
写真)サーバーと風力発電所(イメージ)
出典)SanderStock/GettyImages
- まとめ
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- データセンターの電力消費増大に対し、再生可能エネルギーを活用した「ワット・ビット連携」が注目されている。
- 政府も推進しており、地域振興や災害対策、エネルギー自給率向上など多岐にわたる効果が期待されている。
- 課題はあるものの、日本のエネルギー・デジタル社会を大きく変える可能性を秘めている。
生成AIの普及によるデータセンターの電力消費急増は、持続可能な社会の実現に向け、大きな課題となっている。(参考:「Chat GPTが温暖化を加速させる」2023.07.18,「データセンター新時代:電力と水を最適化する冷却革命」2025.03.11)
そうしたなか、IoTとAIを活用したエネルギー管理プラットフォームが注目を集めている。それが、「ワット・ビット(Wattabit)連携」だ。ワット(Watt)は電力、ビット(bit)は情報通信の単位で、電力インフラと情報通信インフラの連携を意味している。
AIを動かすデータセンターの電力需要を、太陽光や風力、原子力などの再生可能エネルギーでまかない、CO₂の排出量を極力出さない社会を目指す。同時に、データセンターを東京や大阪だけでなく、電気をつくりやすい北海道や九州に分散させ、地域振興を図ることが目標だ。
たとえば、北海道は広大かつ風況に恵まれており、大規模な風力発電所の設置に適している。陸上だけでなく、洋上風力発電のポテンシャルも高い。しかし、道内の電力需要だけでは、その膨大な発電能力を活かしきれないのが実情だ。そのため、電力需要が大きい本州、特に首都圏などに北海道で発電したクリーンな電力を供給することが検討されている。また、北海道と本州を結ぶ主要な手段として、大容量の海底直流送電ケーブルの敷設も計画されている。
一方で、北海道の風力発電を道内に新設するデータセンターに使えば、電気をわざわざ遠くに送る手間やコストが減る。風力でつくった電気をその場でデータセンターに供給できるから効率的だ。さらに、高速インターネットを使えば、データセンターで処理した情報をスムーズに全国や世界に送ることができる。
政府の取り組み
政府もワット・ビット連携を積極的に推進している。
2025年2月の「GX2040ビジョン~脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 改訂~」では、脱炭素と経済成長を両立する戦略としてワット・ビット連携を掲げた。また総務省の「デジタル田園都市国家インフラ整備計画(改訂版)」でも、北海道や九州にデータセンターを増やす計画が進んでいる。
2025年3月には、国と企業が集まる「ワット・ビット連携官民懇談会」がスタートし、2040年までの実現を目指している。今後の対応として、中〜長期的には「新たに電力・通信インフラを整備する特定エリアにデータセンターの立地を促す」としている。

ワット・ビット連携の効用
ワット・ビット連携は、環境、経済、社会にポジティブな影響を与える。
1つ目は、CO₂排出量が少ない社会の実現に貢献することだ。三菱総合研究所の試算によると、データセンターの電力需要の一部を北海道に移転すると、北海道での再生可能エネルギー(太陽光および風力発電)の出力抑制率(注1)は▲2〜4ポイントとなった。出力抑制の緩和によって有効活用されるようになった電力が、他エリアのLNG火力による電力を代替したと考えると、燃料費として25〜54億円、CO₂として12〜27万トンの削減効果に相当すると、三菱総合研究所は試算している。
2つ目は、地域振興に寄与する点だ。データセンターを北海道や九州に設ければ、その建設や運営で新規の雇用が生まれる。データセンターに電力を供給する風力発電事業者は、出力抑制の緩和によって追加的収入が見込まれる。その結果、データセンターの従業員の雇用のみならず関連企業の進出の機会が増え、地方の商店やサービス業も活性化して地域の税収が増える。それにより、学校や病院の整備に役立つなど、地域経済にとっての好循環が期待される。
3つ目は、災害レジリエンスを強化する点だ。データセンターを全国に分散させれば、仮に地震や台風で一部が停止しても、クラウドサービスへのアクセスは維持することができる。たとえば、北海道のデータセンターが東京のバックアップになれば、災害時の情報共有がスムーズになるなど、災害レジリエンスが強化される。
