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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.114 空気からアンモニアを創る!脱炭素社会を加速させる日本の新技術

写真)アンモニア製造プラント(イメージ)

写真)アンモニア製造プラント(イメージ)
出典)Andrey Rudakov/Bloomberg/GettyImages

まとめ
  • アンモニアは脱炭素社会の実現に向け、火力発電燃料や水素キャリアとして注目されている。
  • 現在のアンモニア生産方法「ハーバー・ボッシュ法」は、大量のエネルギー消費とCO₂排出が課題。
  • 東京大学の研究グループが、常温・常圧で窒素と水、光からアンモニアを合成する画期的な新技術を開発し、脱炭素化に貢献すると期待されている。

アンモニアとは

今、アンモニアがエネルギー分野で注目されている。脱炭素社会の実現に向けて、発電や輸送など多岐にわたる分野でその重要性が高まっている。(参考:エネルギーと環境 Vol.36 脱炭素のカギ握る「アンモニア」製造に大革命 | エネフロ

理由のその1は、アンモニアが「火力発電用の燃料」になるからだ。アンモニアは燃焼してもCO₂を排出しない特性があり、カーボンニュートラルを実現するための有力な手段として期待されているのだ。CO₂排出の原因となっている石炭や天然ガスを燃料にした火力発電ではなく、アンモニアを燃料として使用すれば、CO₂排出量の大幅な削減が期待できるというわけだ。

国内では世界に先駆け、アンモニア発電の高混焼化・専焼化の開発が進められている。すでに2024年4月から6月に実施したJERA碧南火力発電所4号機100万kWでの燃料20%アンモニア転換実証試験が成功している。

もう一つの理由は、アンモニアが「水素キャリア」として活用できる点だ。「水素キャリア」とは、水素をコンパクトで扱いやすい材料に変換したものをいう。つまり、「水素」を運ぶのにアンモニアを利用するわけだ。

そもそもアンモニアの性質として、アンモニアは室温で液化できることに加え、液化水素と比べて、1.5〜2.5倍程度の高い体積水素密度を持つ事がメリットだ。体積水素密度とは、ある容器の中にどれだけ多くの水素を入れられるか(体積あたりの水素量)のことであり、つまり同じサイズのタンクに入れた場合、アンモニアを利用した方がより多くの水素を運べるというわけだ。加えて、すでに貯蔵や運搬についての豊富なノウハウが産業界に蓄積されている。こうしたことから近年、アンモニアが「水素キャリア」として急浮上してきたのだ。

アンモニア生産の課題

このようにその役割が期待されているアンモニアだが、その生産には課題もある。その課題の根源となっているのが、現在の工業生産を支える「ハーバー・ボッシュ法」だ。この製法は、空気中の窒素と水素からアンモニアを生成する製法であり、20世紀初頭にドイツで発明された。これにより肥料の原料となるアンモニアの生産量が増え、肥料を安価に大量生産できるようになったことで、世界の食糧生産量は飛躍的に増加し、人口爆発を支える基盤となったのだ。そのため、当時「空気からパンを作る技術」とまで評された。

しかしその功績の裏で、この技術は現代的な課題を抱えている。アンモニア合成には、400〜500℃、約200気圧という極めて高温・高圧の環境が必要で、膨大なエネルギーを消費する。加えて、主要な原料である水素は、化石燃料である天然ガスから作られることが多く、この製造過程で大量のCO₂を排出してしまうのだ。人類の発展に不可欠だったこの技術は、現在、地球温暖化という深刻な問題の一因となっており、その効率性と環境負荷の高さが大きな課題として改めてクローズアップされている。

日本の新技術:常温・常圧アンモニア合成

こうしたなか、アンモニア生産の課題を根本的に解決する技術が日本で誕生した。東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループが、空気中に多く含まれる「窒素」と水を化学反応に必要な物質と混ぜて光を当てると、常温・常圧でアンモニアができることを確かめたのだ。窒素と水と光からアンモニアをつくった「世界初」の事例だ。2023年5月に英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」で発表されたこの成果は、以前の2019年発表の成果を発展させたものだ。

