記事  /  ARTICLE

テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.121 宇宙を「持続可能な経済圏」へ 日本発の軌道上サービス

写真)商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」(イメージ画像)

写真)商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」(イメージ画像)
出典)アストロスケール

まとめ
  • 宇宙活動の力点は持続可能な利用へと完全に移行し、宇宙空間の安全確保は重要な国家戦略課題。
  • アストロスケールはデブリ除去のADRAS-Jミッションで非協力物体への接近・近傍運用技術を実証し、1兆円の宇宙戦略基金や防衛省などの大型国家プロジェクトを受注。
  • 同社が推進する「接近・捕獲・給油」などの軌道上サービス技術は、宇宙を持続可能な経済圏へと変革する不可欠な社会インフラとして定着しつつある。

2026年現在、宇宙活動の力点は「打上げ」から、軌道上の資産を維持・管理できるようにする「持続可能な利用」へと完全に移行しつつある。気象予報、GPS、衛星通信、そして安全保障。これらすべてを支える宇宙空間の安全性は、いまや地上のインフラと同様、あるいはそれ以上に重要な国家戦略上の課題となっている。

宇宙空間は、現代文明の存続に直結する。スマートフォンの時刻同期、グローバルな物流、災害時の通信確保などは、静止軌道や低軌道上の人工衛星群が正常に稼動していることを前提としている。しかし、過去半世紀以上の活動の結果、おびただしい数のスペースデブリ(宇宙ごみ注1 以下、デブリ)が蓄積し、衛星同士の衝突リスクが指数関数的に増大した。

この課題に対し、世界に先駆けて「軌道上サービス」を開発しているのが、以前の記事(「日本発!宇宙のロードサービス提供へ」2023.10.17)で紹介した、株式会社アストロスケール(以下、アストロスケール)だ。

2013年の創業以来、同社はデブリ除去の技術開発を継続してきたが、2026年現在は、防衛省、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主導する複数の国家プロジェクトを相次いで受注。同社は軌道上サービスの実現に向けて着実に歩みを進めている。

ADRAS-Jミッション:非協力物体への近傍運用の実証

アストロスケールが2024年に成し遂げた最大の技術的成果は、JAXAの「商業デブリ除去実証(CRD2)」フェーズⅠにおける、商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J(Active Debris Removal by Astroscale-Japan:アドラスジェイ)」ミッションの完遂である。

これは、2026年現在のあらゆる大規模受注を支える技術的根拠となっている。ターゲットは2009年に打ち上げられたH-IIAロケット15号機の上段である。全長約11メートル、重量約3トンのこの物体は、軌道上に15年以上存在しており、位置情報を発信せず、姿勢も制御されていない。こうした物体は宇宙開発の用語で「非協力的な物体」と呼ばれる。

写真)ADRAS-Jが撮影したデブリ
写真)ADRAS-Jが撮影したデブリ

提供)アストロスケール

通常、国際宇宙ステーション(ISS)に宇宙船がドッキングする際は、双方が通信し合い位置を調整する「協力的な運用」が行われるが、デブリには適用できない。対象の形状を認識し、不規則な回転を予測しながら、衝突を回避して自律的に距離を詰めるには、高度なアルゴリズムとセンサー技術が不可欠である。

ADRAS-Jは、この「ランデブ・近傍運用(RPO:Rendezvous and Proximity Operations)」を遂行した。時速約2万8000キロメートルで移動しながら、ターゲットに遠距離から接近し、その後ターゲットから50メートルの距離を保った状態でその様子を観測する定点観測や、その距離でターゲットの周囲を360度周回する「周回観測(Fly-around observation)」、そして最終的にはターゲットまで約15メートルの位置にまで接近することに世界で初めて成功した。

この成功により、アストロスケールは「宇宙空間で対象を捕捉し、安全に接近する」という、軌道上サービスの基盤技術を実証した。この実績が、その後の巨額契約の基盤となったと推察される。

宇宙戦略基金:1兆円規模の支援枠組みと「燃料補給技術」の採択

2026年現在、アストロスケールの技術開発は、政府・JAXAをはじめとする複数の大型契約や国家プロジェクトによって多角的に後押しされている。

その重要な柱の一つが、JAXAに設置した総額1兆円規模(10年間)の「宇宙戦略基金」事業である。2026年1月23日、同社は本基金事業の第二期において、「空間自在移動の実現に向けた技術」の実施機関として採択された。

本基金は、スタートアップや大学等が複数年度にわたって大胆な技術開発に取り組めるよう支援をおこなう制度だ。アストロスケールが採択された課題では、静止軌道上でのサービスを見据えた「電気推進薬の燃料補給技術」の開発に取り組んでいる。

このテーマの核心は、多くの企業等が参加して、軌道間輸送機の開発や燃料補給のコア技術、さらに宇宙ロジスティクスの研究開発を一体的に推進することにある。これらを通じて、宇宙空間における移動の自在性をもたらす技術を世界に先駆けて獲得することを目指す。特定の軌道に留まるだけでなく、必要に応じて移動・補給をおこなう能力は、将来の宇宙経済圏における不可欠なインフラ機能となる。

同社は、2030年には1兆円近くに達すると予測される軌道上サービスの世界市場獲得を見据えている。この基金による支援枠組みを活用することで、静止軌道以遠をも視野に入れた将来の宇宙利用における、長期的な技術競争優位性の確保を目指す。

軌道上の安全を支える技術:宇宙の「ロードサービス」実現へ

宇宙空間の利用が社会インフラとして不可欠になる中、アストロスケールの役割は軌道上で運用中の衛星をサポートする「宇宙版ロードサービス」の領域へと広がっている。2025年12月、同社は防衛省より「軌道上での自国衛星の監視・防御技術に関する研究(把持機構)」を約9.9億円(税抜)で受注した。「把持(はじ)」とは、物をつかんで保持することをいう。