4つ目は、エネルギー自給率が上がることだ。日本は化石燃料を輸入に頼っているが、ワット・ビット連携は、国内の風力や太陽光など再生可能エネルギーにより電力をまかなう。その結果、エネルギー自給率が上がり、燃料価格変動や紛争などの影響を受けにくくなり、経済安全保障が強化される。
5つ目は、AIやデジタル社会の成長を後押しすることである。ワット・ビット連携によりデータセンターの電力が確保されることで、AIやデジタル技術を活用しやすい基盤が整備される。これにより、医療分野におけるAI診断支援の高度化や、スマート農業などデータを活用した効率化のさらなる進展が期待される。企業におけるDXも持続的に展開され、経済全体の活性化につながることが見込まれる。
6つ目は、企業がエコ投資をしやすくなる点だ。ワット・ビット連携を前提にデータセンターを設けた場合、CO₂削減などの効果が数字で示しやすくなり、企業の環境貢献度が可視化される。たとえば、風力や太陽光の再生可能エネルギー電源を使うデータセンターに投資することで、非化石証書(非化石エネルギーで発電された電気の環境価値を証明する証書)の取得ができ、環境配慮を対外的にアピールすることが可能となる。これにより、企業は投資成果を株主や顧客に説明しやすくなるとともに、エコ投資や脱炭素経営の取り組みが一層促進されることが期待される。
課題と対策
このようにさまざまな効果が期待されるワット・ビット連携だが、以下のような課題もある。
1つ目は、多額の投資コストだ。データセンター、再生可能エネルギー施設、地域間連系線の整備には巨額の初期投資が必要であり、民間企業の投資意欲を制約する。対策としては、政府がグリーンボンドや税制優遇を活用し、民間投資を促進したり、非化石証書の運用を簡素化し、投資回収の予見性を高めたりすることで、企業が参入しやすい環境を整備することが求められる。
2つ目は、地方インフラの未整備だ。地方では高速通信網や電力系統のインフラが不足し、AIやデータセンター運用に必要な専門技術者も不足している。対策としては、官民連携で通信・電力インフラを整備し、産学連携による技術者育成プログラムを拡充することが考えられる。
3つ目は、再生可能エネルギーの不安定性だ。風力や太陽光は天候に拠るため、データセンターの24時間稼働に必要な安定した電力供給を確保するのが難しい。系統運用の複雑さも課題だ。対策としては、原子力や蓄電池を補完的に活用し、発電電力の変動を抑制することや、スマートグリッド技術を導入し、電力余剰時にAIの計算負荷をシフトすることでデータセンターの運用を最適化することが必要となる。
4つ目は、投資環境の不確実性だ。CO₂削減効果や投資回収期間の不明確さ、非化石証書の複雑な運用ルールが企業の投資意思決定を阻害する。対策として、CO₂削減や投資回収モデルの定量化と透明なガイドラインをつくることや、非化石証書の運用を簡素化し、企業のESG投資を後押しすることが必要だ。
5つ目は、技術人材の不足だ。AIやデータセンターの運用には高度な技術人材が必要だが、日本の教育・雇用市場においては不足している。対策としては、産学連携による技術者育成プログラムの強化や、海外からの専門人材招聘などが考えられる。
将来展望
見てきたように、ワット・ビット連携は、2040年に向けて日本のエネルギーやデジタル社会を大きく変える可能性がある。ワット・ビット連携は、AIのさらなる活用と脱炭素化を同時に達成していくための鍵であり、シンガポール、韓国、オーストラリアなど、データセンターの電力需要増に直面するアジア諸国にとっても関心の高いテーマだ。今後、日本がこの分野で技術や制度の整備を急ピッチで進め、国際技術協力を図っていけば、日本企業のグローバル展開の糸口にもなりうる。今後ワット・ビット連携をいかに加速させるかが重要になってくるだろう。
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出力抑制率
エリアの需給バランスの観点から必要とされる再エネの出力抑制の比率。例えば出力抑制がなければ100kWhの発電ができた場合でも、出力抑制が5%で実施されると95kWh分の発電しかできないことになり、5%分は発電事業者の立場からすると機会損失として捉えられる。(参考:三菱総合研究所)
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