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編集長展望

Vol.50 迫る「原子力の崖」:日本経済を脅かすエネルギー危機の構造と対策

写真)原子力発電所(イメージ)

写真)原子力発電所(イメージ)
出典)therry/GettyImages

まとめ
  • 2040年代に原発が一斉廃炉となる「原子力の崖」が迫り、電力安定供給、経済、脱炭素目標のすべてに重大な構造的問題を引き起こす可能性がある。
  • GX脱炭素電源法による運転期間の実質延長と、SMRを含む次世代炉の開発・資金調達支援(政府によるリスクヘッジ)を国家戦略として推進。
  • 法整備は完了したが、地元合意の形成(非化石証書活用など)と新増設の具体的な立地決定が最大の課題であり、迅速な決断が求められている。

東京電力ホールディングス株式会社の柏崎刈羽原子力発電所北海道電力株式会社の泊原子力発電所など、主要な原子力発電所の再稼働に向けた動きが出始めたなか、政府は、2050年カーボンニュートラル(CN)とエネルギー安全保障の確保という2大課題に直面している。その解決の鍵を握る原子力発電について、政府は2月に閣議決定した「第7次エネルギー基本計画」で「最大限活用する」と明記し、従来の「可能な限り依存度を低減する」方針から大きく転換した。

実は、この方針転換の裏側には、2040年代に顕在化するエネルギー供給の構造的危機、すなわち「原子力の崖(Nuclear Cliff)」と呼ばれる状況がある。

原子力の崖

「原子力の崖」とは、日本の原子力発電所の多くが、運転期間満了(最長60年)により、2030年代後半から2040年代にかけて一斉に廃炉を迎える現象を指す。

福島第一原発事故後の2012年に導入された「運転期間延長認可制度」により、原子炉の運転期間が原則40年と定められ、原子力規制委員会の認可を得て最大20年の延長が可能となったものの、1970年代から80年代にかけて集中建設された日本の原発の多くが、この厳格な(実質最長60年という)ルールのもと同時期に運転終了を迎えることから、電力供給能力が「崖」のように急落する「原子力の崖」が予測されていた。

図)原子力発電所の設備容量(見通し)
図)原子力発電所の設備容量(見通し)

出典)一般財団法人日本原子力文化財団

原子力の崖が引き起こす問題点

原子力の崖は、以下のとおり、安定供給、経済、環境の三方面で深刻な問題を引き起こす。

1. エネルギー安全保障への影響:
ベースロード電源である原子力の供給能力が短期間で大規模に失われると、国内電力供給の予備力が大幅に低下し、電力需給が極度に不安定になる。安定供給を維持するため、LNG(液化天然ガス)などによる火力発電への依存度が再び高まり、地政学リスクと燃料価格変動リスクを増大させる。

2. 経済競争力への影響と国民負担の増大:
比較的安価とされる原子力の代替を火力や再エネ設備で賄うため、電気料金が構造的に高止まりし、企業の国際競争力を低下させる可能性がある。また、データセンター(DC)、AI、半導体工場といった電力多消費型の成長産業が、電力コストの上昇により海外へ流出し、日本の産業基盤と国力の維持が困難になる。

3. 環境目標の達成が遠のくこと:
原子力は発電時にCO₂を排出しない脱炭素電源だ。これだけの規模の脱炭素電源が一挙に失われると、2050年カーボンニュートラル(CN)の達成が困難になる。

「原子力の崖」を回避するために

政府は、この「崖」を回避するため、法改正と具体的な制度設計を進めている。具体的には、再稼働、運転延長、新増設・リプレースをセットで進める方針だ。

そのために、以下の3つの観点からのアプローチが必要になってくる。

1. GX脱炭素電源法による運転期間の延長(法制度の整備):
2023年5月に施行された「GX脱炭素電源法」は、実質的な運転期間延長を可能にした。従来の「40年+最大20年延長」のカウント方法を変更し、停止期間(審査・訴訟による停止)は運転期間に算入しないことになった。これにより、大規模原発は実質的に2060〜70年代まで運転できる可能性が開き、「崖」のピークを乗り切る緊急避難路が確保された。

図)運転期間見直しのイメージ
図)運転期間見直しのイメージ

出典)一般財団法人日本原子力文化財団

2. 資金調達の制度的後押し:
原子力発電所の不稼働リスクの高さから、新規投資の最大の阻害要因となっている金融面の困難を解消するため、国が債務保証や特別な保険制度を設けることで、金融機関が負う不稼働リスクを肩代わりし、資金提供をしやすくすること(政府によるリスクヘッジ)といった、原子力特有のリスクに対応する金融支援制度の構築が焦点となる。

3. 次世代革新炉の導入加速:
原子力発電所の建設には長時間を要するため、旺盛なデータセンター(DC)などの電力需要に即応することができない。そうしたなか、政府はGX実行会議で「将来にわたって持続的に原子力を活用するため、安全性の確保を大前提に、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む」とした。(GX 実現に向けた基本方針(案) 令和 4 年 12 月 22 日 GX 実行会議より)以下が政府の想定する次世代革新炉の開発スケジュールだ。

図)次世代革新炉の開発の道筋 (SMRは小型軽水炉に分類される)
図)次世代革新炉の開発の道筋 (SMRは小型軽水炉に分類される)

出典)次世代革新炉に関する動向 経済産業省資源エネルギー庁原子力政策課 令和7年10月

さまざまな次世代革新炉のなか、電力の需要と供給の時間差(リードタイムのラグ)を解消するために適していると見られているのが、建設期間が比較的短いとされる小型モジュール炉(SMR: Small Modular Reactor)だ。SMRは、工場で主要部品を製造し、現地で組み立てるモジュール式の小型原子炉で、従来の大型炉に比べ、工期を短縮し、建設コストを抑えられる点が評価されている。

図)BWRX-300概念図:GE Vernova Hitachi Nuclear Energy(GE日立ニュークリア・エナジー)が開発中の小型モジュール炉(SMR: Small Modular Reactor)で、沸騰水型軽水炉(BWR: Boiling Water Reactor)をベースにした次世代原子炉。
図)BWRX-300概念図

出典)株式会社日立製作所

あとがき

「原子力の崖」は、日本の産業競争力、国家安全保障、そして電気料金すべてに直結する重大な構造問題だ。最大の課題は、既存の原子力発電所の再稼働への地元合意の形成と、新増設・次世代炉の研究開発の促進と具体的な立地決定である。

再稼働の鍵となる地元合意を得るためには、立地自治体が雇用や税収だけでなく、電気代の具体的なメリットを実感できる制度など工夫の余地があろう。例えば、非化石証書などの環境価値の仕組みを活用し、原子力発電所由来の電気を立地地域が安価に使えるようにする案などは検討に値するのではないか。

いずれにしても、次世代原子炉の建設に時間を要することを踏まえれば、今が重要な時期である。事実と数字に基づいた冷静な議論と、着実な政策実行が、官民に強く求められている。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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