
写真)工場内に整列するヒューマノイド(イメージ)
出典)PhonlamaiPhoto/GettyImages
- まとめ
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- 世界のヒューマノイド市場は急拡大、海外勢は実用化を加速。
- 日本は産業用ロボットで成功も汎用ヒューマノイド開発で遅れが課題。
- 日本の強みとAI融合、産学官連携で成長市場での主導権再獲得が可能。
ヒューマノイド(人間の形状や動きを模倣するように設計されたロボット)といえば、2000年に発表された本田技研工業のASIMOを思い出す人もいよう。当時は2足歩行のロボットは珍しかったのでかなり話題になったが、その後、ヒューマノイドの分野で日本企業の名前を聞くことは少なくなった。
しかし今、世界のヒューマノイド開発は驚くべきスピードで進んでいる。なぜ、ヒューマノイド市場が急成長を遂げているのか。日本の現在地と課題を考える。
世界のヒューマノイド市場
世界のヒューマノイド市場は、驚異的なスピードで拡大するとの予測がある。今後10年で市場が数十倍規模に拡大するというのだ。
市場調査会社のPrecedence Researchは、2024年に15億7,000万米ドル(約2,355億円:1ドル=150円換算)の米国ヒューマノイド市場が、2034年にかけて年平均成長率17.30%で成長し、2034年までに約77億5,000万米ドル(1兆1,625億円)を超えると予測している。Fortune Business Insightsは、世界のヒューマノイド市場が、2032年に660億米ドル(9兆9,000億円)へと急成長(年平均成長率45.5%)すると予測している。その約4割はアジア太平洋地域が占めるという。
米投資銀行のモルガン・スタンレーのリポート、「世界のヒューマノイドメーカー100社」の以下の図を見ると、ヒューマノイド市場の裾野の広さと関連する企業の多様さがわかる。

ヒューマノイド市場の爆発的成長の背景には、生成AIの飛躍的な進化、ハードウェアの進化とコストダウン、そして世界共通の課題である深刻な労働力不足がある。特に、大規模言語モデルの登場が大きい。ロボットはそれにより人間の言語指示を理解し、自律的に行動計画を生成する能力を飛躍的に向上させることができるようになったのだ。
現在、この市場を牽引しているのは、米EVメーカーのテスラや米ロボット企業のBoston Dynamics、Figure AI、Agility Robotics、それにカナダ、中国、台湾などのロボットベンチャーだ。彼らは巨額の資金を調達し、自動車工場や物流倉庫といった導入先と連携しながら、実用化に向けた開発を猛スピードで進めている。「完璧な機体」を追求するより、「まず実環境で動かし、データを収集して改良する」という、いわゆるアジャイルな開発スタイルが、市場投入までの時間を劇的に短縮していると思われる。
以下の動画を見てもらいたい。海外のヒューマノイドの性能は、「バク宙」ができるレベルにまで達している。
また次の動画は米国と中国のヒューマノイドだが、荷さばきを実にスムーズにおこなっていることに驚かされる。
出典)Figure AI
次に日本の立ち位置を見てみよう。
産業用ロボット大国「日本」の課題
実は日本は長年、世界一の産業用ロボット大国として君臨してきた。自動車工場などで活躍するアーム型ロボットに代表されるように、特定の作業を高速かつ高精度に、24時間こなし続ける「特化型」のロボットを磨き上げ、製造業の生産性向上に貢献することで、日本のロボット産業は世界市場を席巻してきた。この成功体験が、日本のヒューマノイド開発を遅らせたとの見方がある。

もちろん、ヒューマノイド研究の歴史がなかったわけではない。先に述べたように、本田技研工業の「ASIMO」は、二足歩行技術の象徴として世界に衝撃を与えた。しかし、ASIMOはあくまで研究開発レベルであり、その技術が産業応用へと発展し、市場を創出するには至らなかった。
日本が産業用ロボットの精度と効率を追求している間に、世界では全く異なるパラダイムシフトが起きた。彼らが目指したのは、特定の作業に特化した機械ではなく、人間と同じ環境でさまざまなタスクをこなす汎用的な労働力としてのヒューマノイドだった。その頭脳となるAIソフトウェアの開発に巨額の投資が集まり、ハードウェアは「知能」を搭載するためのプラットフォームと位置づけられた。この戦略的な視点の違いが、現在の日本の立ち遅れに繋がっている。

また、社会実装のスピードと規模の違いも日本がヒューマノイド開発で立ち後れた原因のひとつだ。海外の有力ロボットメーカーは、BMWやAmazonといった導入先と早期に連携し、工場や倉庫などの実環境でロボットを動かす実証実験を積極的におこなってきた。現実世界の膨大なデータを収集することで、AIの学習を加速させることが可能になったのだ。一方日本では、安全性を重視する風土から、実環境での実証実験が進みにくく、研究室レベルでの開発に留まりがちだ。その結果、社会実装へのサイクルが遅れるという問題を抱えている。
また、これまで国家として「汎用ヒューマノイド開発」に対する明確な司令塔や統一戦略が欠けていた。国家戦略である「ロボット新戦略」は2015年から10年間も更新されて来なかった。各企業や大学、研究所が個別に研究を進める「縦割り」構造になっており、国全体の技術力やリソースを結集できていなかった。
編集長の目~日本復活への道筋
こうした課題は山積しているが、日本のヒューマノイド産業がライバルに追いつき、世界をリードする可能性は残されている。
今年6月の政府の「骨太方針2025」において、「AIや先端半導体の実装先となるロボットについて、2025年度中に、実装拡大・競争力強化に関する戦略を策定する」と明記されたことはまさにその第一歩だ。
今後必要なのは、日本が誇るハードウェア技術の深化だろう。特に精密な制御を可能にするモーターや減速機といった「お家芸」を最大限に活かすことが求められる。汎用性で先行する海外勢に対し、「高信頼性」や「高耐久性」が求められるプラント特化型ヒューマノイドといった高付加価値な領域で差別化を図る戦略は、日本の強みを最大限に活かす道筋となるだろう。
そして何より重要なのは、日本特有の「自前主義」からの脱却だ。国内外の優れたAI技術を積極的に取り込むオープンイノベーションを加速させ、日本の優れたハードウェアと世界の最先端AIを組み合わせた開発体制を早急に構築しなければならない。さらに、プラント事業者などの施設をヒューマノイド開発の実証フィールドとして提供するなど、産学官が一体となったエコシステムの構築は喫緊の課題だ。
ヒューマノイドはもはや遠い未来の夢物語ではなく、私たちの社会と産業に革命をもたらす「今そこにある未来」の技術だ。「産業用ロボット」の成功体験に安住することなく、その技術的蓄積を最大限に活かしながら、いかにAIを取り込み社会実装へと繋げていくかが、今問われている。
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