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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.56 台湾海峡LNGシーレーン封鎖と日本企業が直面する存立の危機

写真)LNG船(イメージ)

写真)LNG船(イメージ)
出典)Suphanat Khumsap/GettyImages

まとめ
  • 台湾海峡の封鎖は、LNG輸送の迂回や船員リスクによる「物理的供給途絶」の危機である。
  • 政府はSBL制度、FSRU、国際スワップなどを活用した「動的な備蓄」体制への転換を図っている。
  • 企業は「エネルギー自衛権」として、自家消費インフラやDR、マルチ燃料化で外部依存からの脱却を急ぐべきである。

2026年、日本のエネルギー安全保障は歴史的な分岐点に立っている。2022年のウクライナ侵攻がもたらしたのは、資源価格の高騰という「経済的ショック」であった。しかし今、私たちが直面している「台湾海峡封鎖」のリスクは、それとは比較にならないほど深刻な「エネルギー供給の途絶」を意味する。

1 シーレーン封鎖の衝撃

日本にとって、台湾海峡およびその周辺海域は、中東、東南アジア、オーストラリアからLNG(液化天然ガス)を運ぶタンカーが通過する、まさに「喉元」である。キヤノングローバル戦略研究所の杉山大志氏は、中国によるエネルギー封鎖能力の向上を指摘し、日本にとって輸入途絶は他人事ではないと警鐘を鳴らしている(注1)。

図)日本の主要シーレーン(船舶が通る海上交通路)
図)日本の主要シーレーン(船舶が通る海上交通路)

出典)「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンにおける防衛省の取り組み

特に深刻なのは、単に到着が遅れるというレベルに留まらない「物理的な制約」である。国際的な調査機関などのデータに基づけば、以下の事態が予測される。

迂回ルートによる物理的制約とそのリスク

台湾海峡のシーレーンが我が国にとっていかに重要かを示す数字を一つ挙げよう。2022年に日本の輸入の32%と輸出の25%、合計約4,440億ドル(約69兆円)が台湾海峡を通過した。(注2

台湾海峡が紛争海域(ウォーゾーン)と化した場合、LNGタンカーはフィリピン東方の太平洋側を大きく迂回するルートをとる可能性が高い。その場合、CSIS(戦略国際問題研究所)の試算によれば、航行距離は通常ルートに比べ、片道で約1,000マイル(約870海里、約1,600km)伸びるとされている。(注2

LNG船の標準的な経済航行速度は約18〜20ノット(時速約33〜37km)であり、この距離増を試算すると片道で2〜3日程度のタイムロスに達する可能性が高い。往復では約4〜6日の遅延に達し、輸送能力は著しく減退する。

したがって、台湾有事の際、これまでと同じ量のLNGを日本に届けるためには、現行よりも大幅に増強された船団規模が必要になる。しかし、世界のLNG船は長期契約でほぼ埋まっており、有事の際にフリーの代替船を確保することは非常に難しい。つまり、日本向けの供給枠そのものが維持できなくなり、「調達そのものが極めて困難になる」可能性が高い。

船舶保険の「法的停止」と船員リスク

物理的封鎖以上に深刻なのが、金融・法的障壁と「人」のリスクである。台湾海峡が紛争海域(ウォーゾーン)となれば、国際的な再保険市場が機能不全に陥り、船舶保険(戦時保険)の引き受けが事実上停止する。保険によるリスクヘッジが不可能な状況下では、民間企業による運航が困難となり、供給網は瞬時に途絶しかねない。

仮に保険が維持されたとしても、現場では「乗船忌避」という問題が現実となる。商船隊のほとんどを海外船員に依存する現状において、命の危険がある航路に対し、外国籍船員を拘束する法的根拠は日本政府にはない。多額の危険手当を積んでもなお、乗船拒否による運航不能リスクは極めて高いのが実情だ。

2 国家備蓄戦略の転換:石油モデルから「動的な強制力」へ

日本には石油の「国家備蓄」は200日分以上存在するが、LNGの備蓄は極めて脆弱だ。マイナス162度を維持せねばならず、蒸発(=ボイルオフ)するため、石油のような備蓄が難しい。これに対し、資源エネルギー庁は以下のような対応策を進めている。

① 戦略的余剰能力の法的裏付けと実効化:

2023年から先行実施されてきた、有事に備えたLNG確保の仕組みである「戦略的余剰LNG(SBL:Strategic Buffer LNG)制度」(注3)は、2025年2月の第7次エネルギー基本計画の閣議決定を経て、日本のエネルギー安保の柱として位置づけられた。独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)(以下、JOGMEC)の支援を受け認定事業者が平時から維持する余剰在庫は、今や単なる「民間の協力」ではない。有事には経済産業大臣の要請に基づき、国内供給へ最優先で振り向ける「緊急放出スキーム」が整備され、民間在庫を実質的な「国家の動的備蓄」として機能させる体制が法制面・運用面の両輪で完成した。

② 浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU:Floating Storage and Regasification Unit)の導入:

欧州が短期間で導入した洋上浮体式のLNG 貯蔵設備、FSRUは、日本の緊急時の輸入基盤として活用することが期待されている。(注4

我が国のFSRU導入にあたっては、恒久的な設備として建造するのではなく、「有事の際に海外からチャーターして日本沿岸に配置する」案が現実的なことから、現在は緊急時にFSRUを速やかに係留できる適地の選定とガイドラインの整備などが進められている。

