写真)ヒグマ(イメージ)
出典)John Conrad/GettyImages
- まとめ
-
- 2025年度のクマによる被害は死者13人と過去最悪。温暖化による結実周期の短縮とドングリの低栄養化、人口減少による耕作放棄地の増加が、クマと人間の境界線を崩壊。
- 兵庫県の「全数把握とデータに基づくゾーニング」や、軽井沢町の「ベアドッグによる非殺傷の忌避行動」など、科学的根拠に基づいた高度な管理モデルが成果を上げている。
- 砂川訴訟の法理的萎縮や麻酔薬使用の制約、専門職の不在が現場の壁に。ボランティア頼みを脱し、国主導の包括的な獣害対策インフラ構築が急務。
過去最悪の被害~クマと人間の「境界線」の崩壊
日本の獣害対策は、未曾有の危機に直面している。環境省の最新の速報値および報道によれば、2025年度の人身被害は4月から12月上旬までの期間だけで死者13人、負傷者209人以上に達した。これは過去最悪であった2023年度の確定値(死者6人)の2倍を超えている。
| 年度 | 被害件数 | 被害人数 | 死者数 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| 2022 | 71 | 75 | 2 | |
| 2023 | 198 | 219 | 6 | 従来の過去最悪(確定値) |
| 2024 | 82 | 85 | 3 | 出没の市街地化が加速 |
| 2025 (速報) |
209〜 | 230〜 | 13 | 統計開始以来、最悪の被害を更新中 |
出典)環境省「クマ類による人身被害について」2025年12月5日時点
背景にあるのは、単なる一時的な食糧難ではない。地球温暖化による生態系の変容と、人口減少に伴う社会構造の変化という「二つの巨大なうねり」が、長年守られてきた人間と野生動物の境界線を破壊していることが浮き彫りになってきた。
環境の変容:温暖化がもたらすクマのえさ不足
クマ被害急増の背景として、温暖化がドングリ類の結実の周期を狂わせていることが近年の研究で判明している。森林総合研究所の40年にわたる観測によれば、本来、数年おきに一斉に実らせてきたブナやミズナラが、気温上昇に伴い樹木がエネルギーを使い切る前に再び結実する現象が確認されている。本来3〜5年周期であった豊凶サイクルが「1年周期(毎年結実)」へと短縮化しているのだ。毎年のように結実を強いられることで樹木の栄養蓄積が追いつかず、ドングリの「質の低下(低栄養化)」を招くとの指摘がある。さらに2025年は全国的にブナの実が大不作となり、栄養価の低い実すら不足したことで、クマが「高カロリーな実」を求めて人里を目指すようになっている。さらに人口減少により、空き家や耕作放棄地が集落内に点在するようになり、クマが庭先に放置された柿や栗の味を占めたことも、「アーバン・ベア(都市型クマ)」が増えている理由のひとつとみられる。
(参考:森林総合研究所「ドングリの結実周期はこの40年で短くなった」、東京農工大学「人間活動の撤退は野生動物の繁栄を促進する―耕作放棄地の増加と温暖化が分布域を拡大―」
クマ対策:兵庫県の「全数把握」
この危機に対し、戦略的な取り組みをしているのが兵庫県である。兵庫県は1990年代のクマの絶滅危機を経て、全国に先駆けて科学的な個体数推定と全数把握を継続し、データを基にした「特定鳥獣保護管理計画」(兵庫県森林動物研究センター)を運用してきた。
兵庫県はGPSによる行動解析を組み合わせ、どの個体が人里に執着しているのかを客観的に算出している。このデータに基づき、「保護優先ゾーン(奥山)」「管理・防除ゾーン(集落周辺)」「排除ゾーン(人身被害リスクが高い個体)」を明確に区分している。
兵庫県の最大の実績は、徹底したモニタリングにより「根拠のない駆除」と「場当たり的な放獣」を廃した点にある。1990年代には100頭前後まで激減したツキノワグマを、データに基づき保護することで約1,000頭規模まで回復させた。捕獲したクマを単に山へ戻すのではなく、唐辛子スプレーや爆竹などで「お仕置き」をしてから放すこと(学習放獣)で、再出没率を低下させている。蓄積された行動データにより、「この個体は人里への執着が強く危険」と判断されれば、排除(殺処分)を選択する。こうした科学的裏付けがあるからこそ、感情論に振り回されない実効性のある管理が可能となっている。
一方で、先進地・兵庫であっても新たな局面を迎えている。個体数が順調に回復した結果、かつてはクマがいなかった地域(加古川以南など)にまで分布が広がり、新たな対策コストが発生している。森林環境の変化により、人里を恐れない新しい世代のクマが登場しており、従来の学習放獣だけでは制御しきれないケースも報告されている。30年近く継続してきた精緻な調査を維持するための予算確保と、現場を支える高度な専門職(野生動物専門員)のキャリアパス確保が課題となっている。
| 比較項目 | 一般的な自治体 | 兵庫県モデル |
|---|---|---|
| 個体数管理 | 目撃情報に基づく受動的推定 | 全数把握・モニタリング(能動的) |
| 対応判断基準 | 被害発生後の事後的対応 | 蓄積データに基づく事前予測 |
| 放獣の手法 | 単純放獣 | 「学習放獣」による忌避刷り込み |
表:兵庫県モデルと一般的な自治体対策の違い
(参考:兵庫県森林動物研究センター「第2期ツキノワグマ管理計画」)
