写真)AGI(イメージ)
出典)Vertigo3d/GettyImages
- まとめ
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- 既存業務の「補助」に留まる部分最適を捨て、AIを前提とした抜本的な業務プロセス再設計が経営者に問われている。
- 自前主義を捨てSaaSを使い倒すこと、そして日本の強みである現場技能を「フィジカルAI」で継承することが中小企業の勝機となる。
- AGIへとつながるAIエージェントを「有能な新人」として迎え入れられる「AI Ready」な土壌を、少しずつでも整えることが必要だ。
AGIという巨大な波
2026年、世界はAGI(人工汎用知能)という新たな技術的特異点の入り口に立っている。生成AIの爆発的普及から数年、AIは単なる「検索の代わり」を超え、自律的に思考し、業務を完結させる「エージェント」へと進化しつつある。
しかし、この巨大な波を前に、日本の中小企業はかつてないジレンマに陥っている。その原因は、人手不足、コスト高騰、そして深刻さを増す「デジタル赤字」である。
「デジタル赤字」とは、海外のIT企業が提供するサービス(クラウド、ソフトウェア、広告、著作権など)を利用した際に支払う対価が、日本が海外から受け取る額を大きく上回ることで生じる収支の赤字を指す。具体的には、私たちが日常的に利用する検索エンジン、SNS広告、クラウドストレージ(インターネット上にデータを保存する「Google ドライブ」や「iCloud」、「OneDrive」など)などへの支払いといった、多岐にわたるデジタル利用料が海外へ流出している実態のことだ。
総務省の最新データによると、デジタル関連項目の収支状況は極めて深刻だ。特に、デジタル関連項目とされる5項目のうち、①コンピュータサービス、②著作権等使用料、③専門・経営コンサルティングサービスの3項目だけで、2024年の赤字額は合計約6.7兆円に達した。前年からわずか1年で約0.9兆円も赤字額が増加している計算だ(④通信サービス、⑤情報サービスを加えると約6.8兆円の赤字)。
過去10年間の推移をみると、その膨らみ方は異常ともいえる。2014年と比較して、2024年の赤字額は「著作権等使用料」が約2.1倍、「コンピュータサービス」は約3.3倍、そして「専門・経営コンサルティングサービス」に至っては約5.4倍へと急拡大している。
日本がAGI時代の「消費者」に留まり続ける限り、この国富の流出は止まらない。AGIを背景とした最新AIを単に導入するだけでなく、いかに自社の付加価値へと転換し、外貨を稼げる、あるいは国内で価値を完結させられる構造を築くか。デジタル赤字の増大は、日本経済全体がいってみれば「ITの小作人」のような立場に転落しつつある警鐘といえるだろう。以下の図が示す通り、その勢いは年々加速している。

出典)総務省 令和7年版 情報通信白書「デジタル関連項目のサービス収支の動向」
これらの課題を解決すべくAIに期待が寄せられる一方で、現場では「何から手をつければいいのか」、「投資に見合う効果が得られるのか」という懸念が渦巻いている。今回、AGIの分野に詳しい、株式会社三菱総合研究所(MRI:以下三菱総研)の事業ディレクター・本田えり子氏、同・研究理事の比屋根一雄氏に話を聞いた。見えてきたのは、日本のインフラが抱える致命的なボトルネックと、中小企業が陥っている「PoC(概念実証)倒れ」の実態だった。

©︎エネフロ編集部
「PoC倒れ」の正体:なぜ日本のAI投資は結実しないのか
日本企業のAI活用が「補助」という枠から出られない現状について、本田えり子氏は次のように指摘する。
「人がやっていることの補助としてAIを使っている限りは、なかなかコスト効果が出にくい。経営者は『一体何人、人が減らせるのか』、『時間にしてどれぐらい減ったのか』という損益上の数字を問題にするが、業務のやり方自体は大きく変わっておらず、ちょっとした効率化に留まってしまう。これでは投資が続かず、結局、業界でよく言われる『PoC(概念実証)倒れ』に陥りがちです」。
