記事  /  ARTICLE

エネルギーと環境

Vol.62 脱炭素と花粉症対策、一石二鳥!バイオマス発電の新たな可能性

写真)育苗ハウス内部と苗木栽培イメージ

写真)育苗ハウス内部と苗木栽培イメージ
提供)大阪住友セメント

まとめ
  • バイオマス発電所から排出されるCO₂を、少花粉スギの育成に活用する新たな取り組みが開始。
  • バイオマスエネルギーとCO₂回収・貯留技術を組み合わせ、CO₂を資源化し、スギの成長を促進。
  • スギ花粉症対策、CO₂削減、地域経済活性化など、多岐にわたる効果が期待される。

いまや花粉症は社会問題だ。花粉症は国内で約3,000万人が罹患する日本で最も多いアレルギー疾患で、患者数は年々増加している。(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)その多くがスギ花粉症だとみられる。

我が国の国土のおよそ3分の2にあたる2,510haにのぼる森林資源のうち人工林は1,020万haである。その人工林のうち 444万haをスギが占めている。そのスギの花粉は、年初から飛び始め、3月ごろにピークを迎えて5月くらいまで飛散する。花粉症を含むアレルギー性鼻炎に係る医療費も膨大だ。

こうしたことから政府は花粉症対策を速やかに実行すると宣言している。対策は、発症等対策、発生源対策、飛散対策の3本柱からなる。特に発生源対策として、2033年度までにスギ人工林を約2割減少させることを目標に、スギ人工林の伐採・植え替えの加速化や花粉の少ない苗木の生産の拡大などを推進するとしている。

図)花粉症発生源対策
図)花粉症発生源対策

出典)政府の花粉症対策3本柱

こうしたニーズから、国の研究機関、国立研究開発法人 森林研究・整備機構は、花粉の少ない品種の開発に取り組んでおり、2023度末時点で、少花粉スギ147品種、少花粉ヒノキ品種55品種を開発した。

写真)一般的な杉(左)、花粉の少ないスギ品種「神崎15号」(右)
写真)一般的な杉(左)、花粉の少ないスギ品種「神崎15号」(右)

出典)国立研究開発法人 森林研究・整備機構

花粉の少ないスギ苗木の生産量は年々増えており、2022年度(2022年秋から2023年夏)で約1,600万本となった。10年前と比べ約10倍、スギ苗木の生産量の約5割に達している。林野庁は、2033年度までに少花粉スギ苗木が全スギ苗木生産量に占める割合を約9割にまで引き上げることを目指している

図)花粉の少ないスギ苗木の生産量推移
図)花粉の少ないスギ苗木の生産量推移

出典)林野庁

少花粉スギ苗木の生産量を増やすことが社会的要請となるなか、思わぬ助っ人が現れた。

木質バイオマス発電所のCO₂を利用して少花粉スギ品種を育苗するシステムが開発されたのだ。

バイオマス発電所のCO2活用

開発したのは、住友大阪セメント株式会社(以下、住友大阪セメント)と株式会社オムニア・コンチェルト(以下、オムニア・コンチェルト)。

住友大阪セメント栃木工場バイオマス発電所の排気ガス中のCO₂を利用した「BECCS(Bioenergy with Carbon Caputure and Storage)育苗システム構築」に向けた実証試験に共同で着手した事を発表した

BECCSとは、バイオマスエネルギーの利用と、CO₂の回収・貯留技術(CCS)を組み合わせた技術で、大気中のCO₂を直接回収し、貯蔵することで、大気中のCO₂濃度を減らす、いわゆる「ネガティブエミッション技術(Negative Emissions Technologies:NETs)」のひとつである。

この技術に着目した背景には、先に述べたように少花粉品種のスギ苗木の需要が高まっていることと、国内のバイオマス発電所で燃料の木質チップがひっ迫していること、さらには、昨今のCO₂削減の流れから木造建築物も増加傾向にあり、欧米の住宅需要の増加や、ウクライナ侵攻の影響などにより建築用木材の需給がひっ迫していることがある。

では、このシステムを詳しくみてみよう。

植物はCO₂濃度が高いと光合成が活発になり、植物の成長速度が速くなることが知られている。

住友大阪セメントとオムニア・コンチェルトの導入したシステムは、栃木工場で電力供給を担う木質バイオマス発電所からの排ガスを浄化し、少花粉スギ苗木の栽培を実施するハウス(以下、育苗ハウス)にCO₂源として使用し、促成栽培を実施するものだ。

図)取組概要図(排ガス浄化→育苗ハウスへの供給)
図)取組概要図(排ガス浄化→育苗ハウスへの供給)

出典)住友大阪セメント

このBECCS育苗システムを可能にするのが、オムニア・コンチェルトの高度な環境制御装置だ。温度や湿度、CO₂濃度、灌水などを自動管理・制御しながら、水耕による苗木の最適な成長環境をつくり出す。さらに、バイオマス発電所のグリーン電力を利用した特定波長のLEDによる照明により植物の成長を促す。

図)育苗ハウス外観とハウス内設備紹介
図)育苗ハウス外観とハウス内設備紹介

出典)住友大阪セメント

将来的な取り組み

BECCS型育苗システムは、将来的には少花粉スギ苗の栽培だけでなく、生物多様性確保の観点からスギ以外の樹木の苗木促成栽培にも挑戦し、育った苗木は伐採して木質チップに変換することも検討している。

住友大阪セメントは、栃木県内にとどまらず、全国の林業の振興や、スギ少花粉化の施策への貢献、排ガスCO₂以外の副産物の有効活用も含めた新たな事業体の創出に取り組むとしている。

バイオマス発電は天候に左右されない再生可能エネルギーであり、その導入量は年々増えている。そのバイオマス発電所がこうしたサーキュラーエコノミーの構築とともに、カーボンニュートラルに取り組むことは、周辺地域の農林業や地域経済の発展と、新たな雇用の創出にもつながる。意欲的な取り組みであり、全国的な広がりを期待したい。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
Japan In-depth

RANKING  /  ランキング

SERIES  /  連載

エネルギーと環境
エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。