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編集長展望

Vol.04 「震災関連死」が語るもの 福島で甲状腺がんは増えたか?

写真)郡山市内仮設住宅 2011年9月
Photo by Duff Figgy

まとめ
  • 東日本大震災後、「震災関連死」が増えている。
  • その多くは「生活不活発病」に起因しており、がん増加を引き起こしている。
  • 私たちは、情報に惑わされることなく、ヘルスリテラシーを身につけることが大切。

私が放射線医の中川恵一氏に初めて会ったのは平成28年の7月、とあるシンポジウムの席だった。その時中川氏の話を聞いて衝撃を受けた。それは、福島県民にとって「避難が最大のリスク」であり、「放射線より生活不活発病の方が怖い」という話だった。その時、「震災関連死」の怖さを初めて知った。

写真)東京大学医学部付属病院放射線科准教授 中川恵一氏
写真)東京大学医学部付属病院放射線科准教授 中川恵一氏

©安倍宏行

震災関連死とは

震災関連死」と聞くと、東日本大震災で起きた地震や津波で亡くなった方のことを想像する方もいるだろう。復興庁は、「震災関連死」の定義を「東日本大震災による負傷の悪化などにより死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった者」としているが、より具体的に言うと、建物の倒壊や火災、津波など地震による直接的な被害ではなく、その後の避難生活での体調悪化や過労など間接的な原因で死亡することを指す。

その数は、1都9県で累計 3,647人に上る。(去年9月末時点)震災から6年の間にこれだけ多くの方が亡くなっていることに衝撃を覚える。心からお悔やみを申し上げたい。

その中で福島県民の死者が2202人と突出している。全体の約6割に当たるのだ。避難生活による過労や自殺などの「震災関連死」によるものだ。そしてその多くが66歳以上の高齢者だという。中川医師は、「生活不活発病」の発症が大きな問題だとして警鐘を鳴らしている。

表)東日本大震災における震災関連死の死者数
(都道府県・年齢別) 平成29年9月30日現在
表)東日本大震災における震災関連死の死者数(都道府県・年齢別)  平成29年9月30日現在

出典)復興庁

「生活不活発病」の怖さ

「生活不活発病」とは、狭い仮設住宅借り上げ住宅に住んでいる人に発症する。狭い空間にいる、というのはそれだけで大きなストレスだ。仮設住宅そのものを実際にご覧になったことがあるだろうか?両親が東北出身で、田舎が福島県と宮城県にある筆者は震災後何回も被災地に足を運んだ。仮設住宅は我々が想像するよりずっと狭い。そうした空間に閉じこもりがちになり、不活発な生活によって全身の機能が低下する。

写真)飯館村の避難者施設:松川第一仮設住宅 集会所
写真)飯館村の避難者施設:松川第一仮設住宅 集会所

出典)松川第一仮設住宅HP

中川医師が毎月訪れている福島県飯館村で生活の変化についてアンケートを取ったところ、「喫煙や飲酒の量が増えた」「眠れない」「イライラする」などの回答が多かった。また、「体重が増え、血圧が上がった」「運動量が明らかに減った」ことなどが明らかになっている。

写真)イメージ画像
写真)イメージ画像

出典)©すしぱく フリー画像

実はがんの原因の3分の2近くが喫煙、飲酒、運動不足、塩分過多、野菜不足などの生活習慣によるもの、と中川医師は警鐘を鳴らしている。私たちもなんとなくそうなんだろうな、程度の認識は持ち合わせているが、がんを増やす、といわれるとドキッとする。

写真)イメージ画像
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出典)©Pixabay フリー画像

実際、国立がん研究センターが発表した放射線の危険度を他の危険因子と比べた図を見ると、喫煙や大量飲酒の習慣は放射線を1,000~2,000mSv(ミリシーベルト)被ばくするのと同程度、また、肥満、やせ、運動不足、高塩分食品の取りすぎなどは、200~500 ミリシーベルトの放射線被ばくと同程度の発がんリスクがあると推定されている。私たちの想像をはるかに超えるリスクだ。一方で100mSv以下では発がんリスクを検出するのが極めて難しいという。

図)がんのリスク(放射線と生活習慣)
図)がんのリスク(放射線と生活習慣)