写真)ドイツのLNGターミナルで、Hoegh Esperanza FSRU船(奥の白い船)がLNG船(手前)とドッキングしている。 ドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン - 2025年2月28日
写真)ドイツのLNGターミナルで、Hoegh Esperanza FSRU船(奥の白い船)がLNG船(手前)とドッキングしている。 ドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン - 2025年2月28日

出典)Sean Gallup / GettyImages

③LNGの 国際スワップ:

台湾海峡の外側にある友好国(タイ、フィリピン、オーストラリア、北米等)とのターミナル活用や多国間合意が模索されている。自国だけで貯めることが難しいLNGにおいては、近隣の友好国と融通し合う、いわゆる「国際スワップ」こそが実効的な防衛策となる。

実際、LNGのスワップは着々と進んでいる。今年2月、経済産業省は、株式会社JERA(以下、JERA)及び国営カタール・エナジー社との間で緊急時における日本向け追加的LNG供給への協力に関する覚書を締結(注5)した。JERAは去年6月に豪州ウッドサイド社とLNGの売買に関する基本合意書を締結、2027年度から5年間、冬季(12月から2月)において年間3カーゴ(約20万トン)のLNGを購入することを目的とした協議を進めている。(注6)同じく去年6月、JOGMECはマレーシアのペトロナス社とLNGバリューチェーン協業の強化に関する覚書を締結した。(注7

また、JERAと韓国のKOGAS(韓国ガス公社)は、2023年4月にLNGビジネス協力に関する覚書(MoU)を締結しているが、2024年には、異なる供給元・積み地・仕向地のLNGを交換する、いわゆるカーゴスワップがおこなわれた。(注8

今後こうした動きはますます加速していくだろう。

3 日本企業の「2つのリスク」:「エネルギー自衛権」

ここで、台湾有事に企業が被るリスクを明確にしておこう。

2026年度、一定規模以上のエネルギー使用事業者(特定事業者等)は改正省エネ法により、非化石エネルギーへの転換と徹底したエネルギー管理を実質的に義務付けられた。企業は以下の「2つのリスク」を直視し、自衛策を講じる必要がある。

  • サプライチェーン全体の崩壊リスク: 製造業における上流の素材メーカーが停止すれば、下流のすべての部品供給が止まる。ITサービス業であっても、データセンターへの電力供給が制限されればビジネスは消失する。
  • 「価格」が「存立リスク」に変わる時: 台湾海峡封鎖の現実味が1%でも生じれば、LNGスポット価格は瞬時に跳ね上がる。燃料費調整制度の限界を超えた時、企業の損益は一瞬で破壊され、事業継続そのものが危うくなる。

4 エネルギー自衛権の行使:外部依存からの戦略的離脱

この2つのリスクに対する自衛策として、企業は「エネルギー自衛権」を行使し、外部依存からの脱却を加速させねばならない。具体的には、以下の3点の対策が有効だ。

① 自家消費型インフラの構築:太陽光+蓄電池」は、系統(電力網)が不安定化した際に企業のエネルギー自衛力を高める「保険」である。

② デマンドレスポンス(DR)の高度化: 自らエネルギー需要をコントロールする能力は、緊急時の供給停止から回避されるための「交渉力」となりうる。

③マルチ燃料化への投資: 特定海域(シーレーン)のリスクから自社の事業を切り離す物理的な防衛策として、異なる燃料源を組み合わせて使用する「マルチ燃料化」が求められる。

5 あとがき:2050年脱炭素に向けて

「脱炭素」という目標に向かう中、台湾海峡という「物理的な関所」が閉じられた瞬間に日本経済は停止する。その脆弱性を私たちはもはや放置できない。エネルギーはもはや「市場の商品」ではなく「国家の生存基盤(インフラ)」そのものだ。

今回述べたさまざまな対策は、民間企業の努力だけで完結するものではない。有事の保険への政府による保証や国際スワップなどは政府の関与が前提だ。一方で、企業も「守られる側」から、自家消費やDRを通じて「需給バランスをともに支える立場」を堅持せねばならない。

2050年脱炭素を実現するためには、2026年は、現在進められている「物理的な強靭化」を確固たるものにすることが必要だ。国家による制度設計と企業による自衛的投資。この両輪による協調こそが、混迷を極める国際情勢下で日本経済のレジリエンスを担保する最強の武器となる。

  1. キヤノングローバル戦略研究所:杉山大志氏「台湾有事とエネルギー供給」
  2. CSIS: "Crossroads of Commerce: How the Taiwan Strait Propels the Global Economy" 「通商の要衝 台湾海峡がいかに世界経済を動かしているか」
  3. 経済産業省「LNG市場の動向・ 戦略的余剰LNGについて」
  4. JOGMEC:「天然ガス・LNG市場の動向と FSRUによる需要拡大」
  5. 経済産業省:「経済産業省、国営カタール・エナジー社及び株式会社JERAの間で、緊急時における日本向け追加的LNG供給への協力に関する覚書を締結しました」
  6. JERA:「日本国内における冬季のLNG安定確保に向けたウッドサイド社とのLNG売買に関する基本合意について」
  7. JOGMEC:「マレーシアPETRONAS LNG Sdn. Bhd.と戦略的LNG取決めに関する協力覚書を締結」
  8. METI : Further Development of Cooperation Based on LNG Procurement Collaboration between Japanese and Korean Companies
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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