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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.120 もう、マンモグラフィは痛くない。神戸大発・マイクロ波技術が変える「乳がん検診」の未来

写真)マイクロ波マンモグラフィの測定風景

写真)マイクロ波マンモグラフィの測定風景
出典)IGS(株式会社Integral Geometry Science)

まとめ
  • 日本人女性の乳がん罹患数は急増し、特に40代にピークがあるが、従来のX線マンモグラフィは「痛み」と「高濃度乳房による見逃し」という大きな課題を抱えている。
  • 神戸大学発スタートアップIGSが、応用数学の「波動散乱の逆問題」の解法を適用した「マイクロ波マンモグラフィ」を開発。
  • この新技術は、乳房を圧迫せず無痛で、かつ乳腺密度に左右されずにミリ単位のがんを正確に特定し、乳がん検診の受診率向上と早期発見の抜本的な改善に貢献すると期待される。

拡大する乳がんの脅威:日本人女性「9人に1人」の現実

現在、日本における乳がんは、女性の健康と社会の活力を脅かす最大の要因となっている。国立がん研究センターの最新統計(2025年推計)によると、2025年の女性乳がん罹患者数は約98,100人に達する見込みで、これは女性の部位別がん罹患数で第1位であり、死亡者数では、大腸、肺、すい臓に次ぐ4位である。

この脅威の深刻さはその増加率にある。1980年代には約2万人だった年間罹患者数は、わずか40年余りで約5倍にまで膨れ上がった。早期に発見できれば10年生存率は90%を超える「治りやすいがん」である一方、発見が遅れた場合の致死リスクは極めて高い。この急増は、日本の医療・社会システム全体にとって、早期発見の体制を抜本的に見直すことを迫る喫緊の課題となっている。

表)乳がん罹患数と死亡数推移
表)乳がん罹患数と死亡数推移

出典)国立がん研究センターがん情報サービス

年次 罹患者数(人) 死亡者数(人) 備考
1975年 12,024 3,262 統計開始初期
1995年 31,343 7,763 生活習慣の欧米化による増加
2015年 89,209 13,585 早期発見の啓発が本格化
2022年 97,148 15,912 確定値としての直近ピーク
2024年 98,100 15,869 過去最多水準の見通し

出典)国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」

40代女性の危機:罹患率のピークと「検診の死角」

日本における乳がんは、欧米諸国とは異なる特異な動向を示している。欧米では高齢になるほど罹患率が上がるのに対し、日本では「40歳代後半(45〜49歳)」に罹患率の大きなピークがある。

この働き盛りであり子育て世代でもある40代こそが、現在の検診システムの「死角」に立たされている。

表)乳がん年齢階級別罹患率(2021年)
表)乳がん年齢階級別罹患率(2021年)

出典)国立がん研究センターがん情報サービス

一方で、乳がん検診の受診率は上昇傾向にあるものの、5割を切っている状況だ。

図)乳がん検診の受診率
図)乳がん検診の受診率

出典)厚生労働省 健康・生活衛生局がん・疾病対策課「乳がん検診について」2025年10月10日

その原因のひとつが「検査に対する不安」だ。国立がん研究センターがん対策研究所が2024年に実施した調査では、乳がん検診を受診していない理由として、第1位の「乳房を観察し問題がないから」23.4%に続き、第2位が「検査内容や検査に伴う苦痛の程度が分からず不安だから」が22.3%となっている。乳がん検診で一般的なX線マンモグラフィは「痛い」という認識が広まっていることが背景にあると思われる。

図)乳がん検診を受診していない理由
図)乳がん検診を受診していない理由

回答者:40歳〜75歳の女性4700人(各都道府県100人) 調査時期:2024年2月 調査方法:業者に委託しインターネットによる調査を実施 調査内容:乳がん検診の受診頻度、検診の方法、受診動機など。

出典)厚生労働省 健康・生活衛生局がん・疾病対策課「乳がん検診について」令和7年10月10日

X線マンモグラフィは、コントラストをあげるために乳房を板で圧迫して薄く広げる必要がある。医療現場で客観的な痛み尺度として使われるVASスコア(Visual Analogue Scale:0から100mmで痛みを数値化する指標)を用いた海外の研究では、約66%の患者がマンモグラフィ圧迫中に「4.0=中程度」以上の痛みを感じたと報告されている。

