
写真)BWRX-300の概念図
出典)株式会社日立製作所
- まとめ
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- 世界のエネルギー情勢が変化する中で、SMRの開発が加速しており、日本企業も積極的に参入している。
- 日立GEのBWRX-300は、カナダでの実用化プロジェクトが進行中。
- 日本がSMR分野で世界をリードするためには、資金調達、人材育成、規制環境整備、サプライチェーン強化が課題。
日本のエネルギー政策において原子力発電のあり方は、常に国民的な議論を呼んできた。直近でも、北海道電力泊原子力発電所3号機の安全審査合格や、東京電力柏崎刈羽原子力発電所の追加検査決定といったニュースが報じられている。東日本大震災以降、停止した既存の原子力発電所の再稼働問題や、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉という長期的な課題は、依然として社会の大きな関心事である。
第7次エネルギー基本計画では原子力の「最大限活用」が方針として示されているが、日々の報道に触れる中で、国内の原子力産業は目の前の課題への対応に追われ、未来に対して具体的な希望や前向きなイメージを持ちにくいと感じる方も少なくないだろう。
一方、世界に目を転じると、エネルギー情勢は地政学的リスクの増大や脱炭素化への喫緊の要請によって大きく揺れ動いており、このような国際情勢のもと、従来の大型炉が抱える課題を克服し、安全性、経済性、運用柔軟性を飛躍的に向上させると期待される次世代原子炉、特に「小型モジュール炉(Small Modular Reactor : 以下、SMR)」の開発が加速している。そうしたなか、日本企業が有する高い技術力と経験が重要な役割を果たし、一部では世界をリードする動きも見せている。
SMR市場のポテンシャルとGXへのインパクト
SMRは次世代原子炉のひとつである。以前こちらの記事で触れた。(「次世代原子炉の可能性」2022.10.18)その特徴を復習する。SMRは一般的に出力30万kW以下(通常の原子力発電所の出力の約3分の1)の原子炉を指す。従来の大型軽水炉が抱える建設長期化、初期投資の増大、立地選定難といった課題への対応策として急速に台頭した。
最大の特徴は、主要機器を工場で製造し現地で組み立てる、いわゆる「モジュール工法」により、工期短縮とコスト削減を実現する点だ。小型であるため炉心冷却が容易で安全性向上に繋がる。また、立地自由度も高まるため、再エネ補完、離島・工業地帯への電力・熱供給など多様なニーズへの対応が期待されている。
SMRの世界市場は今後急速に拡大すると予測されている。IEAによると、SMRの建設コストが今後15年間で大型原子炉と同じレベルまで引き下げられれば、2050年までに1億9,000万kWの導入が見込まれ、SMRの世界全体の累積投資額は2050年までに9,000億米ドル(約130兆円:1ドル=145円換算)となるという。この巨大市場は関連企業に大きなビジネスチャンスをもたらし、世界のエネルギー需給構造に変革をもたらす可能性が高い。
もう一つ興味深いのは、SMRは新しい技術にもかかわらず、資金調達の面で有利だということだ。SMRはモジュール設計が優れているため、建設期間が大幅に短縮され、大型原子炉よりも最大10年早くキャッシュフローが損益分岐点に達すると予想されている。データセンターを支えるIT企業の強力な信用格付けも、このセクターをターゲットとするSMRプロジェクトへの資金調達を円滑にする可能性がある、とIEAは予測している。
IT企業がSMRの電力を求める理由は、データセンターの急増する電力需要への対応と、脱炭素化目標の達成、それにエネルギー安定供給とコスト効率の確保だ。SMRのモジュール設計と低炭素性は、IT企業のニーズに合致しているわけで、IT企業の高い信用格付けが資金調達を後押しすることでプロジェクトの商業化が加速される、とみているわけだ。
日本でも政府の第7次エネルギー基本計画で、「脱炭素電源としての原子力を活用していくため、原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・設置に取り組む」としている。SMRは「次世代革新炉」の中核であり、その技術開発と社会実装が日本のGX戦略の成否を左右する。日本の高度な原子力技術と製造業の力を結集しSMRの国内外展開を推進することは、経済成長と環境保全の両立に貢献する。
