レックス・ティラーソン米国務長官
photo by Jim Mattis
- まとめ
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- 前エクソン会長で露に近いティラーソン米国務長官に注目集まる。
- エクソンと露石油会社の密接な関係に様々な憶測。
- 日本は米露経済外交の蚊帳の外にならぬよう戦略的に動け。
ホワイトハウス内で密かに株上げる新国務長官
シリア介入に続き、朝鮮半島周辺に原子力空母を展開するなどトランプ政権の外交政策が世界の耳目を集める中、注目されているのが新国務長官レックス・ティラーソン氏です。世界中に展開する多国籍企業、石油大手エクソンモービル前会長です。
今年3月のアジア歴訪では記者団に同行を許可しなかっただけでなく、保守系メディア1社だけを選んで同行し、メディアからは猛反発をうけました。取材がままならないため情報が錯綜するなど、華々しい外交を繰り広げたヒラリー・クリントン前国務長官と比べ、「経験不足」が露呈したとの見方もありました。しかし、シリア攻撃直後に早速ロシアに出向き、プーチン大統領とも面会するなど、エクソンモービル時代に培ったロシアとの強いコネクションを利用した外交手腕が評価されつつあります。
政治専門サイトのPOLITICOは、「ホワイトハウスで株を上げるティラーソン」と題した記事(4月15日付)で、ティラーソン氏が敢えて表には出ないようにしているものの、実は「トランプ氏のお気に入り」として頻繁に大統領の元を訪れるなど影響力を増していると指摘しました。このように株を上げているティラーソン氏ですが、彼には就任前からある大きな影がつきまとっています。
経済制裁解除がもたらす50兆円油田ビジネス
米・大統領選でロシアが民主党クリントン氏の情報をハッキングした疑いが報道されるなど、プーチン氏がトランプ氏を支援していることが問題視されてきましたが、トランプ政権発足後、ティラーソン氏の名前が国務長官候補として上がってからは様々なメディアが、「やっぱり」と騒ぎ始めました。なぜプーチン氏がそこまでトランプ氏に肩入れするのか?という問いに対する答えが揃ったと推察されたからです。
2011年8月、ロシアの国営石油会社のロスネフチ社とアメリカの石油大手エクソンモービル社は、地球上最後の大油田と言われるロシア北部の北極海とロシア南部の黒海にある深海油田の原油・天然ガス開発において、共同開発提携を結びました。50兆円という利益をもたらすと言われたこの歴史的提携を指揮していたのが、プーチン氏とエクソンモービルのティラーソン氏です。
特に注目されているのは、2013年2月に追加合意された協力案件で、ロスネフチ社とエクソン社はロシア極東地域での液化天然ガス(LNG)プロジェクトの可能性について共同で検討する、としています。(注1)
しかし2014年オバマ政権がロシアのウクライナ介入に抗議してロシアに対して経済制裁を課したことで、計画は頓挫しました。そしてこの経済制裁を解き、提携を復活させることができるのは、ティラーソン氏が影響力を持つ、トランプ政権に他ならないというわけです。
リベラル系メディアのThink progressは、「プーチン氏は経済制裁で潰された50兆円のエクソン石油合意を復活させるためにトランプ氏の選出を手伝ったのか」と題した記事で(1月8日付)、「今後ティラーソン国務長官の元で、実際に経済制裁が解かれるようなことがあれば、プーチン氏が選挙を手伝ったことの見返りが50兆円だったと思われても仕方がない」と主張しました。
さらに、「またもしトランプ氏とティラーソン氏が、アメリカ国民を環境破壊の影響から救う最後の砦である“パリ協定”を反故にするようなことがあれば、この二人はアメリカの国益や子供たちの未来よりも、プーチン氏とエクソンモービル社の利益を優先しているように見えるのは明らかだ」と批判、実際に、地球温暖化が進み北極圏の氷が溶けるほど、ロシアとエクソン社にとって有利になる、とまで言い切りました。
また、ブログサイト、米・ハフィントンポスト紙は、「トランプとプーチン男のロマンス 選挙ハッキングと石油発掘」と題した記事で(2月20日付)、原油とガスが輸出収入の7割を占めているロシアは、このところの原油価格低下で大きな影響を受けているが、原油・天然ガスの生産国としてはアメリカに次ぐ第2位を維持しているとし、エクソンモービルは石油発掘合意が復活した際にはシェールガスの採掘方法(フラッキング)をロシアに教えることになっているため「ロシア経済立て直しのためには欠かせない取引である」と書きました。