PoC(ポック:Proof of Concept)とは、新しい技術が「実現可能か」を本格導入前に小規模に検証する工程だが、実証実験で終わり、事業化に至らない、いわゆる「PoC倒れ」が日本企業の壁となっている。
経営側が「人件費削減」、「売上拡大」、「対応スピード向上」、「精度向上などの品質アップ」といった直截的な成果を求める一方で、現場は既存の業務プロセスを維持したまま一部の作業のみを置換する「部分最適」に終始している。AIによって文書作成時間が短縮されても、前後の承認プロセスや紙ベースの管理体制が温存されていれば、組織全体の生産性向上には繋がらない。AIの特性を前提とした「業務プロセスそのものの再設計」を断行する覚悟が、今、経営者に問われている。
例えば、カスタマーサポートであれば、AIに回答案を作らせるだけでなく、顧客の過去履歴や関連情報を一画面に揃え、人間を「作成者」から「最終確認者」へとシフトさせる。現場の点検業務なら、ドローンが撮影した映像をAIが解析し、異常箇所に対して自動で「修理指示書」のドラフトまで作成する。人間は「探す作業」を辞め、AIが提示する優先順位に基づき「修理の采配」に専念する。こうした「手順そのものを消滅させる」発想こそが、再設計の本質である。

ⓒエネフロ編集部
「AIバブル」の虚実と日本の現在地
世界的なAI投資熱について、比屋根氏は「金融バブル」と「実体としてのAI投資」を切り分けて分析する。これは、「単なるブームとしての浮ついた投資」と、「将来の国力を左右する不可欠なインフラ構築」が、世界では混然一体となって猛烈なスピードで進んでいるという指摘だ。
「データセンターが立ち上がり、将来的な投資回収を見越して持ち堪えられるならばバブルは実体を持つ。しかし、日本にはそのバブルすら来ていない。運をかけて巨額投資をする人材も、勇気も、機材も不足している」。
この「(日本では)AIバブルすら起きていない」という比屋根氏の言葉は重い。現在、米国を中心に起きているのは、単なる投機的な熱狂ではない。将来の国家競争力を左右する「知のインフラ」を構築しようとする壮大な先行投資だ。
世界がリスクを取り、とてつもない熱量で「実体」を積み上げている一方で、日本は投資のスタートラインにすら立っていない。機材の不足は金で解決できるかもしれないが、未知の領域に運を賭ける「人材」と「やる気」の不足こそが、日本の急所ではないだろうか。
もちろん、無謀なチャレンジを推奨するわけではない。しかし、世界が「AIという新たな知能」を社会基盤として実装しようとしのぎを削るなか、日本が足踏みし続けることは、将来的に他国のインフラに依存し、莫大なコストを支払い続ける「デジタル依存」への道を甘んじて受け入れることに他ならない。失敗のコストを恐れるあまり投資を放棄することは、将来のAGIがもたらす劇的な生産性向上の機会を入口で自ら放棄することにつながる。
現場を救う「フィジカルAI」
こうしたなか、デジタル空間での知的作業だけでなく、現実世界のモノづくりにAIを融合させる「フィジカルAI(Physical AI)」が、中小企業の新たな勝機として注目されている。
比屋根氏は、製造現場におけるフィジカルAIの役割をこう予測する。
「AIは知識を学ぶ段階を超え、スキルを学ぶ段階にある。熟練技能者が持つ『勘』をデジタルデータとしてAIが学習し、それをロボットが再現する。製造現場でも若手がフィジカルAIを最強の師匠として活用し、技能習得を加速させる時代が来る」。
日本の中小製造業における最大の懸念は、熟練技能者の高齢化による退職で暗黙知が継承されなくなることだ。フィジカルAIをうまく活用すれば、技術継承の断絶を防ぐだけでなく、若手作業者が従来の数倍の速度で高度な技能を習得する道が開けるということだろう。
中小企業の処方箋:SaaS
資金力や人材に乏しい中小企業がとるべき具体的な戦略について、比屋根氏は「自前主義の放棄」を説く。
「中小企業は自社で頑張って開発しようとしてはいけない。今はほとんどの業務をカバーできる優れたSaaS(Software as a Service)が出てきている。自社でサーバーを持つのではなく、これらのサービスを広く使っていくことが正解だ。SaaSベンダーは競ってAI機能を追加し続けている。つまり、SaaSを導入するだけで、企業は自動的に最新のAIサポートを享受できる。まずはSaaSを使いこなし、そこでAIの作法を覚えるべきだ」。
