最大級だ。
「先ほど世界最大級と言いましたが、我々が考えている本来の実用化に関してはまだこれは小さい。電力系統の安定化というところでデマンドレスポンスをやっていくと、10倍とかもっと大きくなっていかないと本当の意味での実用化はないと思っています。」
デマンドレスポンス(Demand Response)とは、「時間帯別電気料金設定」や、「ピーク時に使用を控えた消費者に対価を払う」などの方法で、ピーク時の電力消費を抑え、電力の安定供給を図る仕組みのことをいう。今後、日本では需要者の利便性と電力網の安定性を損なわない、自動的に機能するデマンドレスポンスの仕組みが求められている。大平氏は今後再エネ導入量が増えていく中で、水素の果たす役割の重要性をこう述べる。
©エネフロ編集部
「再エネを普及させていく1つのオプションとして水素を使っていくというのはあると思っています。その中で大型化の検証が必要です。」
つまり、FH2Rの水電解水素製造装置を使えば、電力需給のアンバランスを調整することができる。ある意味大型の蓄電池を置いているようなものなのだ。
「デマンドレスポンス市場ができる中で、システムとしてどういうサービスが提供できるのか。サービスを提供するというのは対価をもらうという事なのですが、そういうビジネスに参画できる余地があるのか、そのためにはどういう能力が必要なのか。実際それが技術としてやっていけるかどうかという検証を続けていかなければならないと思っています。」
ヨーロッパ、特にドイツを中心に「セクターカップリング」という考え方が提唱されている。電力セクターとトランスポーテーション(運輸)もしくはインダストリー(産業)を繋いでいく考え方だ。また、アメリカでは、DOE(エネルギー省)が提唱しているH2@scaleがある。多様な国内産業の成長を可能とし、レジリエンス(防災・減災)、国内競争力、数十億ドル規模の新規市場に おける雇用創出などの主要課題に取り組むために、米国における幅広い水素製造と利活用の可能性を検討するものだ。
「水素を作るということが主たる目的ではないので、水素と他のエネルギーをどうインテグレート(統合)していくのかが我々のポイントです。最も大事な技術はエネルギーのマネージメント技術だと思います。」
水素社会に向かっているのは何も日本だけではない。むしろ海外のほうが、最近は企業の投資も含めて積極的にやっている感があると大平氏は指摘する。
「最近、中国が相当力を入れています。中国はどちらかというと車ですね。FCV(燃料電池車)に対して積極的です。また、最近は韓国も少し盛り返してきている、という感じですね。」
出典)TOYOTAホームページ
その上で、FCVなどの使い方も、ヨーロッパなどでは、自動車メーカーではなく電力事業者が主体となって入ってきているという。先ほど述べた「セクターカップリング」や「H2@Scale」などの考え方であろう。うかうかしていると日本は海外に後れを取るかもしれない、と大平氏は警鐘を鳴らす。
「日本は果たしていつまでリードできるのか、やや危機感をもっています。水素がいいのか、バッテリー(電池)がいいのか、そういう議論はあんまりしたくないんですよね。」
地球温暖化対策は待ったなしだ。世界全体のコンセンサスとしてパリ協定も遵守せねばならない。低炭素化を水素だけに収斂させないで、低炭素社会全体の包括的な議論をしていかなければならない。FH2Rが私たちに突きつける問題は重い。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- エネルギーと環境
- エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。