写真)地球深部探査船「ちきゅう」
出典)JAMSTEC
- まとめ
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- 南鳥島沖で「ちきゅう」がレアアース泥の試掘に成功。資源自給と経済安全保障強化へ歴史的な一歩。
- 放射性元素をほぼ含まないクリーンな資源であり、環境負荷の低い「閉鎖型循環方式」を採用。
- 2027年2月頃に大規模実証試験を計画、2028年度以降の産業化・商業化を目指す。
2026年2月、日本の排他的経済水域(EEZ)の東端、南鳥島沖から世界を揺るがすニュースが届いた。内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)」(以下、SIP)主導のもと、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC:Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology)の地球深部探査船「ちきゅう」が、水深約6,000mの海底からレアアース(希土類:注1)を含む深海泥の試験採取に成功したのだ。
SIPは、府省の枠を超えて、基礎研究から出口(実用化・事業化)までを一気通貫で管理する国家プロジェクトで、2014年に創設され、現在は2023年度から始まった「第3期」が進行中だ。
今回のプロジェクトはSIP14課題のひとつである「海洋安全保障プラットフォームの構築」(以下SIP海洋:プログラムディレクター石井正一氏)で、海洋鉱物資源として注目されるレアアース泥(レアアースを高濃度に含む堆積物)の探査、採鉱、製錬等の実証に取り組んでいる。

出典)Ⓒエネフロ編集部
これまで「資源小国」の代名詞であった日本にとって、今回の成功は単なる科学的成果ではない。「ハイテク産業のビタミン」と呼ばれるレアアースを含むレアアース泥の採鉱は、日本のレアアース調達源の多様化に向けた歴史的な第一歩であると言える。

出典)SIP/JAMSTEC
激化するグローバル資源戦争と日本の立場
レアアースがこれほどまでに重要視される理由は、現代社会のあらゆる先端技術がその存在なしには成立しないからだ。電気自動車(EV)の駆動モーターや風力発電機、さらには防衛装備品の精密誘導システムやレーダー技術に至るまで、レアアースは欠くことができない素材である。
しかし、この重要鉱物の供給網は極めていびつだ。中国のレアアース生産量は2018年から急増し、2024年には27万トンと世界全体の69.2%を占める。さらに、精製量にいたっては、2024年で7万3,800トンと、世界全体の91.7%を占める。中国は世界のレアアース供給を支配しており、輸出量を制限することで対立する国に圧力をかけることができるのだ。(注2)

出典)経済産業省「通商白書2025」
この極端に偏った供給構造は、国家安全保障上の大きなリスクとなっている。実際、2010年には尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件を背景に、中国からの日本向けのレアアース輸出は大幅に制限され、事実上2ヶ月にわたり停止した。さらに、直近ではトランプ政権下の関税合戦への対抗措置として、中国はレアアース関連技術や製品の輸出管理を一段と厳格化させている。資源の「外交カード」として利用する動きが現実の脅威となっている今、日本が重要鉱物資源の調達源の多様化を実現することは、国家の自立を守るための緊急命題だ。
「ちきゅう」が挑んだ超深海:開発状況と技術の極致
今回の試験の成功において主役を務めたのが、世界最高の掘削能力を持つ地球深部探査船「ちきゅう」である。(参考:「日本の生命線」南鳥島沖レアアース:経済安全保障と産業競争力強化の鍵 2025.09.02)
約6,000mという、富士山の高さを遥かに上回る深さにある海底下から、レアアースが含まれた泥状の堆積物を連続的に回収する技術の実証が行われた。
「ちきゅう」は、海底下をより深く掘削するために、世界で初めてライザー掘削技術(注3)を導入した科学掘削船で、世界最高クラスの掘削能力(海底面下3,262.5m:2018年)を有している。
特に今回は、以下の技術的ブレイクスルーが達成された。
・水深約6,000mでのレアアース泥の採鉱:
500気圧を超える高圧の深海環境における「閉鎖型循環方式」の採鉱システムの運用。
・連続的な泥の回収:
海底面下を撹拌して流動性を持たせたスラリー状(液体と固体が混ざり合った状態)のレアアース泥を船上へ連続的に引き揚げるプロセスを技術的に確認。
この成功により、これまで「理論上の存在」だった南鳥島レアアース泥は、はじめて国産の「鉱物資源」へとフェーズを移したのである。