SaaSとは、これまで自分のパソコンにインストールしたり、自社サーバーに構築したりしていた「ソフトウェア」を、インターネット越しに「サービス」として利用する仕組みのことをいう。
最大の特徴は、ユーザーが何もしなくてもベンダー側で機能が日々アップデートされる点にある。つまり、世界で開発された最新のAI機能が、寝て起きたら自分のシステムに実装されているという状態が手に入るのだ。
具体的には、AIによる自動仕訳や法改正への即時対応を備えた「クラウド会計ソフト」、AIが商談の要約や成約率の高い見込み客を提案する「顧客管理システム(CRM)」、あるいは過去の膨大な図面資産から類似品を一瞬で探し出す「図面管理ソリューション」といったサービスが挙げられる。
比屋根氏が警鐘を鳴らすのは、自社の業務に合わせた独自の管理システムやAIモデルを、多額の予算をかけて一から新規開発(フルスクラッチ開発)しようとする「自前主義の罠」だ。技術革新が激しい現在、こだわりを追求して独自開発に固執すれば、完成した頃には技術が陳腐化し、最新のAIとの連携が困難な「孤立したシステム」になりかねない。
むしろ、最新のAI機能が標準実装されている既存のSaaSに業務プロセスを合わせていく、「Fit to Standard(標準への適合)」の発想こそが、中小企業が低コストかつ迅速に「AIの恩恵」を受けられる最短距離となる、という主張だ。
「Fit to Standard(標準への適合)」とは、「自社のやり方を、システムの標準機能に合わせる」という発想の転換を意味する。
「うちは特殊だから」とシステムを自社向けに改造する企業は多いが、その企業はAI進化の波から取り残されてしまう。独自仕様が壁となり、最新AIとの連携や自動アップデートの恩恵から切り離されてしまうからだ。あえて標準に合わせることで、世界中の成功事例が詰まった「効率的な手順」と、AIが解析しやすい「整ったデータ」を即座に手に入れることができる。独自性に固執して「孤立」するのではなく、標準という高速道路に乗る。これこそ、中小企業が将来のAGIをも見据えた「知能」を武器にするための最短ルートだとの主張だ。
あとがき:「AI Ready」な組織への脱皮
最後に、比屋根氏はAI化の前提条件となる厳しい現実を指摘した。
「デジタル化なくしてAI化なし。3〜5年前に叫ばれたDXをやり切った企業は良いが、さっぱりデジタル化していない企業はAIを入れようがない。AIがアクセスできるのはデジタル化された業務だけだからだ。まずは『AI Ready(AIを受け入れ可能な状態)』な組織にならなければならない」。
日本の中小企業がAGI時代に生き残る道を探る上で、AIという「魔法の杖」をやみくもに追い求める前に、まずは自社の業務プロセスをデジタル化し、データを整理し直すこと。それが一見遠回りに見えて、実は最も確かな一歩となるのではないだろうか。
これまでもご紹介したAIやデータセンター増加に伴う電力不足(参考:編集長展望 Vol.48 電力需給2050年予測の衝撃 DXとGX時代に必要な原子力発電戦略 | エネフロ2025.09.09)やインフラの停滞、デジタル赤字といったマクロの壁は確かに高い。しかし、日本の中小企業の現場には、長年培ってきた「熟練の技」と、それを支える「現場の知恵」が今も息づいている。本田氏が指摘した「業務フローの再設計」を柔軟に受け入れ、比屋根氏が提唱した「SaaS活用」や「フィジカルAIによる技能承継」を一つのヒントにしていく。
「うちのような小さな会社には関係ない」と諦めるのではなく、AGIへとつながるAIエージェントを「有能な新人」として迎え入れられる「AI Ready」な土壌を、少しずつでも整えることが必要なのではないか。これまでの仕事のやり方を丁寧に見直した先にこそ、日本の中小企業が次なる時代を生き抜き、持続可能な成長を遂げる未来が待っている。今回の対談でその思いを強くした。
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