この「VAS 4.0」という数値は、一般的に「我慢できないほどの歯痛」や「腰痛や頭痛で『もう少しで我慢できなくなる』レベル」に相当する。マンモグラフィ検査では、この鋭い痛みが圧迫中(片側につき数分間)持続し、さらに診断精度を上げるために乳房を極限まで薄くする強い圧力が加わる。単なる一瞬の刺激ではなく、逃げ場のない状態で強い苦痛が続くという実態が、多くの女性にとって「二度と受けたくない」という深刻なトラウマを生んでいるのだ。

筆者もこれまで幾度となく、X線マンモグラフィで乳房を器具に挟まれることの辛さを女性から聞いた。そして決まって彼女らは「何かほかの検査方法はないのだろうか?」と話していた。この「痛みへのトラウマ」も、罹患率ピーク世代の受診を阻む障壁となっている。

写真)従来のX線マンモグラフィの測定器具
写真)従来のX線マンモグラフィの測定器具

出典)株式会社Integral Geometry Science

また、日本人女性約7万6,000人を対象とした大規模臨床試験「J-START」のデータを精査した最新の報告(2022年)によれば、40代女性におけるX線マンモグラフィ単独の感度(疾患のある人が検査をした際に正しく陽性と判定できる割合)は約47%に留まるという驚くべき結果が示されている。これは、実際にはがんがある人の半分以上が見逃されている可能性を示唆しており、その最大の要因は、40代女性に多い「高濃度乳房(デンスブレスト)」にある。乳腺が発達しているため、X線画像では乳腺(白)とがん(白)が重なって写る「マスキング効果」により、がんが乳腺に隠されてしまう。

出典: PubMed (学術論文データベース):Sensitivity and specificity of screening mammography without clinical breast examination among Japanese women aged 40-49 years: analysis of data from the J-START results(40~49歳の日本人女性における臨床乳房検査なしのスクリーニングマンモグラフィの感度と特異度)

痛い思いをして検査を受けても、約半数が見逃される可能性があるということも、受診率向上の障壁となっていると思われる。

代替手段の課題:MRIのハードル

こうしたなか、従来のマンモグラフィを上回る病変発見能力を持つMRI(磁気共鳴画像)検査をおこなう医療機関もある。しかし、検診への本格的な導入には、いくつかの課題がある。

まず、MRI検査は通常30分以上要し、検査コストも高額のため、集団検診に組み込むには、時間的・経済的な制約がある。また、高い精度を得るために造影剤の投与が必要となることが多く、気軽に受診できるものでもない。

そこで近年、検査時間を大幅に短縮し、造影剤を使用しない無痛MRI(Abbreviated MRI/DWIなど)というものが開発され、一部で試用が始まっている。これはMRIの最大のハードルであった「侵襲性(体への負担やダメージの大きさ)」と「時間」を改善しようとする試みである。しかし、従来の造影MRIに比べて感度が劣り、具体的には乳管内進展癌など、早期乳癌の検出に適さず、大きな乳癌の検出しかできないという指摘がある。また、大型のMRI装置自体の設置・運用コスト、専門の読影医の確保といったインフラ的な課題は依然として残る。そのため、こちらも現時点では、罹患率ピーク世代の全女性を対象とする検診として広く普及させるには、まだ多くのステップが必要な状況にある。

革命的解決策:マイクロ波による「痛くない透視」

この「痛みの壁」と「デンスブレストの死角」を突破したのが、神戸大学数理・データサイエンスセンター教授であり、同大学発スタートアップ、株式会社Integral Geometry Science(IGS)代表取締役木村建次郎氏が開発した「散乱の逆問題の解法」(散乱した電磁波のデータから、物体の形を逆算して再構成する数学的手法)を適用した「マイクロ波マンモグラフィ」だ。ここで重要なのは、マイクロ波という「波」の性質と、それを制御する圧倒的な計算精度である。

