図)イメージ
出典)ⒸGoogle DeepMind
- まとめ
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- 気象予報は、従来のスパコンによる物理シミュレーションから、Google DeepMindのGraphCastなどに代表される気象AIへと歴史的な転換期を迎えている。
- AIは熱帯低気圧の進路などで高い精度と速度を誇る一方、米ビッグテックへの開発集中による「デジタル赤字」が日本の大きな課題。
- 日本は、AIの計算力と物理法則を融合させた「ハイブリッド予報」を確立し、官民学で連携してデータ開放・インフラ整備・独自アルゴリズム開発を進め、「気象主権」を確立すべき。
気象予報は今、100年に一度とも言える歴史的な転換期にあるといわれている。
これまで予報の主役を担ってきたのは、スーパーコンピュータ(スパコン)を用いた「物理シミュレーション(数値予報)」であった。流体力学や熱力学の方程式に基づき、地球を格子(グリッド)状に区切って、空気の動きを数式で解き明かすことで未来の状態を導き出す手法である。
しかし、ここ数年でGoogle DeepMind、エヌビディアなどが開発した「気象予報AI」が、従来の精度を維持しつつ、速度面で圧倒的な優位性を見せ始めた。特にGoogleが開発したGraphCastに注目が集まっている。日本はこうした気象予報分野におけるテクノロジーの変化にどう対応しようとしているのだろうか。
1. 気象AIの衝撃:GraphCastが破壊した「常識」
まずGraphCastがすぐれているのはどのような点なのか。
1つめは「物理の壁」をバイパスした精度の高さだ。科学誌『Science』に掲載された論文によれば、GraphCastは、世界最高水準の気候・気象予報能力を誇る欧州中期予報センター(ECMWF)の「高解像度決定論的予報モデル(High-Resolution Deterministic Forecast: HRES)」との比較試験において、評価指標の9割以上で従来モデルを上回ったという。特に物理方程式が苦手とする「熱帯低気圧の進路」や「洪水リスク」、「異常気温の発生」などを、数値予報より高い精度で捉える能力を見せつけた。
2つめは、地球を地点同士の繋がりとして処理する「グラフニューラルネットワーク(GNN)」の採用だ。GNNが画期的なのは、従来のAI(一般的な画像認識など)が、個々の地点やデータを独立した「点」として捉えてきたのに対し、地点同士を結ぶ「つながり(線)」を学習対象にしたことだ。
例えば、「この地点は雨」「あの地点は晴れ」と個別に判断するのではなく、「A地点とB地点はこのルートで空気が繋がっているから、Aが変化すればBもこうなる」というネットワーク全体の動きを把握するようになったのだ。GraphCastは、遠く離れた地点同士の気象の関連性を直接学習することで、地球規模の気象の「相関関係」を効率よく抽出することで、予測の精度を格段に上げることに成功したのだ。
2. 日本の現状と課題:物理的限界と「デジタル敗戦」
AIの圧倒的スピードを前に、日本の気象予報を支えてきた従来の「数式で解く物理シミュレーション」は2つの課題に直面している。
1つめは、「計算量の爆発」だ。気象庁によれば、予報の解像度を2倍(例:5km格子から2.5km格子へ)にすると、空間の3次元的な地点数が増えるだけでなく、計算を安定させるために時間の刻み幅も細かくしなければならない。このため、計算量は理論上16倍に増大する。
気象庁は、線状降水帯予測のために局地モデルを1kmへ高解像度化することを目指しているが、これには膨大な計算資源が必要となる。スパコンの能力を上げても、実際雨が降るまでに計算を完了させるのはかなり困難と思われる。
2つめは、気象AIの開発主体が米中のビッグテックに集中していることだ。海外プラットフォームへの支払いによる日本の「デジタル赤字」は、2035年には約18兆円に達するとの予測もある。気象予報という、命を守るインフラの心臓部を海外製AIやクラウドに完全に依存することは、経済安全保障上大きなリスクとなる。

出典)経済産業省 大臣官房 若手新政策プロジェクト PIVOT「デジタル経済リポート」
3. 課題解決への道:生存戦略としての「ハイブリッド予報」
一方、AIも万能ではない。千葉大学 国際高等研究基幹 / 環境リモートセンシング研究センター 小槻峻司教授が指摘するように、現在のデータ駆動型AIは、過去の学習データにない「未経験の極端な気象イベント」への対応に課題を残している。また、統計的な相関のみを重視するAIは、大気の流れを規定する物理法則を無視した解を導き出すリスクもはらむ。 そのため、従来の物理シミュレーションとAIの強みを融合させ、科学的妥当性を担保する「ハイブリッド型」の構築が、次世代予報の鍵となっている。
こうした日本独自の気象予報手法を実現するためには、官と民がそれぞれ協力して開発を担う必要がある。
まず政府は、AI学習の「燃料」となるデータの開放と、計算のためのインフラ整備という土台作りに集中すべきである。具体的には、文部科学省と理化学研究所が進める「富岳」後継機(次世代計算基盤)において、2030年頃の稼働を目指し、物理計算用のCPUとAI学習用のGPUを最適に組み合わせた、世界に類を見ない「ハイブリッド型計算資源」を早期に実現させる必要がある。あわせて、気象庁は気象衛星「ひまわり」や地域気象観測システム「アメダス」が捉える膨大な観測データを、単なる数値としてではなく、AIが直接学習可能な構造化データ(AI-Readyなデータ)として整備し、国内企業に低コストで開放する「データの公共財化」を加速させなければならない。
一方、民間企業と大学は、それぞれ「日本独自の付加価値」を生み出す役割を担う。
大学などの研究機関は、海外の大雑把な全球AIモデルでは捉えきれない、日本の複雑な地形や急峻な山岳地帯がもたらす「線状降水帯」特有のメカニズムを解明し、日本専用の予測アルゴリズムを開発するべきだ。
民間気象会社は、そのアルゴリズムを用いて、従来の天気予報を超えた精密かつ高頻度な気象予報の実現に取り組み、電力需給管理やドローン運航、EV自動運転といった次世代インフラに最適化した「意思決定支援情報」として社会実装していくことが求められる。
産官学が三位一体で、技術開発と実装の道を切り開くことが期待されている。
あとがき:気象主権の確立
2050年、激甚化する気象の中で人々の生命を分けるのは、情報の速度と信頼性である。計算の非対称性を武器にする海外発のAIが予報を席巻する中で、日本が「自国の天気」を自らの計算で解き明かす能力を失えば、それは防災という国の責務をブラックボックスに委ねることに等しい。
少し大げさに聞こえるかもしれないが、AIとスパコンの両輪を国内で維持・統合し、我が国独自の気象予報テクノロジーを確立することが、「気象主権」を確立するための鍵となりそうだ。
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