出典)©環境省

運動不足や肥満は何も大人に限ったものではない。子供たちにとっても深刻だ。仮設住宅に引っ越したがために学区が変わり、これまで仲の良かった友達との交流が突然絶たれることもある。そうしたことが運動不足などにつながっている面も否定できない。

また、「借り上げ住宅」住まいも問題だと中川医師は指摘する。普通プレハブの「仮設住宅」より、マンションなどを借り上げた「借り上げ住宅」の方が住環境はいいような気がするが、「仮設住宅」のようなコミュニティが無くなる「借り上げ住宅」は先に述べた「生活不活発病」を発症しやすくなるという。

中川医師はこう指摘する。「原発事故の前、飯館村などは隣近所は身内という感覚で暮らしていたわけです。それが知り合いもいない借り上げ住宅に住んだらどうなるか。鬱々として引きこもりがちになり、結果として肥満になる。一部の市の避難している人の糖尿病発症率が6割も増えているというデータもあるんです。」中川医師によると、血糖値が上がるとインスリンが分泌され、すい臓がんや肝臓がんのリスクが2倍になるという。これは、年間300mSvの放射線被ばくと同じくらいの健康被害に当たるそうだ。この話を聞いて暗澹たる気持ちになった。なんという悲しい話なのだろう。

写真)東京大学医学部付属病院放射線科准教授 中川恵一氏
写真)東京大学医学部付属病院放射線科准教授 中川恵一氏

©安倍宏行

がんを増やさないために避難しているのに、結果的にがんのリスクが高まるという矛盾した事態が今起きている事を私たちは直視すべきだろう。

福島で甲状腺がんは増えたのか

福島県の子供たちに甲状腺がんが増えている。」そんな報道を目にした人も多いのではないだろうか。チェルノブイリ原発事故後に小児甲状腺がんが増加したことから、福島の原発事故後も同様に増加するのでは、との不安を多くの人が持ったのはある意味当然だ。

実際はどうか。中川医師はこの報道は「的外れ」と指摘する。福島県県民健康調査検討委員会(以下、検討委員会)の「県民健康調査における中間取りまとめ」によると、平成23年10月に開始した先行検査(一巡目の検査)において、震災時福島県に居住の18歳以下の県民を対象とし約30万人が受診(受診率81.7%)、これまでに 113 人が甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」と判定され、このうち99人が手術を受けたという確定診断が得られている。(平成27 年6月30日集計)その後もこの検査は続けられている。これだけ見ると、がんが増えているとの印象を抱くが、中川医師はこうした福島県の徹底した検査の結果、甲状腺がんが見つかったと指摘している。

当の検討委員会も、わが国の甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されていることについて、「将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している」可能性を指摘している。

同時に、これまでに発見された甲状腺がんについては、被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さいこと、被ばくからがん発見までの期間が概ね 1 年から 4 年と短いこと、事故当時 5 歳以下からの発見はないこと、地域別の発見率に大きな差がないことから、総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくいと評価している。

つまり、もともと持っていて悪さをしないものを無理やり見つけてしまったということで、中川医師はこれを「過剰診断」と表現した。つまり「甲状腺がんが増えた」のではなく、「甲状腺がんの発見が増えた」ということだ。

無論、放射線の影響の可能性は小さいとはいえ現段階ではまだ完全には否定できないことから、「影響評価のためには長期にわたる情報の集積が不可欠であるため、検査を受けることによる不利益についても丁寧に説明しながら、今後も甲状腺検査を継続していくべき」と検討委員会も言っている。

実は韓国でも女性の甲状腺がんが増えている、というデータがある。しかし、乳がんの超音波検査後に甲状腺検査を行うようになった平成12年ごろから急増していることから、これも「がんの発見」が増えている例ではないだろうか。

とはいえ、いまさら県民健康調査を止めるという選択肢はないだろうが、大切なことは、専門家の科学的知見をよく理解した上で自分で判断することだろう。

報道されない日本学術会議の報告書、その中身

ここに1つの冊子がある。「日本学術会議」が去年9月にまとめた「こどもの放射線被ばくの影響と今後の課題ー現在の科学的知見を福島で生かすためにー」と題した報告書だ。日本学術会議といっても知らない人がほとんどであろうが、国内の科学者の代表機関であり、政府への政策提言などを行っていることから、「学者の国会」とも称される。

