 
						写真)エリートツリー
出典)日本製紙インスタグラム
- まとめ
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							- 日本の人工林の課題に対し、「エリートツリー」はCO₂吸収能力向上と少花粉性を両立する解決策。
- 日本製紙は、エリートツリーを導入し、国内調達強化、脱炭素、エネルギー自給率向上に貢献している。
- エリートツリーは多くのメリットがある一方、花粉症対策、生態系の健全性維持、林業従事者減少の根本解決にはならないといった課題もある。
 
日本の人工林は、伐採適齢期(樹齢50年超)を迎える木々が人工林全体の約51%を占め、CO₂吸収能力の低下や花粉の発生源になるなど、構造的な課題に直面している。
この状況を打開するには、単に木々の伐採を加速するだけでなく、成長スピードの向上とコスト削減を両立させる革新的な技術が必要となる。
この課題に対し、国や研究機関に加え民間企業が中心となり、成長が速くCO₂吸収能力に優れる優良木を人工的に交配・選抜する品種改良、すなわち「エリートツリー」の開発・普及に精力的に取り組んできた。
エリートツリーとは
エリートツリーの開発と品種改良は、主に林野庁の指導の下、国立研究開発法人森林総合研究所(以下、森林総合研究所)が中心となって推進してきた。
優良な形質を持つ木を選ぶ「育種」の取り組みは古く、戦後復興期から進められてきた。森林総合研究所は、全国の国有林や民有林から特に成長が早く、材質が良いスギやヒノキを選び出す作業を重ねてきた。
1980年代に入り、選抜された優良木同士を人工的に交配し、さらに優れた特性を持つ種苗を開発する段階に進んだ。これが現在のエリートツリーの基礎となった。
特に近年、地球温暖化対策としてのCO₂吸収能力と、花粉症対策としての少花粉性という、2つの機能を兼ね備えた品種改良が加速した。これら高性能な種苗が、「エリートツリー」として定義され、現在、日本製紙のような企業がその増産と大規模利用に乗り出している。

日本製紙のエリートツリー戦略
ここで、日本製紙の「エリートツリー」戦略を見てみる。同社が「スゴイ苗™」と名付けたエリートツリーは、従来の1.5倍速く育つ高成長品種で、花粉量は半分以下だという。これは単なる林業の効率化という枠を超え、脱炭素とエネルギー自給率向上のフロンティアを開拓する動きとして、今、多方面から注目を集めている。

出典)日本製紙
日本製紙は、所有する国内約400カ所、総面積約9万ヘクタールの社有林のエリートツリー化を進め、2030年度までにエリートツリー苗1,000万本生産体制を構築する計画だ。これは、同社の製紙原料の国内調達を強化するだけでなく、成長性の高いCO₂吸収源を戦略的に増やしていくという決意の表れともいえよう。
エリートツリーは、育てた苗木を山に植える「植付け」初期の成長が早いため、保育作業で最も作業負荷が大きい下刈り(苗木の成長を助けるために、周囲の雑草や雑木を刈り取る)作業の大幅軽減が見込め、これによりコスト削減や人手の確保が可能となる。また、伐期の短縮による早期の資金回収など、林業の課題解決が期待されている。
エリートツリーのメリット
あらためてエリートツリーのメリットをまとめてみると、
1番目は、CO₂吸収能力の向上と伐採サイクルの加速だ。樹齢40年を超えると、スギ・ヒノキはCO₂吸収量が大きく減少する傾向にある。エリートツリーは従来の木よりも成長が速く、早期に伐採・再造林を循環させることで、森林全体のCO₂吸収能力を高めることができる。
2番目は、担い手不足の解消とコスト削減だ。林業従事者数が激減し、高齢化が深刻な日本の林業において、エリートツリーは再造林・育林のハードルを下げる。
3番目は、エネルギー自給率と経済安全保障への貢献だ。日本製紙の国内材の比率は約4割と製紙業界の中では高いが、そのほぼ全量が製材工程で発生する端材、もしくは製材には向かない丸太である。つまり、エリートツリーにより国産材が増えて林業が盛んになれば、国産製紙原料が増えるとともに、木材自給率が上昇し経済安全保障上の強みにもなる。また、木材の安定調達だけでなく、紙やバイオマス製品や再生航空燃料(SAF)の原料となるバイオエタノールの原料ともなる。
エリートツリー戦略は、特に日本のバイオマス産業が抱える「輸入依存」の構造的な問題を解決する鍵となる。現在、国内のバイオマス発電用燃料(木質ペレットなど)は、コストや供給安定性の観点から輸入材に大きく依存している。国内産ペレットは、「伐採・加工・輸送」にかかるコストが高く、輸入材に比べて価格競争力で劣勢に立たされているのが現状だ。
一方、エリートツリーは、伐期を30年に短縮することで投資回収期間を大幅に短縮する。林業事業者の収益性が向上し、サプライチェーン全体のコストダウンが可能になる。供給量が増えれば規模の経済も働き、国産ペレットが輸入材に対し価格競争力を持つ可能性も高まるだろう。
「エリートツリー」が提起する課題
このイノベーションが持続可能であるためには、いくつかの課題をクリアする必要がある。
エリートツリーの導入が直面する最大の課題は、国民的な懸念である花粉症対策との両立だ。しかし、この課題は技術によって克服されつつあるのだ。国は、「花粉を増やさない林業」を明確に目指している。林野庁は2033年度までに、花粉発生源のスギ人工林を約2割減少させると同時に、植え替える苗木の9割以上を少花粉品種にする目標を掲げている。これを受け、研究機関は、高成長というエリートツリーの利点を維持したまま、花粉をほとんど出さない「少花粉スギ品種」の開発に成功している。つまり、エリートツリーの推進は、早期の伐採と少花粉品種への植え替えを同時に加速させることで、将来的な花粉飛散量の削減にも貢献するという、技術的な両立が可能となりつつあるのだ。
エリートツリー導入のもう一つの大きな課題は、生態系の健全性の維持だ。特定の優良品種に偏って植林を進めると、森林の遺伝的多様性が失われてしまい、もし新しい病害虫が発生した場合、森林全体が一度に壊滅するリスクを高めてしまう。したがって、人工林のエリートツリー化にあたっては同じスギであっても複数の品種を用いつつ、経済性を重視する森林、広葉樹が混在する森林など異なる性質の森林を場所や地形に応じて適性に配置し、地域全体として多様性を確保するような計画的な管理が不可欠となる。
3番目の課題は、エリートツリーは「省力化」には貢献するが、林業従事者数の減少という根本的な課題は解決しないということだ。したがって、持続可能な林業を確立するためには、若い人材の新規就業者確保と定着率向上が不可欠だ。これには、労働環境の抜本的な改善、賃金の安定化、そして多様なスキルと意欲を持つ人材を国内で育成し、広く活用する多角的な政策が求められる。エリートツリーによる収益性向上が、これらの根本課題解決の投資財源となることが期待される。
あとがき
この「エリートツリー」は、林業が衰退産業ではないことを証明する技術の結晶だ。伐採と植え替えのサイクルを加速させ、CO₂吸収能力を1.5倍に高めるこのイノベーションは、日本の森を「資源」として再起動させる鍵となる。あとは、この優れた技術を、花粉症対策と両立させながら、いかに国のフロンティアとして全国の山林に広げていけるかがかぎとなりそうだ。
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