写真)かんらん石(イメージ)
出典)DGHayes/GettyImages
- まとめ
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- 地中や海底などに自然に存在する「天然水素」に注目が集まっている。
- 膨大な埋蔵量があると見込まれ、新たなクリーンエネルギーとして期待。
- 今後は埋蔵量の把握、生産技術の開発、コストの低減などが課題となる。
これまで水素については何度か取り上げてきた。過去の記事では、水素の製造方法によって、水素を「色」で区別することなどを紹介した。(参考:「グリーンではなくピンク?水素の色の違いとは」2023.09.19)
なかでも、風力や太陽光発電など、再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解し製造する「グリーン水素」は、製造過程でもCO₂を排出しないことから、各国がその開発にしのぎを削っている。
しかし、グリーン水素の普及には、低コストな生産技術の確立や、グローバルサプライチェーンの構築などが課題となっている。
そうしたなか、「天然水素(Native / Natural / Geologic Hydrogen)」に注目が集まっている。天然水素とは、地中や海底などに自然に存在する水素ガスをいう。
天然水素を自然界から効率的に取り出すことができれば、大幅なコストダウンが見込まれ、化石燃料に変わる1次エネルギー源になるのではないかと期待されている。
その正確な埋蔵量はまだわかっていないが、アメリカ地質調査所(USGS) の研究地質学者ジェフリー・エリス氏は、「控えめに見積もっても、世界の水素需要を数千年間は供給できる」と予測している。
むろん、分布と埋蔵量がまだ明確になっていない中、天然水素が商業ベースに乗るかどうか、軽々に判断はできない。しかしエリス氏は、天然水素が有力な1次エネルギー源になりうると考えているようだ。
(参考:USGS「次世代エネルギーとしての天然水素の可能性」)
天然水素は、色では「ゴールド」に区別されていることにひっかけ、新たな「ゴールドラッシュ」の到来を期待する声もある。
天然水素
ではその天然水素はどのようにしてできるのか?
その生成プロセスには以下の図のとおり、主に3つある。
1.水の放射性分解
岩石中に含まれる微量のウラン、トリウム、カリウムなどの放射性元素の壊変(注1)により発生する放射線によって水が分解され水素が発生する。
この反応は速度が遅いため、先カンブリア紀(注2)などの古い岩石において、現在に至るまで長い時間をかけて水素が生成される。
2.蛇紋岩化反応
鉄分を多く含み、地球のマントルを構成するかんらん岩が、海水と反応・変質して蛇紋岩(じゃもんがん)となる際に水素が発生する。反応速度は他のプロセスの中でも比較的速い 。天然水素の生成プロセスの中でもっともよく研究されており、「蛇紋岩化反応」とよばれる。長野県の白馬八方温泉は、この蛇紋岩化反応で生成された天然水素が含まれており、「日本唯一の高アルカリ性天然水素温泉」を謳っている。海外では、トルコのキメラ遺跡や、オマーンのサマイル・オフィオライトなどが天然水素で有名だ。
3.地球深部由来の水素
水素を大量に含む地球深部のコアや下部マントルから排出された水素が、プレート境界や断層に沿って浅部まで上昇してくるものもある。
出典)JOGMEC:独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構「石油・天然ガス資源情報:天然水素の動向」
埋蔵量と商用化の可能性
期待が高まる天然水素だが、推定される地球規模での年間生成量は、研究によって、数万〜数千万トンとかなりの幅がある。現在、フランス、スペイン、米国、豪州、北アフリカ(ジブチ、モロッコ)などで探査がおこなわれている。
これまでに天然水素の大規模商業開発はおこなわれていないが、カナダのHydroma社が、西アフリカのマリ共和国ブラケブグー村(Bourakebougou)にて、生産した天然水素を直接燃焼して発電し、近隣の村に提供するパイロットプロジェクトを2012年から続けている。
出典)© Hydroma
各国でスタートアップも動き出しており、例えばスペインのHelios Aragon Exploracion社は、同国北部に位置するアラゴン州モンソン(Monzón)にて、2028年に生産開始の予定だ。成功すれば欧州初のケースとなる。
今後の見通し
天然水素の開発については、規制の問題が課題となっている。先に紹介したスペインの開発事例では、国内における新規の石油・ガス探鉱・開発許可が停止となったため、現状では開発生産移行ができない。他の地域でも同様の問題が起きる可能性もあり、法整備が課題となる。
また、天然水素の分布や埋蔵量に関する研究と、実際に試掘、生産するための技術開発を促進することが求められる。その先には、グリーン水素とのコスト比較なども必要になってくるだろう。
いずれにしても、天然水素は、脱炭素を実現するための新たなクリーンエネルギーの選択肢のひとつに違いない。今後の開発動向を見守りたい。
- 壊変
崩壊ともいい、エネルギー的に不安定な状態にある放射性物質の原子核が、余分なエネルギーを出して安定した状態の原子核に変化する現象のこと。 - 先カンブリア紀
地球が誕生した約46億年前から約40億年の間をいう。
参考:JOGMEC:独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構「石油・天然ガス資源情報:天然水素の動向」
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