日本が主導するSMR
SMRの開発競争で注目されるのが、日立GEニュークリア・エナジー株式会社(以下、日立GE)の「BWRX-300」だ。日立GEは、2007年に株式会社日立製作所(以下、日立)と米ゼネラル・エレクトリック(以下、GE)が共同で設立した企業で、原子力発電所や原子炉の設計、建設、保守、廃止措置までを一貫しておこなう。
日立GE設立の背景には、原子力市場の国際競争激化と、単独企業での事業展開リスク増大がある。日立はGEの国際網を活用した海外展開と技術開発リスク分散を、GEは日立の製造技術やアジア市場アクセスを求め、互いの強みをいかして競争力向上を目指す。これにより日立は海外市場拡大、技術力向上、GEは製造基盤強化、アジア市場への展開などのメリットを期待できる。両社にとって、グローバル市場での事業拡大と持続的成長に必要な決断であったといえよう。
BWRX-300は、日本のBWR技術を基に設計を簡素化する。大型再循環ポンプなどを排除し自然循環のみで炉心冷却を実現、建設物量を削減しコストの大幅低減を見込む。安全性では、外部電源喪失時も運転員の操作や外部電力なしに7日間の安全確保が可能であり、受動的安全システムを採用し、過酷事故リスクを低減することを謳う。
BWRX-300は具体的なプロジェクトで実用性を示しつつある。カナダのオンタリオ・パワー・ジェネレーション(以下、OPG)は、ダーリントン原発敷地内にBWRX-300を最大4基建設予定で、初号機は2028年完成を目指している。初号機が実用化されれば、SMRの歴史的マイルストーンとなり、日本の原子力技術が再び世界で評価される可能性もある。

日本の電力会社の戦略的布石
世界のSMR開発と日本企業の国際展開が加速する中、国内電力会社も具体的な動きを見せている。中部電力株式会社(以下、中部電力)は、2024年に米国のSMR開発企業NuScale Power(以下、NuScale)への出資をおこなった。NuScaleは7.7万kWの一体型PWRモジュールを複数組み合わせる技術で、米原子力規制委員会(NRC)から世界初のSMR標準設計承認を取得している。中部電力は、NuScaleの将来の事業拡大により収益基盤の確保・拡大を目指すとともに、 将来に向けて脱炭素社会の実現に不可欠な原子力発電の持続的な活用に向けたあらゆる選択肢を確保していくとしている。
今後の課題
SMRへの期待は大きいものの、日本がこの分野で世界をリードするには乗り越えるべき課題もある。アメリカ、中国などは、この分野への投資を急速に拡大しており、日本がその流れについていけないと、国際競争激化の中、技術的優位性を失いかねない。
したがって、具体的な課題として第一に挙げられるのは、やはり「資金調達の問題」である。革新的技術開発には大規模かつ長期の投資が不可欠だ。腰を据えた研究開発支援と民間投資を呼び込む大胆な資金投入が求められる。
第二に、「次世代炉開発を担う高度専門人材の育成の問題」だ。魅力ある研究開発環境整備や産学官連携による計画的な人材育成、海外からの優秀な研究者の招聘など総合的な人材戦略が必要になる。
第三に、「SMR特有の性質を踏まえた規制環境の整備と、国民的理解・信頼の醸成」だ。新技術の安全性・必要性を国民に丁寧に説明し理解と信頼を得る努力が不可欠だ。また、SMRの特性を踏まえた柔軟かつ合理的な安全規制・許認可プロセスの構築が必要になる。
第四に、「国内原子力関連産業のサプライチェーンの再構築と強化」も鍵だ。国内サプライチェーンを再強化し、国際競争力のある供給体制を確立するための戦略的支援策が求められる。
これらの課題克服には官民一体のリーダーシップと未来へのビジョンが不可欠だ。SMRはエネルギー供給安定化と脱炭素化を両立させる現実解として評価されている。日本主導によるSMRの実用化は、エネルギー問題解決に加え、新たな産業創出、国際競争力強化、技術立国日本の復活にも繋がる挑戦だといえよう。
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