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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.81 雷を徹底分析 東京スカイツリー®497m地点にある不思議なコイル

写真)東京スカイツリーと雷

写真)東京スカイツリーと雷
© TOKYO-SKYTREE

まとめ
  • 東京スカイツリー、高さ497mの地点にある、落雷の電流波形を測定する「ロゴスキーコイル」。
  • 電中研で開発中の新型落雷位置標定システムとロゴスキーコイルの情報を突き合わせ、落雷位置を正確に把握することを目指す。
  • それにより、電力系統保守業務の負担を軽減することもできる。

地上約500mまで上った。どこで?

それほど高い建物といったら国内では東京スカイツリーしかない。しかし、一般に上れるのは、地上450mの展望台「天望回廊」までだ。今回、それより高い地点に上る機会を得ることができた。しかも屋外である。

写真)東京スカイツリー高さ497mからの景色。あらゆるものが豆粒に見える。まるでジオラマだ。
写真)東京スカイツリー高さ497mからの景色。あらゆるものが豆粒に見える。まるでジオラマだ。

なぜそんなに高いところまで上ったのかというと、とある研究がそこでおこなわれていると聞いたからだ。一体、どんな研究なのか。

研究拠点としての東京スカイツリー

世界で最も高い634mの自立式電波塔、東京スカイツリー(東京都墨田区)。建築物としても、アラブ首長国連邦のブルジュ・ハリファ、マレーシアのムルデカ118に次いで世界第3位だ。

その東京スカイツリーが意外にも、さまざまな観測に使われている「研究拠点」としての顔を持つことはあまり知られていない。

これまでに、雷(電力中央研究所)、ヒートアイランド(日本気象協会)、雲粒(防災科学技術研究所)やエアロゾル粒子(国立極地研究所・広島大学ほか)、重力差による時刻の歪み観測(東京大学)、大気中二酸化炭素(CO₂)などの温室効果ガス(国立環境研究所)など、多種多様な観測がおこなわれている。

これらの中で今回、雷の観測の現場を取材した。

図)東京スカイツリーの高さを活用した研究について
図)東京スカイツリーの高さを活用した研究について

© TOKYO-SKYTREE
出典)研究拠点としての東京スカイツリー

雷観測の目的

まず素朴な疑問として浮かんだのは、なぜ雷の観測が必要なのか、ということ。

答えは、「電力流通設備を雷から守るため」だ。

雷と聞くと、まず頭に浮かぶのは、雷が直接人や物に落ちる、「直撃雷」だろう。よく、雨の日に「雷が落ちた!」とわれわれがいうのがこれだ。しかし、直撃雷の他にも多くの被害を起こしているのが、「誘導雷」そして「逆流雷」だ。

誘導雷」は、設備の近くの木や地面などに雷が落ちた時に、雷によって誘導された電圧や電流が電線に発生し、それが設備の故障や誤動作を引き起こす。

逆流雷」は、近くの建物に落ちた雷が、電線を通って逆方向に流れ込んで設備に被害を与える。

図)直撃雷、誘導雷、逆流雷の違い
図)直撃雷、誘導雷、逆流雷の違い

出典)電力中央研究所「雷のふしぎ

近年、高度情報化の進展により、さまざまな電子機器がネットワーク化され、雷による電子機器などへの被害を防ぐ必要性が高まっており、雷の詳しい情報が従来にも増して重要になってきている。

東京スカイツリーで雷観測をするわけ

一般財団法人電力中央研究所(以下、電中研)は、これまで雷の性状から電力流通設備の耐雷設計にいたるまで、幅広く雷に関する研究をおこなってきた。

今回取材したのは、東京スカイツリーの塔頂部近く、高さ497mの地点に位置するゲイン塔(注1)の根本に電中研が設置した、落雷の電流波形(電流値の時間変化)を測定する、「ロゴスキーコイル」(注2)という名前の装置だ。

電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部上席研究員の齋藤幹久氏に話を聞いた。

写真)ロゴスキーコイルについて説明する電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部上席研究員齋藤幹久氏 2024年6月6日 東京都墨田区
写真)ロゴスキーコイルについて説明する電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部上席研究員齋藤幹久氏 2024年6月6日 東京都墨田区

