写真)みずのゆめの水耕栽培システムの概念図
ⓒ株式会社あゆち
- まとめ
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- 水耕稲作はニッチな技術だが、超矮性品種『みずのゆめ稲』により、従来の稲作が困難だった場所での栽培が可能になり、食料供給の分散化とフード・レジリエンス向上に貢献。
 - 量産化には環境制御技術の最適化やエネルギーコスト削減が課題だが、メタンガス排出量削減や無農薬栽培など、環境・健康面での社会的インパクト大。
 - この技術は、国内外の農業課題解決と国際貢献の可能性を秘めている。
 
 
2024年夏ごろから今年にかけて発生した「令和の米騒動」。米の供給不足と価格高騰を招き、政府が備蓄米を放出するに至った。さらに政府は米の増産の方針も示している。
稲作については、以前、「節水型乾田直播栽培」(生産性向上と環境負荷低減を実現する「節水型乾田直播栽培」の可能性 2025.10.14)について紹介した。これは、田んぼに水を張らず乾燥した状態で直接タネを播くことで、水管理の手間を軽減し、労働時間の削減やメタンガス排出量の削減につながる栽培方法である。持続可能な稲作の実現に向けた、環境と効率の両面に配慮した取り組みである。
こうした取り組みに加え、兵庫県のベンチャー企業株式会社あゆちが、稲作の新たな可能性を模索する技術開発として、新品種『みずのゆめ稲』を開発した。
いずれの技術も、持続可能な稲作の未来を切り拓く重要な取り組みであり、地域や環境に応じた多様なアプローチが広がっていることを示している。
今回は後者の超矮性(ちょうわいせい 注1)・早生型(わせがた 注2)品種「みずのゆめ稲」の取り組みについて紹介する。これは田んぼを必要としない多段式水耕栽培を可能にし、年間最大6回の収穫(6期作)を目指すことができるという画期的な主食生産モデルだ。この技術は、世界的な食料問題と、日本が抱える農業の構造的課題を同時に解決するモデルとして期待を集めている。どのようなものなのか。
超矮性品種が実現する「工場式」米生産
従来の稲作は、広大な水田と約4〜6ヶ月の栽培期間を必要としてきた。しかし、「みずのゆめ稲」は品種改良により、以下の革新的な特性を実現した。
1超矮性: 草丈が通常の稲の約5分の1にあたる15〜20cmに留まる。これにより、農地ではなく省スペースの閉鎖型施設内での多段式(垂直立体)栽培が可能となった。

2短期収穫: 栽培期間を約2ヶ月に短縮し、理論上、年間に最大6回の収穫が可能で、圧倒的な収穫量増加に繋がる。
3無農薬・安定栽培: 閉鎖型施設内で独自の環境制御技術を活用することで、完全無農薬かつ安定した室内栽培を実現している。

世界の米需要
ここで世界の米の需要を見てみよう。世界の米需要は、人口増加と食生活の変化を背景に伸び続けている。USDA(米国農務省)によると、世界の米生産量は近年増加傾向にあり、2024/25年度の世界米生産予測は、過去最高の5億3,580万トン(精米ベース)、前年比約3%増となった。生産量のトップはインド(約28%)、次いで中国(約27%)が続き、この2か国だけで世界の生産量の過半数を占めている。
消費の増加を牽引しているのは、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国(カメルーン、ナイジェリアなど)であり、経済成長や都市化、人口増加に伴い米需要が急速に伸びている。インドの市場調査会社、Market Data Forecastによると、世界の米市場規模は、人口増加などを背景に2033年までに3,814億6,000万ドル(約58兆円:1ドル=152円換算)、年平均成長率2.36%に達すると予測されており、持続可能な米増産技術への期待は高まっている。
日本が抱える構造的な課題
こうしたなか、日本国内では、米生産を取り巻く環境は厳しい状況にある。
主食用米の国内需要量は、2040年には2020年比で約30%減の493万トンまで減少するとの試算があるものの、異常気象や耕作放棄地の増加により、生産量の維持自体が困難になりつつある。政府が米の増産に動く中、どう生産量を確保していくのかが今後の大きな課題となっている。
また、政府は米の輸出にも前向きだ。現状、日本の米輸出は2024年で約45,000tで、同年生産量7,345,000tの1%にも満たないが、直近5年間で約2.6倍に増加している。これは、海外における日本食レストランやおにぎり店などの需要開拓を進めた結果だとみられる。おもな輸出先はアジアだが、北米や欧州向けも大きく増加している。また、中東など輸出実績が少ない国への輸出も今後拡大していく可能性がある。

出典)農林水産省「米の輸出をめぐる状況について」令和7年10月
そうしたなか、「みずのゆめ稲」は、高齢化や耕作放棄地の増加といった農業の構造問題に対し、「省スペースでどこでも、誰でも」栽培できるモデルを提示することで、将来の米増産をにらんだ農業の構造転換に貢献する可能性を秘めている。
今後の展望:量産化への課題
とはいえ閉鎖環境での水耕稲作は、まだニッチな技術で海外でも商用化された例は少ない。
直近では、中国の新疆ウイグル自治区ホータン地区で、約666.7ヘクタールの砂漠施設農業産業パーク内において3層の垂直立体多層空間水耕栽培技術を採用した実証がおこなわれていると報じられているが、(人民日報(人民網)2024年10月24日)詳細は明らかになっていない。
そのほか、インドやフィリピンなどで、早生矮性米の研究は活発だが、水耕は苗床レベルに留まっており、超矮性特化の商業実証にまで至っていない。
一方、この画期的な水耕稲作技術が社会実装され普及していくには、課題もある。
まず、商品化と量産体制の構築だ。さらなる環境制御技術の最適化や、品種特性の解析が不可欠だ。特に、閉鎖型施設における超高密度栽培では、エネルギーコスト(LED照明や空調)が収益性に直結するため、いかに低コストで安定的な生産を実現するかが最大の焦点となる。
あとがき
この技術が持つ社会的インパクトへの期待は大きい。
「田んぼ不要」であるため、メタンガス排出量を削減し、農薬を一切使わない完全無農薬栽培が実現できる。これは、環境負荷の低減と、健康志向の高まりという現代社会のニーズに合致している。また、米の増産、輸出の拡大という国の方針にも貢献が期待できる。
さらにこの技術は、都市部や砂漠、寒冷地など、これまで稲作が不可能だった場所にも「主食生産のインフラ」を構築する役割を果たす。これは、食料供給の分散化(フード・レジリエンスの向上)に繋がり、国際技術協力の切り札となる可能性を秘めている。
今後、同社は本技術に関心を持つ企業、研究機関、自治体との積極的な連携を通じて社会実装を加速させる方針だ。この革新的な「稲作のかたち」が、持続可能な未来の食料供給体制を築くのか、その動向に注目したい。
- 
							超矮性
草丈(茎の高さ)が極端に低い品種。 - 
							早生型
種まきから収穫までの期間が短い品種。 
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 - エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。
 