マイクロ波の波長は1mから1mmである。物理学の原則では、波はその波長よりも小さなものを捉えるのが苦手であり、本来「数ミリのがん」を鮮明に映し出すには限界がある。例えるなら、「太いマジックペンで、極小の文字を書く」ような難しさだ。

この限界を突破するために、IGSが開発した技術は、がん細胞の物理的特性を利用する。乳がんは正常組織に比べて水分子を多く含むため、電波の蓄えやすさを示す「比誘電率」が高くなる。乳房に放射されたマイクロ波は、乳腺を通り抜けて最深部まで到達し、比誘電率の高いがんの境目で強く反射する。

かつては、がん細胞に当たり四方八方に散らばった(散乱した)複雑な波形から「どこに何があったか」を特定することは不可能とされていた。しかし、木村教授が応用数学上の未解決問題であった「波動散乱の逆問題」を解明したことで、散らばった波形からがんを逆解析することが可能になったのである。

がん細胞に当たってバラバラに跳ね返った微弱な電波を、センサーが「ミクロン(1mmの1,000分の1)」単位の極めて細かい精度で記録する。その膨大なデータを、解明された独自の数式で逆算(解析)する。

すると、太いマジック(マイクロ波)で書かれたようなぼやけた情報が、計算の力で絞り込まれ、ミリ単位のがんの形が、写真のように鮮明な3次元画像として浮かび上がる。精度の単位をあえて「ミクロン単位」で制御するからこそ、ミリ以下の小さながんまで、痛みを感じることなく正確に映し出すことが可能になったのだ。

写真)上:従来のX線マンモグラフィの測定画像 下:IGSマイクロ波マンモグラフィの測定結果の画像
写真)上:従来のX線マンモグラフィの測定画像
写真)下:IGSマイクロ波マンモグラフィの測定結果の画像

出典)IGS(株式会社Integral Geometry Science)

マイクロ波マンモグラフィがもたらす社会変革

マイクロ波技術は乳がん検査に様々な革新をもたらす。

1つ目は、痛み・被ばくからの解放だ。 マイクロ波を送受信するアンテナを含むプローブ(探触子)を乳房表面形状に沿う形で走査し、乳房全域をスキャン後にコンピュータで出力するため、乳房を圧迫せず、ベッドにあお向けになるだけで検査が完了する。使用される電磁波はスマートフォンの電波よりも微弱であり、人体への影響はない。

2つ目は、「見逃し」の解消だ。水分量(比誘電率)に反応するため、乳腺の密度に関わらずがん組織を特定できるため、がん細胞を見逃す率を大きく減らすことができる。

3つ目は、受診率向上への期待だ。女性にとって最大の懸念であった検査時の「痛み」が取り除かれ、かつ、がんを特定する精度が上がることが周知されれば、検診への心理的障壁は劇的に下がり、受診率は確実に向上するものと思われる。

あとがき:女性の健康を守る、新しい一歩

多くの女性が社会の様々な場面で活躍する現代において、女性の健康維持は単なる個人の問題ではなく、社会全体にとって極めて重要な課題である。特に40代は、仕事や家庭で責任ある立場に立つ一方で、乳がん罹患率のピークを迎えるという非常に困難な時期にあたる。

これまで、多くの女性たちが「検診は重要」と理解しつつも、マンモグラフィ特有の激しい痛みや不快感、そして被ばくへの不安から、受診をためらわざるを得なかった。こうした心理的・身体的な高いハードルが、早期発見を阻む一因となっていたことは否めない。

現在、有効性と安全性を確かめるための治験が進められている段階ではあるが、今回紹介した「マイクロ波マンモグラフィ」のような新技術が実用化されれば、検診は「苦痛を伴うイベント」から「安心して受けられる定期的な習慣」へと変わるだろう。痛みのない、あるいは痛みの少ない検査が広がることで、少しでも受診率が向上し、不幸にして乳がんで命を落とす人が一人でも減ること。それこそが、新しいテクノロジーに私たちが期待する最も切実な価値ではないだろうか。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。