この測定器は、24時間365日ゲイン塔への落雷を観測しており、測定された雷電流のデータを、約200m低い屋内の測定室まで光信号として伝送し記録装置に蓄積している。

写真)ロゴスキーコイル
写真)ロゴスキーコイル

なぜ、電中研が東京スカイツリーで雷の観測をしているのか?実は現在世界の雷対策は、50年以上も前にスイスの山の上で観測されたデータを基本として実施されている。しかし、スイスと日本の気候は異なるため、日本の雷の特性を調べ、合理的な雷対策を実現するために、国内での観測が必要だった。

そして、それにまさに適していた観測地が「東京スカイツリー」だった。東京スカイツリーは、関東平野部で突出して高く、東京都市部に雷が落ちる頻度は、1㎢あたりに年2~3回程度しかないが、東京スカイツリーには年10回程度の落雷がある。同じ場所に年10回というのは少ないように感じるかもしれないが、雷の世界では多い回数である。

平地でこの高さに設置されている雷観測装置は世界でも例がない。他の国にも高い建物やタワーはあるが、日本の夏の雷とは異なる性質の雷しか観測できなかったり、または観測機器を設置する許可が下りなかったりするようだ。電中研は、2012年2月の東京スカイツリー竣工に間に合うよう、タワー建設中にプロジェクトを開始、東京スカイツリーのどこに観測機器を設置するかなど、綿密な打ち合わせを重ねて実現した。その相手で、東京スカイツリーを運営している東武鉄道のグループ会社、東武タワースカイツリー株式会社の理解があってこそ実現できたといえるだろう。

落雷の位置を正確に標定する技術

東京スカイツリーで雷の観測をする目的は複数あり、そもそもの雷電流の特性および高い構造物に対する雷撃特性の解明や、雷撃時にタワー内部に発生する電磁界の分布、それにICT機器への影響の解明と対策などがある。

それらに加えて重要なのは、落雷位置標定技術の高度化だ。かみ砕いていえば、雷が落ちた位置を正確に把握する、ということ。それがわかれば、雷から設備を保護する対策が立てやすくなるし、電力系統保守業務の負担を軽減することもできる。

実は従来、落雷の位置を正確に把握するのは難しかった。これまでも、落雷位置標定システム(Lightning Location System : 以下、LLS)というものがあり、送配電線への落雷時の点検箇所や点検要否判断、設備の保守点検などに活用されていたが、落雷位置標定誤差は数百mと精度に課題があった。

そこで、電中研は、新型LLSとして「LENTRA(Lightning parameters Estimation Network for Total Risk Assessment)」を開発している。

写真)LENTRA外観
写真)LENTRA外観

提供)電力中央研究所

LENTRAは、従来のLLSより、落雷位置標定誤差が少なく、電荷量と電流峻度を推定する新機能を備え、ピーク電流推定精度を向上させたシステムだ。

実際に発生した東京スカイツリーへの落雷を、関東地域周辺10カ所に設置したLENTRAの実証機での推定結果と比較したところ、落雷位置標定誤差の中央値は41mという結果を得ているという。

これはどのくらいすごいことか、齋藤氏が教えてくれた。

「送電線の近くで落雷があった時、今までの落雷位置標定システムでは、複数の地点に落ちたのではないかといった精度の結果しかわからず、現地で調べるのに大変な時間と労力がかかっていました。しかし、LENTRAを使えば、落雷地点が1か所に絞れるので、非常に効率よく送電線のメンテナンスをおこなうことができるのです」。

これまでの100年くらいの雷研究の中で、これは画期的な進歩なのだという。

長年わからなかった雷の特性がようやく明らかになりつつある。それにより、あらゆる建物の落雷対策にかけていたコストを削減することができるようになるかもしれない。東京スカイツリーで電力中央研究所が行っている研究は私たちの知らないところで、社会に対し思わぬ貢献を果たしているといえる。

  1. ゲイン塔
    放送用アンテナ設備を取り付けている、東京スカイツリーの最上部。長さは約140mある。
  2. ロゴスキーコイル
    交流電流または高速電流パルスを測定するための電気測定器。磁気コアを使わずに電流を測定できる。東京スカイツリーでは、1階にも設置されている。

(本文中の出典・提供元の記載のない写真はすべて©エネフロ編集部)

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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