クマ対策:軽井沢町の「ベアドッグ」
クマとの共生において、成功モデルとして注目されているのが長野県軽井沢町である。その中核を担うのが、国内で唯一実用化されている「ベアドッグ(クマ対策犬)」の導入だ。
この手法は、軽井沢を拠点とするNPO法人「ピッキオ」が、米国モンタナ州の「ウィンド・リバー・ベア・インスティテュート(WRBI)」から導入したものだ。使用される犬種は、フィンランド原産のカレリアン・ベア・ドッグである。もともと北欧でクマやヘラジカの狩猟に従事してきたこの犬種は、自分より大きな猛獣に対しても決して怯まない勇猛さと、鋭い嗅覚を併せ持っている。
当初は米国から訓練済みの個体を輸入していたが、2014年以降、ピッキオではWRBIの協力のもと、日本国内での繁殖と育成にも着手している。国内で誕生し、軽井沢の厳しい環境で英才教育を受けた「国産ベアドッグ」たちが、現在は第一線で活躍している。これにより、日本の植生や地形に最適化されたハンドリングが可能となった。
軽井沢町では、このベアドッグによる夜間パトロールと、出没個体への徹底的なハラスメントにより、居住地における人身事故「14年連続ゼロ」という実績を維持している。(参考:NPO法人ピッキオ「ベアドッグについて」)
しかし、ベアドッグの全国普及には大きな課題がある。犬の制御に加え、クマの生態を熟知した専門訓練士の育成には3〜5年の歳月と多額の投資が必要である。また、一頭あたり数百万から一千万円規模の維持費がかかることだ。ベアドッグを導入しようとしてもまずは予算確保が前提となる。
現場を縛る「法と制度」
クマ駆除の現場には、今、深刻な「萎縮」が広がっている。その象徴となったのが、北海道砂川市での猟銃所持許可取り消し訴訟である。2018年、警察官の立ち会いと要請のもとでヒグマを射殺したハンターが、後に「跳弾の危険性がある不適切な発砲」とみなされ、公安委員会から銃免許を剥奪された事案だ。
当該ハンターが処分の取り消しを求めた訴訟の上告審で、最高裁は去年12月22日、弁論期日を2026年2月27日に指定した。弁論は2審の結論を変更する際に必要な手続きで、ハンター側の逆転敗訴とした2審判決を見直す可能性がある。
2審判決は、善意のボランティア精神に頼ってきた猟友会に対し、「公的要請に従って引き金を引いても、事後に個人の責任を問われ、免許という生活基盤を奪われる」という衝撃を与えただけに、今後の司法判断が注目される。
こうした「ボランティア頼み」のクマ除去の限界を打破するため、北海道の島牧村や北広島市など一部の自治体では、ハンターを自治体職員として直接雇用する、いわゆる「ガバメントハンター(鳥獣対策専門員)」の採用に踏み切っている。
行政組織の一部となることで、法的な保護や公務災害の適用を受けやすくなり、責任の所在を明確化できるというメリットがある。また、日常的なモニタリングや防除指導など、専門性の高い継続的な対策が可能となる点も評価されている。
一方で、地方自治体の予算は限られており、通年で専門職員を雇用し続ける財政的負担は大きい。また、自治体職員になったとしても、「市街地での発砲」に関する警察・公安委員会との法解釈の乖離が解消されない限り、抜本的な解決にはならない。また、地方公務員制度の枠組みでは、数十年単位の現場知見が必要な「ガバメントハンター」を、一般職の異動サイクルの中で育成・維持する仕組みも欠如している。
それ以外にも、法的・制度的壁がある。
ニュースなどで見た人もいるだろうが、市街地における「麻酔吹き矢」の使用にも制約がある。市街地での非殺傷捕獲に不可欠な麻酔吹き矢に使われているケタミンなどは「麻薬」に指定されており、その使用には「麻薬施用者免許」を持つ医師や獣医師の立ち会いが必須だ。緊急時にこれら専門家を現場に急行させるのは現実的に極めて困難である。
あとがき:持続可能な獣害マネジメントへ
以上見てきた通り、クマとの境界線の崩壊は、気候変動や人口減少といった不可逆的な構造変化によって引き起こされている。もはや、現場のボランティア精神や自治体ごとの場当たり的な対応で解決できる段階は過ぎ去り、野生動物管理は今や「国家的な安全保障」の一環といえるフェーズに突入している。
今後求められるのは、特定の地域や手法に依存するのではなく、先進的なモデルを複合的に組み合わせた「包括的なプラットフォーム」の構築である。
兵庫県が証明した「科学的データに基づく全数把握」を全国の基盤とし、軽井沢の「ベアドッグ」のような非殺傷の管理技術を適材適所で配置する。そして、それらを動かす専門職としての「ガバメントハンター」を、制度的・法的に支える国主導の枠組みが不可欠だ。
冬眠に失敗したクマは、かつては例外的な存在だった。しかし、温暖化によるドングリの低栄養化と凶作が重なる現代では、こうしたクマが構造的に発生し、冬の市街地を脅かす新たな脅威となっている。こうした変化に対し、中長期的な視野に立った予算措置と、専門人材のキャリアパス確立を急がねばならない。
「共生」とは、単なる理想論ではなく、データ、技術、そして法整備という三本の柱によって築かれる管理社会の姿だ。地域の実情に応じた方策を柔軟に選択できるよう、国が主導して強固な支援体制を敷くことが、2025年の惨禍を繰り返さないために必要な取り組みだろう。
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