写真)高機能化路版の再設置状況
出典)株式会社大林組
- まとめ
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- マルチペイブ™は、大林組、トヨタ自動車未来創生センター、豊田中央研究所、大林道路が共同開発した高機能路版。
- 従来のアスファルト舗装の代替として、路面の発光機能や透水・排水機能などを付加でき、メンテナンス性と即応性が向上。
- そのブロック構造は、日本の建設業界が抱える人手不足とインフラ老朽化という課題に対し、維持管理の効率化に貢献。
日本でEVがなかなか普及しない一番の理由が、走行距離の短さだ。その問題を解消するため、バッテリーは年々進化しており、今では走行距離が700kmを超える車種も登場している。また、充電設備も高性能化が著しく、充電にかかる時間を大幅に短縮できる急速充電器も開発されている。
こうしたなか、EVをわざわざ充電スポットで充電するのではなく、走行中に常時給電できればより効率的との考えから、「走行中無線(ワイヤレス)給電技術:DWPT(Dynamic Wireless Power Transfer)」(以下、DWPT)が開発され始めた。道路に埋め込まれたコイルから走行中のEVのバッテリーに給電するシステムだ。
DWPTのメリットは、充電の手間が省けるだけではなく、大容量バッテリーが不要となることだ。バッテリーが小型になれば、貴金属の使用量も削減でき、製造時のCO₂排出量も減るなど、環境面でも大きなメリットがある。
一方、大規模なDWPTシステムを構築する場合、多大な費用がかかることが懸念されるが、実際に敷設工事が必要になる距離は、高速道路では車線の7〜10%程度にとどまるとの研究結果もある。(参考:EVインフラの最適解:走行中ワイヤレス給電はピンポイント設置でOK 2024.12.17)すなわち、道路一面にまんべんなく設備を敷き詰める必要はないのだ。
そのような状況下、興味深い新技術が開発された。従来のアスファルト舗装の代替としての高機能化舗装がそれだ。
マルチペイブ™とは
株式会社大林組がトヨタ自動車株式会社未来創生センター、株式会社豊田中央研究所、大林道路株式会社と共同開発したその技術は「マルチペイブ™」と名付けられた。
従来のアスファルト舗装の代替として、迅速・容易に更新が可能で、設置箇所の条件により、交通上の注意喚起を促す路面の発光機能や、豪雨などへの備えになる透水・排水機能などを付加できるのが特徴だ。

出典)株式会社大林組
マルチペイブ™は、高機能化路版と呼ばれるコンクリートブロックをゴム付き連結板で固定する構造を採用している。これにより、アスファルト舗装に比べて熱変形の影響を受けにくく、路面の発光や透水・排水などの機能追加および路面ブロックの保守・交換が容易となり、メンテナンス性と即応性が向上する。(なお、現時点で走行中の車両への給電機能は搭載していない)。
大林組技術研究所内の実証フィールドでの検証では、マルチペイブ™の有効性が具体的な数値で確認された。まず耐久性だが、車両重量約20tのダンプトラックが走行する実験を行ったところ、段差の増分は約97%が維持・管理基準値の5.0mm以内に収まった。これにより、アスファルト舗装と遜色ない高い耐久性が証明された。
また施工性では、高機能化路版の取り外しから再設置までの交換作業時間を測定した結果、約5分で完了した。交換が容易なブロック構造のため、路版のメンテナンス性・即応性が向上することがわかった。

出典)株式会社大林組
交通事故削減への「インフラからの警告」
交通安全対策といえば自動運転技術に関心が集まりがちだが、マルチペイブ™はインフラ側から交通事故を減らすことに貢献できる可能性がある。
具体的には、横断歩道への利用が想定される。歩行者が近づいた時に、路面に埋め込まれたLED光源ブロックを赤く点滅させれば、ドライバーに直接的な警告となる。信号機のない横断歩道での事故や夜間の歩行者事故に対し、路面から運転者に注意喚起するという新しいアプローチで対応することができる。

出典)株式会社大林組
また、マルチペイブ™のブロック構造は、日本の建設業界が長年抱える人手不足とインフラの老朽化という課題に対する解決策となる。
理由として挙げられるのは、コンクリート製であるマルチペイブ™の耐久性だ。初期施工コストは現時点で一般的な舗装よりはかかるが、長期的な維持管理費用は削減できる見込みだ。老朽化が進む日本のインフラ維持管理費用の増大を食い止める可能性がある。
またマルチペイブ™は、下面の溝を連結板にはめ込むだけで固定できるシンプルな構造のため、交換が容易だ。60cm角のブロックなら、油圧ショベルで数分で交換できる施工性が実証されている。
この省力化と迅速化は、日本の建設技能者の減少(2035年までに2020年比で2割~3割減の予測)という構造的な課題に対し、インフラの維持管理を効率化する具体的なソリューションとなる。(参考:一般財団法人建設経済研究所『建設技術者・技能労働者数の将来推計と需給ギャップ」)
また、実証試験では、透水性の高いポーラスコンクリート(注1)と、ブロック下の連結板を組み合わせることで、高い排水能力を確保し、近年の気候変動による道路冠水リスクに対応する可能性も示されている。
大林組は今後、公道に近い環境下で施工実証を続けるとともに、新たなモビリティに関する技術の進展に合わせて、さまざまな機能を付与した路版の開発を進めることで、将来のスマートシティを含む都市のインフラ基盤構築に貢献していきたい、としている。

出典)株式会社大林組

出典)株式会社大林組
あとがき
DWPTの開発において、克服すべき最大の課題は技術そのものから、標準化と社会実装のスピードへと移行している。米国、欧州、中国では、官民を挙げた熾烈な実証実験が進み、国際標準規格の策定を目指しているのが現状だ。
マルチペイブ™は、「舗装のブロック化」と「多機能化」という独自の強みを持っている。この技術を真に活かすには、単なる技術開発で終わらせず、国を挙げた普及の取り組みが不可欠である。
EVワイヤレス給電協議会の堀洋一会長は、DWPTの意義を、「電池は必要最小量積むのがよい」という理念に基づき、EVの低コスト化と普及を加速させる「究極の経路充電」であると強調する。その上で、「DWPTがいま世界中で熾烈な開発競争下にある事を挙げ、「日本が技術で勝って施策で負ける」事があってはならない、と訴えている。
現時点でマルチペイブ™に非接触給電機能は搭載されていないが、将来的にこの舗装を通じて走行中のEVに非接触連続給電が実現すれば、EVは高価で重量のある大容量バッテリーを小型・軽量化できる。これにより、リチウムやコバルトといった希少金属資源への依存度を下げ、EVの製造コストと車両重量を抑制することが可能となる。
エネルギー供給、交通安全、そしてインフラ維持管理という3大課題を解決するこのプラットフォームを、日本が国際的な遅れを取らず、世界に先駆けて実装できるか。マルチペイブ™の今後の進化とその可能性に期待したい。
- 10~25%の連続空隙をコンクリート版内に形成することで、水または空気の透過性を付与したコンクリート
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