出典)SIP/JAMSTEC
世界が注視する日本の環境配慮
レアアース開発において、懸念されるのが環境汚染である。通常の陸上鉱山におけるレアアース鉱石にはトリウムやウランといった放射性元素や有害物質が必ず含まれており、安価に鉱石の精錬をおこなう他国では、これらが有害な廃液や残渣として環境中に放出され、深刻な環境汚染を引き起こしてきた。
しかし、日本が開発を進める南鳥島の深海底の泥に含まれるレアアースは、主に魚の鱗や骨に由来するリン酸カルシウム(アパタイト)に濃縮されており、希塩酸などで容易にレアアースが抽出可能なだけでなく、陸上鉱石のような放射性元素や有害物質をほとんど含まないクリーンな資源である。
また、海洋石油や天然ガスの掘削で用いられる「泥水循環方式」に独自の技術を加えた「閉鎖型循環方式」のレアアース泥採鉱システムは、海底下での解泥、採泥と海底から船上への揚泥を可能にするもので、閉鎖系で稼働するため、採鉱時に発生する懸濁物(浮遊物質)の漏洩・拡散を極めて少量に抑止できる。
さらに、採鉱に伴う海洋環境への影響を調べるため、SIP海洋で4年間もかけて発行させた国際標準規格ISOを用いて海底と船上での同時モニタリングもおこなうなどの世界初の海洋環境モニタリングシステムも構築し、環境には徹底して配慮している。
今後の開発予定:大規模実証から商業化へ
今回のレアアース泥試験成功を受け、SIP海洋は、次のステップとして2027年2月に本格的採鉱試験を計画している。この試験では、1日あたり350トン規模のレアアース泥の揚泥能力を実証し、南鳥島の陸上も利用することによって、採鉱から一次処理(脱水など)までのプロセスを検証する予定だ。
これにより、南鳥島沖での生産システムに目途をつけ、2028年度以降の産業化に向けた経済性評価を報告する予定。令和7年度補正予算では、この実証試験に向けた南鳥島を活用した生産プロセス整備(脱水処理施設や本格的な人員、物資の輸送体制)のために164億円が計上されており、実証試験に向けた技術・制度等の課題の抽出と準備活動が加速している。

提供)JAMSTEC
課題と実現可能性:コストと環境の調和
揚泥試験には成功したものの、産業化へのハードルは依然として高い。
最大の課題は「経済性の壁」だ。本土から2,000kmも離れ、海面から6,000mの深海底の下のレアアース泥の揚泥には大きなコストを要する。現在のレアアース国際価格に対して、採掘・精製・製錬コストをどこまで下げられるかが焦点だ。内閣府SIPの目標においても、日本の産業競争力強化に貢献する可能性を最大化するための一層の効率的な揚鉱・精製・製錬技術の開発が最優先事項となっている。
環境面でも、公海での海洋鉱物資源を対象とした環境配慮ガイドラインについて、国際海底機構(ISA)での議論が進められているが、南鳥島は日本のEEZ内とはいえ国際的なルールとの整合性が問われている。日本は世界初の独自の環境モニタリング技術を確立し、深海生態系への影響を最小限に抑える「日本モデル」を世界に証明し発信しなければならない。
あとがき:日本発のレアアース供給モデル
今回のレアアース泥の揚泥の試掘成功は、日本の経済安全保障上、歴史的なものである。
もし産業化が軌道に乗れば、資源リスクが大幅に解消されるだろう。しかも、放射性物質や有害物質をほとんど含まないクリーンな資源と、日本で開発される精製、製錬技術が一体となり、環境負荷の極めて低いプロセスが完成する。これが国際的に評価されれば、クリーンで深海環境と共存できる採鉱技術と精製・製錬技術自体が日本の新たな産業に育つかもしれない。世界の海洋鉱物資源開発で「環境スタンダード」を日本がリードする、そんな未来も見えてくる。
地政学的に緊張が高まる今、「自国で必要なものは自国で調達できる」ことは、外交の強さにも直結する。今回の成功は、技術大国・日本の底力を改めて世界に示したと同時に、重要鉱物資源の一部でも生産できる長年の夢を一歩、現実に近づけた。このプログラムを加速させることが官民ともに問われている。
- レアアース
元素周期律表の原子番号57番から71番までの15元素に、スカンジウムとイットリウムを加えた17元素の総称。 - 日本総研「中国によるレアアース輸出規制の行方」
- ライザー掘削
掘削時にドリルパイプの周囲を「ライザーパイプ」で覆う二重管を用い、泥水を循環させて掘削孔を保護しながら大深度を掘削する技術。
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