一方のエクソンモービルは、北極圏の油田開発に力を注いできたために、シェールガス開発には他社に遅れを取っており、最後の巨大油田で利権をとることは社運をかけた一大事業なのです。
資源外交に出遅れた日本
とはいえ、米議会にはロシアと手を結ぶことに反対する保守派も多く、簡単に経済制裁を解除できるわけではありません。しかし今年1月にトランプ氏は、英TIMES紙のインタビューで、「ロシアが核兵器削減交渉に応じるなら経済制裁緩和もあり得る」と話しており、今後の展開次第では、ロシアとアメリカが資源外交を深める可能性は否定できないのです。
また2016年末には、ロシア政府が赤字補填のために売り出したロスネフチの株19.5%をカタールの政府系ファンドとスイスの資源大手が共同で購入すると発表。日本もプーチン大統領来日を前に水面下で交渉を進めていたものの、他国が機敏な判断で交渉を進めたことについて、産経新聞の経済情報サイトSankeiBiz(サンケイビズ)は「日本は寝耳に水・・・資源外交で勝敗分けた機敏さ」と題した記事(1月9日付け)で、「経済制裁が解け、エクソンがロシアに復帰すれば、ロスネフチが持つ深海油田などの開発が進み、ロスネフチの企業価値も向上するとの計算も働いた可能性はある」と書きました。
(出典)諸情報から JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)作成 資料「ロシアにおける石油・天然ガス開発の現状と展望」より
ロシアの資源外交のしたたかさ
さてここで今一度サハリンLNGプロジェクトについて考えてみます。日本政府・与党内には、従来よりサハリンから日本への海底パイプライン敷設による天然ガス輸入構想というものがありました。この計画とは、サハリンから北海道の稚内や苫小牧、青森県のむつ小川原、仙台や茨城県の日立などを通じ東京湾に至る約1500キロにパイプラインを敷設するという巨大プロジェクトです。建設費用は約7000億円に上るとされます。このプロジェクトにかかわっているのはロシア国営のガスプロムでした。
一方、サハリンLNGプロジェクトの主体はロスネフチである為、ガスプロム主体のパイプライン計画は一歩後退したとみられていました。
しかし、2016年12月に日本で行われた日露首脳会談後の共同記者会見でプーチン大統領が以下のように発言したのです。
「エネルギーは露日協力の戦略的分野です。ロシアは日本への信頼できる炭化水素の供給者です。液化天然ガスの日本の需要の約8%がロシアの資源によって確保されています。(中略)ロスネフチはオホーツク海大陸棚における石油ガス採掘及びサハリンにおける「極東LNG」建設への日本の投資家の誘致に関する交渉を行っています。「ロシア-日本」エネルギーブリッジ及び「サハリン-北海道」ガスパイプラインの建設の可能性が研究されています。これらの大規模プロジェクトの実現は、日本の消費者に対し、手頃な価格かつ最短の経路で追加的なガス及び電力の供給を提供します。」
出典)首相官邸ホームページ
今回の日露首脳会談では北方領土問題については大きな進展もなく、むしろ日本側の経済協力ばかりが目立つ結果となりました。そうした中、プーチン大統領はさりげなくパイプライン計画の可能性にも触れています。日本のメディアはこの件について掘り下げた記事は書いていないようですが、私はロシア外交のしたたかさを見た気がしています。あらゆる選択肢を念頭に自分たちは領土問題で譲歩することなく、最大限の利益を日本から得る、という強烈な意思を感じます。
と同時に、それだけロシアは日本という市場を喉から手が出るほど欲しい、ということの裏返しと見ることができるでしょう。極東の資源を日本に輸出することはロシアにとって悲願でもあります。日本も十分に交渉力があると考えるべきです。そして何より重要な事は、国務長官がティラーソン氏だということです。エクソン社はさきに述べたようにサハリンの石油開発に深くかかわっています。前エクソン会長のティラーソン氏の下、米露二国間で資源外交が進み、日本が蚊帳の外におかれないようにしなければなりません。
資源外交と経済的な結びつきが優先されて米露の蜜月が続くことは、ロシアとの間に北方領土問題を抱える日本にとって懸念材料です。安全保障と領土問題を天秤にかけながら、今後とも日本政府は難しい判断を求められるでしょう。
- Rosneft and ExxonMobil Expand Strategic Cooperation. ExxonMobil News Release.
「ロスネフチとエクソンモービル、戦略的な協力を展開:エクソンモービルニュースリリース」
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