画像)ハイブリッド型車両HYBARI(ひばり)
出典)トヨタ自動車
- まとめ
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- カーボンニュートラルの実現に向け、水素で走る電車に注目が集まる。
- すでに国内でも東日本旅客鉄道株式会社などが中心となって実証実験を開始。
- 低コスト化や水素ガスの取り扱い規制の緩和などが課題。
「カーボンニュートラル」という言葉はすでになじみのあるものになった。改めてその定義を記すと、「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることで全体としてゼロにすること」である。(環境省による)
気候変動問題解決のため、1992年以来毎年、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)が開催されている。2015年12月、フランス・パリでの第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定を受けて、2020年10月に、当時首相を務めていた菅義偉総理大臣が所信表明演説で2050年カーボンニュートラルの実現を目指すと宣言した。
約30年後のカーボンニュートラル実現に向けて、国内では水素に注目が集まっている。経済産業省資源エネルギー庁によれば、水素は再生可能エネルギーを活用した水の電気分解や、化石燃料と二酸化炭素の貯留・再利用技術を組み合わせることで、カーボンフリーなエネルギーとなる。そのため、水素社会の実現に向けて、水素を「つくり」「はこび」「ためて」「つかう」それぞれの段階における研究開発が進められている。
ENERGY FRONTLINEではこれまで、「『カーボンネガティブ』に取り組む企業続々」や 「海の炭素貯蔵庫「ブルーカーボン」とは」、などカーボンニュートラルに関連する記事を掲載しているので、合わせて読んでいただきたい。
鉄道にも水素化の波
水素活用の波は、鉄道業界にも訪れている。
ドイツでは複合企業シーメンスが同社の「Mireo Plus」というモデルを基にした「Mireo Plus H」という水素燃料電池で駆動する新車両の開発に取り組んでいる。
出典)SIEMENSE
日本でも、水素駆動の電車の研究開発がおこなわれている。東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)とトヨタ自動車株式会社、株式会社日立製作所がそれぞれの鉄道技術と自動車技術を結集する形で水素を燃料とする燃料電池と蓄電池を電源とするハイブリッド型車両「HYBARI(ひばり)」の開発を進めている。
出典)トヨタ自動車株式会社
「HYBARI(ひばり)」の名称は、「HYdrogen-HYBrid Advanced Rail vehicle for Innovation)」の頭文字から取ったもの。「変革を起こす水素燃料電池と主回路用蓄電池ハイブリッドの先進鉄道車両」というイメージのもと、HYには水素(HYdrogen)、HYBにはハイブリッド(HYBrid)の意味が込められて決定されたという。
車両の外装デザインは、「燃料電池の化学反応から生まれる水を、碧いしぶきと大地を潤すイメージで捉え、スピード感と未来感を持たせたもの」(トヨタ自動車プレスリリースより)になっており、鮮やかな青い車両が印象的だ。
HYBARI(ひばり)のメカニズム
HYBARI(ひばり)はどんな仕組みで動くのだろうか。
まず、タンク内の水素を燃料電池装置の中で空気中の酸素と化学反応させることにより発電する。また、主回路用蓄電池では燃料電池装置からの電力とブレーキ時の回生電力を充電する。そして、ハイブリッド駆動システムにより燃料電池装置と主回路用蓄電池の両方からの電力を主電動機に供給することで車輪の動力にするという仕組みだ。
出典)トヨタ自動車株式会社
東日本旅客鉄道株式会社は、2022年3月下旬から、南武線(川崎〜登戸)、鶴見線および南武線尻手支線においてHYBARI(ひばり)の実証試験を開始している。
実用化には水素の供給ルートの確保も重要となる。その点を解決すべく、東日本旅客鉄道株式会社はENEOS株式会社と連携し、水素供給拠点として、2030年までにCO₂フリー水素を供給する総合水素ステーションの開発を進めると発表した。
長らく石油関係の事業を中心としてきたENEOS株式会社だが、近年は脱炭素化の流れに適応し、水素事業にも力を入れている。
同社は、2016年に水素製造出荷センターをオープンさせ、全国47ヶ所にある独自の水素ステーションや、大型トラックをベースとした移動式の水素ステーションを展開している。こうした水素供給のネットワークを東日本旅客鉄道株式会社は利用したい考えだ。
出典)ENEOS株式会社
水素ハイブリッド車両の課題
一方で、水素ハイブリッド車両が実社会で活躍するために解決すべき課題もある。
1つめの課題は、コストの高さだ。
経済産業省も、水素分野の研究開発の課題としてコスト削減を挙げており、鉄道分野に限らず、水素エネルギー関連技術は、いずれも水素エネルギーを運用する際のコストの高さという障壁にぶつかっている。水素エネルギーを運用する上では、水素を作るだけでなく、それを運ぶ技術が必要不可欠となるが、現時点では特にこの「運ぶ」技術に関してコスト面での課題が大きい。
水素を輸送する方法としては、水素を-253℃の極低温で液化して輸送する「液体窒素法」や、トルエンなど芳香族化合物と呼ばれる物質を水素と反応させる「有機ハイドライド法」などがあるが、いずれもエネルギーを多く消費するためコストが高くなる。
現時点では水素の大量生産・輸送体制が整っていないことや、関連機器の標準化が進んでいないことなどが水素製造コスト高の原因となっている。
2つめの課題が、水素ガスの取り扱いに関する規制の存在だ。
可燃性、引火性の高い水素ガスに関しては、高圧ガス保存法や消防法、建築基準法などによる厳しい規制がある。これらの規制によって、水素ステーションを建設する際に、水素貯蔵量が厳しく制限されたり、使用可能な鋼材が限定されたりするため、大規模な水素ステーションの整備がなかなか進まない。
一方で、規制緩和の動きも出ている。特に市街地での水素貯蔵量制限の緩和などに関しては、前向きな検討が進んでいる。
水素ステーションの建設を加速させるためには、安全性と建設コストをバランスさせる事が重要だ。政府は2050 年カーボンニュートラルに向けて水素エネルギーは必須ととらえており、経済産業省が中心となってあらゆる政策を検討している。(参考:経済産業省総合資源エネルギー調査会)私たちが通勤・通学で毎日のように利用する電車が、水素社会の象徴となる日もそう遠くはないだろう。
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