写真)CO₂由来の新素材が採用された日本(左から2番目)と韓国(一番左)のユニフォーム(右の米国とスイスのユニフォームは別原料を使用)
出典)株式会社ゴールドウイン
- まとめ
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- パリ五輪のスポーツクライミング競技で、日本代表ユニフォームに世界初のCO₂由来ポリエステルが使用された。
- カーボンリサイクル技術を使い、CO₂から生成されたパラキシレンを原料としている。
- 日本発の革新技術として注目されているが、量産化には技術の向上とコストダウンが必要となる。
私たちの身の回りにある多くの製品に使われている繊維といえば、ポリエステルが頭に浮かぶ。1940年代に実用化された化学繊維で、爆発的に普及した。その理由は、天然繊維に比べ、価格が安く、耐久性・速乾性にすぐれ、シワになりにくい、などの特徴が市場で高く評価されたからだ。
しかし近年、地球温暖化が深刻化する中、衣料品業界にも脱炭素化の波が押し寄せている。
各国政府は温室効果ガス削減目標を設定し、企業に対してより厳しい環境規制を課すようになった。消費者も、環境問題への関心の高まりから、サステナブルな製品や、倫理的な生産(注1)を求めている。
こうした流れを受け、繊維業界は素材の革新に取り組んでいる。そうしたなか注目を集めたのが、今年7月に行われたパリオリンピックのスポーツクライミング競技で日本代表が着用した、世界初のCO₂由来ポリエステルを使用したスポーツウェアだ。米国発祥のアウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」が提供した。「自然との共存」を掲げて1960年代に米国で創業されたザ・ノース・フェイスは、スポーツウェア/アウトドア用品の製造販売大手、株式会社ゴールドウインの主力ブランドだ。
CO₂から繊維
今回は、マスバランス方式(注2)を活用し、CO₂を原料とするパラキシレンが一部用いられた。パラキシレンはポリエステルの原料の一つである。石油由来のパラキシレンとは違い、CO₂を原料とすることで、化石資源の使用を減らし、温室効果ガスの排出削減に貢献できる。
CO₂を原料としたパラキシレンの製造については、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/CO2排出削減・有効利用実用化技術開発/化学品へのCO2利用技術開発」事業に、国立大学法人富山大学、ハイケム株式会社、日鉄エンジニアリング株式会社、日本製鉄株式会社、千代田化工建設株式会社、三菱商事株式会社が協働で採択され、共同研究開発を進めていた。
今回のプロジェクトでは、千代田化工建設の子安リサーチパーク内に設置したパイロットプラントが稼働した過程で試験製造されたCO₂由来のパラキシレンの少量のサンプル品を供給した。
出典)株式会社ゴールドウイン
ポリエステル・サプライチェーンの低炭素化
もうひとつ注目されるのは、5カ国7企業が合同で、世界で初めて(注3)CO₂由来、および、リニューアブル・バイオ原料からなる、よりサステナブルなポリエステル繊維向けサプライチェーンを構築したことだ。
参加企業は、株式会社ゴールドウイン、三菱商事株式会社、フィンランドの再生可能燃料メーカーNeste Oyj、韓国の化学メーカーSK geo centric Co., Ltd. 、タイの石油化学メーカーIndorama Ventures PCL、インドの化学メーカーIndia Glycols Ltd.、千代田化工建設株式会社の7社。
ポリエステル繊維のサプライチェーンの低炭素化をグローバルな枠組みで実現した点が注目される。
出典)株式会社ゴールドウイン
課題と今後の展望
よりサステナブルなポリエステルの製造において課題となるのが、環境に配慮した原料の調達だ。生産量・流通量・扱う企業数もまだ限定的である為既存の商流だけでは入手しにくく、化石資源由来品と比べコストも高い。製造プロセスも複雑で、最終的に消費者が手に取る完成品が高価になる傾向がある。完成品が消費者に受け入れられるためには、サステナブル価値以上に、価格に見合った付加価値を感じてもらう必要がある。
今回は、製品のデザイン、開発をゴールドウインが担当し、世界的に評価の高い「THE NORTH FACE」の製品として提供し、付加価値を高めた。
株式会社ゴールドウインは、これまでも高付加価値の環境配慮型アパレルを開発してきた。2015年からバイオベンチャー企業のSpiber株式会社と共同で「ブリュード・プロテイン™ファイバー」を使ったスポーツアパレルを製品化している。「ブリュード・プロテイン™ファイバー」は、植物由来のバイオマスを原料に微生物の発酵によってつくられた人工タンパク質繊維だ。原料を化石資源である石油に依存しない点、また生分解性を持つことから海洋マイクロプラスチック問題の解決に貢献する点が市場で評価された。
しかし、環境配慮型アパレル商品の流通量を大幅に増やすためには、付加価値を高めるだけでは不十分で、価格そのものを下げる必要がある。そのために、原料だけでなくサプライチェーン全体でコストを下げる努力が求められる。安定的な原料供給体制の構築、製品の流通ルートの確立など、サプライチェーン全体の最適化が不可欠だ。
また、私たち消費者サイドの意識改革も今後の課題だ。環境に優しい商品には適正な価格を払ってもよいとする価値観を育てる必要がある。
今後、CO₂由来の製品がより豊富に、より安価になり、多くの消費者に受け入れられるような未来を期待したい。
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倫理的な生産
人、社会、環境への配慮を最大限におこなう生産方式。生産過程で働く人々の権利を尊重し、社会に与える影響を最小限に抑え、環境への負荷を軽減することを目指すもの。 - マスバランス方式
原料から製品への流通・加工工程において、バイオ原料等の特定の特性を持った原料がそうでない原料と混合された場合に、その特性を持った原料の投入量に応じて製品の一部に対してその特性を割り当てる手法。 - CO₂から直接合成により製造されたパラキシレンの試験品を利用している点、および素材の大部分を非化石由来とするポリエステルを製造する際にサプライチェーン上流の原料・素材製造企業及び下流のアパレル事業者が協業した点を「世界初」としている。
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