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Vol.108 エネルギー自給の切り札!日本の地下で進む「人工天然水素開発」

写真)地下から噴出するメタンガスが燃えている様子 トルコ・チマエラ

写真)地下から噴出するメタンガスが燃えている様子 トルコ・チマエラ
出典)Whitworth Images/GettyImages

まとめ
  • 天然水素は、地中の「かんらん岩と水」の化学反応で生成されるクリーンエネルギーで、長野県白馬村などで確認されている。
  • 日本では、地下のかんらん岩層に人工的に熱水を送り込み水素を製造・回収する「人工地下水素製造」の研究が進んでいる。
  • この技術は、クリーンエネルギー供給、エネルギー自給率向上などのメリットがある一方、探査・回収技術、安全性、経済性などの課題がある。

地中や海底などに自然に存在する「天然水素」。膨大な埋蔵量があると見込まれ、新たなクリーンエネルギーとして脚光を浴びている。「ホワイト水素」、「ネイティブ(Native)水素」などとも呼ばれている。(参考記事:新エネルギーの"ゴールドラッシュ"となるか!?「天然水素」とは 2024.06.04)

天然水素の生成メカニズムの一つとして有力視されているのが、地球のマントルなどに豊富に存在する「かんらん岩」と水が関わる化学反応だ。鉄分を多く含み、地球のマントルを構成するかんらん岩は、海水と反応・変質して蛇紋岩(じゃもんがん)となる。この「蛇紋岩化反応」と呼ばれるプロセスで副産物として水素(H₂)が発生する。

写真)蛇紋岩
写真)蛇紋岩

出典)tyak_factory/GettyImages

この現象自体は古くから知られていたが、エネルギー資源としての価値が見出されたのは比較的最近のことだ。

天然水素の産出地として有名なのは、世界で初めて商業的に成功したアフリカ・マリのブーラケブーグー(Bourakébougou)などだ。最近では、フランスのロレーヌ鉱山盆地(モーゼル地域)で大規模な天然水素の貯留が確認された。

スペイン、オーストラリア、米国などでも有望な地域が見つかっており、スタートアップ企業がつぎつぎと参入、天然水素の探査や試掘が活発化している

そして日本でも天然水素が存在している。長野県白馬村の断層帯で発生している高濃度水素ガスが有名だ。白馬八方尾根地区には広範囲で蛇紋岩が地表に現れており、この蛇紋岩と熱水が反応してできた温泉が白馬八方温泉だ。強アルカリ性で、水素含有量が非常に高く、日本唯一の天然水素温泉として知られる。

写真)八方の湯
写真)八方の湯

出典)一般社団法人白馬村観光局

人工的に水素を製造する研究

一方、日本では、地下のかんらん岩層に人工的に熱水を送り込み、水素を製造・回収する「人工地下水素製造」の構想が動き出した。

東京大学 辻 健 教授らの研究グループは、長野県の白馬エリアをフィールドに、水素がどのように生成され、地中に貯留されているのか、そしてどうすれば効率的に回収できるのか、研究を進めている。

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2025年5月、2040年以降の新産業創出を目指す「フロンティア育成事業」の始動を発表。その中で、「地下未利用資源の活用」領域の研究課題として「天然水素」を設定した。2025年度中にも国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)などを中核とする研究チームへの支援を開始する。

地下水素がもたらすメリット

地下の「水素工場」ともいうべき「人工地下水素製造」の仕組みは比較的シンプルだ。まず、地下のかんらん岩層を探査し、位置を特定したら、地上から熱水を注入するパイプを掘削する。注入された熱水がかんらん岩と接触し、「蛇紋岩化反応」が進行し、水素が発生する。発生した水素ガスをもう一方の回収用パイプを通じて地上に取り出すというもの。

そのメリットは:

第一に、水素がクリーンエネルギーである点だ。水素は燃焼時にCO₂を排出しない。製造過程においても、蛇紋岩化反応という自然の化学反応を利用するため、化石燃料を燃やす必要がない。これは、カーボンニュートラル達成を目指す上で大きな利点だ。

第二に、国産エネルギー資源である点だ。日本はエネルギー資源のほとんどを海外からの輸入に依存しており、エネルギー自給率はわずか12.6%に過ぎず、常にエネルギー価格の高騰や供給不安のリスクと隣り合わせといえる。そのため、日本列島の地下に眠るかんらん岩から水素を取り出すことができれば、エネルギー安全保障に寄与することは間違いない。

今後の課題

もちろん、この壮大な構想の実現までには、いくつかのハードルが存在する。まず、技術的な課題だ。

  • 適地探査:
    そもそも、どこにどれくらいの深さで、水素製造に適したかんらん岩層が分布しているのか、全国的な地質調査が必要だ。
  • 発生量と回収率の予測:
    地下に実際、どれくらいの量の水素が存在し、そのうち何パーセントが回収できるのか、正確に予測することが求められる。
  • 技術開発:
    採掘技術や輸送・貯蔵技術を新たに開発する必要がある。また水素分子は非常に小さく、地層のわずかな隙間から拡散しやすい。発生した水素を効率的に回収する技術を確立することが必要。
  • 水素の純度:
    回収した水素ガスに、メタンや硫化水素など他の物質が含まれている場合、地上での精製工程が必要となる。コスト要因となるため、同工程のコスト削減が課題となる。

また、安全性と環境への影響も無視できない。地下に水を流し込む際に地層へひびを入れる「フラクチャリング」という手法は、環境への影響や小規模な地震を誘発する可能性が指摘されている。慎重なリスク評価と安全対策が不可欠となる。

最後に最も重要なのは、経済性だ。今後の技術の確立次第では比較的少ないエネルギー入力で大量の水素を安価に生産できる可能性があるものの、天然水素の価格は未知数だ。他の方法で製造される水素より安くならなければ競争力はない。初期投資に見合う経済性が確保できるかが鍵となる。

展望

みずほリサーチ&テクノロジーズでエネルギー分野の調査を担当する神矢彩花氏は、「天然水素は日本においてもポテンシャルが期待される低環境負荷な天然資源であり、早期に国内の研究開発や探査に取り組むべきだと考える。そのためには政府支援体制の構築が必須であり、今後の産官学一体となった取り組みが進められることを期待する」と今後の研究開発に期待を寄せる。

初期投資を回収し、他のエネルギー源と競争できるだけの経済性を証明するには、長期的な視点での研究開発と実証が欠かせない。道のりは平坦ではないが、エネルギー資源に乏しい日本にとって、この「フロンティア領域」への挑戦は、未来を切り拓くための重要な一手だ。地球の深部に眠る無限の可能性に賭けた研究者たちの挑戦が、今、始まっている。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。