西林教授らは、自然界の微生物が持つ「ニトロゲナーゼ」という酵素の働きに着目した。この酵素は、植物の根に共生する「根粒菌」が持ち、空気中の窒素と水を反応させてアンモニアを合成する。教授らはこの自然の仕組みを人工的に再現することを試みた。

今回の研究では、モリブデン錯体イリジウム錯体という2種類の触媒と、有機リン化合物という還元剤を使用し、可視光を照射することで、常温・常圧でアンモニアを合成することに成功したのだ。

その具体的な仕組みはこうだ。まず、イリジウム錯体が光のエネルギーを使って有機リン化合物から電子を奪う。すると、有機リン化合物は水と結合して、プロトン(水素イオン)を供給する「強い酸」へと変化する。一方、モリブデン錯体は窒素分子と結合する。これらのプロセスを経て、電子とプロトンが窒素と結びつき、アンモニアが生成されるというわけだ。この手法は、先行研究の量子効率(照射した光子数のうち化学反応に利用できた割合)を2%から22%へと飛躍的に向上させており、非常に効率の良い反応系であることが明らかになった。

図)窒素ガスと水からの触媒的アンモニア合成反応を可視光エネルギーにより駆動するプロセス
図)窒素ガスと水からの触媒的アンモニア合成反応を可視光エネルギーにより駆動するプロセス

出典)東京大学工学部

この革新的な技術は、従来のハーバー・ボッシュ法と異なり、常温・常圧という温和な条件下でアンモニアを合成することが可能であり、アンモニア生産の主要な課題である、製造時の多大なエネルギー消費とそれに伴う大量のCO₂排出を根本的に解決する可能性を秘めている。

この技術が実用化されれば、アンモニア生産は以下のような課題を解決に導くことが期待される。

  • CO₂排出量の削減
    化石燃料を原料としないため、アンモニア生産過程でのCO₂排出を根本的に抑制できる可能性がある。
  • エネルギー消費の削減
    常温・常圧での合成が可能となるため、ハーバー・ボッシュ法で必要とされるような、膨大なエネルギーを消費する高温・高圧の設備が不要になる。
  • サプライチェーンの分散化
    大規模な中央集権型プラントに頼らず、より小規模で分散型のアンモニア生産が可能になるため、地産地消型のサプライチェーン構築に貢献する可能性がある。

今後の課題

この画期的な研究成果を商業化するためには、以下のようにいくつかの重要な課題を克服する必要がある。

①スケールアップ
実験室で成功した触媒を、コスト効率良く大規模に生産する技術の確立が課題となる。穏やかな条件下でアンモニアを合成できる反応器を、商業プラントとして機能する規模まで大型化することが必要となる。

②コスト競争力
新技術導入のための初期投資が、従来のハーバー・ボッシュ法よりも高くなる可能性があるため、その回収見通しを立てることが課題だ。触媒の寿命や再生コストといった長期的なランニングコストを、既存の製法と同等か、それ以下に抑えることが求められる。

③技術的な安定性
長期間にわたり触媒の活性を安定的に維持する技術の確立が課題だ。原料ガスに含まれる微量な不純物が触媒の性能を低下させる可能性があるため、その対策を講じることが目標となる。

編集長所感

西林教授らの研究は、単なる技術的なブレークスルーにとどまらず、脱炭素社会の実現に大きく貢献する可能性を秘めている。アンモニアや水素が火力発電を延命させ、結果として脱炭素化を遅らせるという批判があることも承知している。しかし、今なお多くの国で稼働している火力発電のCO₂排出を実質ゼロにするためには、クリーンなアンモニアの大量生産がひとつの鍵となるだろう。

アンモニアの生産コストやエネルギー消費の課題が、この画期的な技術によって解決されれば、脱炭素エネルギーとしての普及に弾みがつく。そして、この技術が世界的に普及すれば、各国の火力発電がより環境に配慮したものになり、地球規模でのCO₂削減が可能になるだろう。この研究が、日本の産業界、そして世界全体に大きな変革をもたらすことを期待したい。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。