このプロジェクトは、防衛省が2025年7月に策定した「宇宙領域防衛指針」における柱の一つ、「機能保証(Mission Assurance)」に基づくものである。軌道上での検査や運用継続のための補助衛星ドッキングに必要となる「把持技術」の研究を行い、汎用的な把持機構システムの開発と地上実証を2028年3月まで実施する。

アストロスケールは2025年2月にも「機動対応宇宙システム実証機の試作(PFMの製造・試験等)」を受注しており、これは将来の静止軌道上でのSDA(Space Domain Awareness:宇宙領域把握)をはじめとする能力向上を目的としている。宇宙領域把握とは、人工衛星やデブリ(宇宙ゴミ)の軌道や位置を監視・分析し、宇宙空間の状況を把握・予測する活動をいう。

これら一連の契約は、同社が培ってきた「接近・捕獲」という軌道上サービスの主要技術が、自国衛星の保護という安全保障分野にも貢献する道筋を固めるものとなった。

これは特定の防衛目的に留まらず、事前情報が限定的な衛星を安定して把持し、安全な場所へ移動させるなど、将来の安定的な宇宙利用を支える汎用的なインフラ技術としての実現を目指している。2026年2月には、第7回宇宙開発利用大賞にて「防衛大臣賞」を受賞した

燃料補給技術の研究開発:JSTによる108億円の委託研究

アストロスケールの事業ドメインは、「除去」から、能動的に衛星の価値を維持・向上させる「寿命延長」へと拡大している。その中心にあるのが、内閣府主導で創設され、科学技術振興機構(JST)が推進する「経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)」に基づき、2025年9月に締結された最大108億円(税抜)規模の委託研究契約である。

このプロジェクトでは、低軌道での化学燃料補給を実現する実証衛星「REFLEX-J(Refueling for Extension and Flexibility-Japan:リフレックスジェイ)」を開発し、2029年頃の打上げを目指している。ミッションの内容は、軌道上の協力衛星注2に対して直接アクセスし、燃料を補給する実証をおこなうものである。

従来、数億ドルを投じた衛星であっても、姿勢制御用の燃料が尽きれば運用を終えて放置せざるを得なかった。燃料補給が可能になれば、運用コストの削減と新たなデブリ発生の抑制を同時に達成できる。今回の100億円超の委託契約は、この技術が日本の経済安全保障に資するキーテクノロジーであるという評価を反映している。

将来の保守を見据えた"整備可能な衛星設計"

アストロスケールは、将来を見据えた衛星設計の高度化にも取り組んでいる。その一例が「ドッキングプレート」(注3)の普及活動だ。

これは、今後打ち上げられる衛星にあらかじめ、将来の「回収」や「燃料補給」を見越した共通のインターフェースを装着する取り組みである。ADRAS-Jで実証された通り、同社はプレートのない「非協力物体」にも接近可能だが、プレートが標準装備されれば、将来の捕獲はより安全かつ低コストに行える。

2026年現在、複数の民間衛星事業者がこのプレートを採用しており、これが普及することで、将来の「デブリ予備軍」をあらかじめ管理可能な状態に置く設計の導入への動きが見られる。

写真)ドッキングプレート
写真)ドッキングプレート

出典)アストロスケール

動画)アストロスケール ドッキングプレート第2世代の紹介

JAXA CRD2 フェーズⅡ:捕獲・除去の実現へ

デブリ除去事業も実証段階へ進んでいる。2024年のフェーズⅠ(接近・観測)の成功を受け、2026年現在はJAXAのCRD2 フェーズⅡにおいてデブリ除去衛星「ADRAS-J2」の開発が進められている。

ミッションの目標は、ロボットアームを用いて実際にデブリを「捕獲」し、軌道から離脱させることにある。ADRAS-J2は、ターゲットとなるロケット上段をアームで掴み、大気圏へ再突入させて燃やすために軌道を降下させる。これは「能動的デブリ除去(ADR:Active Debris Removal)」を実現するものであり、特定の軌道が利用不能になる「ケスラー・シンドローム(Kessler Syndrome)」を回避するための具体的な手段となる。

あとがき:宇宙の持続可能性を支えるインフラ

2026年2月現在、アストロスケールは日本を拠点に、英・米・仏・イスラエルと世界5か国に拠点を展開し、グローバルに事業を推進している。

今回改めて感じたのは、我々が日常的に享受している衛星データに基づく社会サービスを維持するためには、宇宙空間の安全確保が不可欠だということだ。同社が推進する「接近・観測・捕獲・給油」という技術は、もはや単なるデブリ除去の枠を超え、宇宙を「持続可能な経済圏」へと変革するための不可欠な社会インフラとして定着しつつある。日本発の技術が世界のスタンダードを牽引する未来に期待したいと思う。

  1. スペースデブリ
    地球周回軌道に存在する使用されていない人工物で、役目を終えたロケットや人工衛星、あるいはこれらから分離した破片などの物体のこと。
  2. 協力衛星
    燃料補給の対象となる衛星。
  3. ドッキングプレート
    標準化されたインターフェースを持ち、捕獲対象の衛星に搭載される部品。さまざまな衛星設計に合わせてサイズなどをカスタマイズすることが可能。アストロスケールの捕獲機(サービサー)によって、ロボットまたは磁石を用いた捕獲機構で安全に捕獲することができる。
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
Japan In-depth

RANKING  /  ランキング

SERIES  /  連載

テクノロジーが拓く未来の暮らし
IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。