その「日本学術会議」の報告書が話題となった理由が2つある。1つはその中身である。放射線被ばくの影響の対象を「子ども」に絞ったところが特徴だ。具体的に見てみよう。

写真)「こどもの放射線被ばくの影響と今後の課題ー現在の科学的知見を福島で生かすためにー」
写真)「こどもの放射線被ばくの影響と今後の課題ー現在の科学的知見を福島で生かすためにー」

©エネフロ編集部

胎児影響について

「死産、早産、低出生時体重および先天性異常の発生率に事故の影響がみられないことが証明された」

「『胎児影響』に関しては、実証的結果を得て、科学的には決着がついたと認識されている」

子どもの健康リスクについて

福島第一原発事故後の被ばく線量は「9歳以下の748人の99%が5mSv(ミリシーベルト)未満であった。」一方、チェルノブイリ事故との比較で、「ベラルーシ、ウクライナの避難者のうち14歳以下に限って言うと、99%以上が50mSv 以上の被ばくを受けた。」

「地震から4カ月の間に受けた外部被ばく線量の中央値は0.6mSv(県全体)、ホールボディカウンターによる内部被ばく検査では被験者の99.9%が預託実行線量1mSv未満であった。これらは、日本人が1年間に自然かから受ける外部被ばく線量の平均値(0.63mSv)や経口摂取による内部被ばく線量(0.99mSv)に比較的近い。」

外部被ばく、内部被ばく、それぞれの最大値も「CT検査(1回あたり5-30mSv)やPET検査(1回あたり2-20mSv)で受ける線量に相当する。」

つまり、子どもの健康リスクは極めて小さく、胎児への影響はない、としている点が注目される。

本報告が注目された2つ目の理由は、マスコミがあまり伝えなかったことだ。地元紙は報じたが、全国紙では福島県民版に載せたところがほとんどだった。なぜ全国に向けて記事を載せないのか理解に苦しむ。

国際機関などの報告の引用が主で学術会議の意見がなかったので大きく取り上げなかった、などという話もあるようが、「学術会議」が国内外の様々な知見を集めてひとつの報告書としてまとめたこと自体がニュースだろう。1メディア編集長として私は当然報じるべきものだと考える。

私たちがすべきこと

大手マスコミが「報じない自由」を行使するのは何もこれだけではない。他にも同じような例はある。実はそれこそ一番大きな問題なのだ。大手メディアは一体何を伝えようとしているのか。

そうした中、日本学術会議は報告書の中で、福島原発事故後、主にソーシャルメディアを介してチェルノブイリ事故再来とか、動植物の奇形に関する流言飛語レベルの情報が発信・拡散されたとことに対し、「『次世代への影響』に関する不安を増幅した」、と指摘した。その上で、「全国でこうした誤認が浸透しているのであれば、誤った先入観や偏見を正す必要があり、次世代への影響の調査や、正しい情報発信を継続して行う必要があると考えられる。」としている。「情報発信」という言葉は重いと感じる。

私たちは情報過多の時代にいる。SNSで様々な情報が飛び交い、人々を翻弄する。そうした中、一番怖いのは「思考停止」に陥ることだろう。私たちが目指すべきは「最大多数の最大幸福」だと私は思う。日本は不幸な大震災を経験したが、私たちはそこから学び、立ち上がることが出来るはずだ。

写真)イメージ画像
写真)イメージ画像

出典)Pixabay フリー画像

「情報発信」は何も医療機関や医療従事者、公的機関、メディアだけによるものではない。インターネット時代において、私たちも情報の発信者なのだ。メディアの情報をうのみにするのではなく、自ら「ヘルスリテラシー」を身につけることは、社会の幸福を最大化するために、必要不可欠だと思う。

参考文献)
「放射線医が語る 福島で起こっている本当のこと」著:東京大学医学部付属病院放射線科准教授、中川恵一氏 ベスト新書
写真)「こどもの放射線被ばくの影響と今後の課題ー現在の科学的知見を福島で生かすためにー」

出典)Amazon

参考資料)
世界の甲状腺癌の現状(首相官邸
子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題ー現在の科学的知見を福島で生かすためにー」平成29年9月1日 日本学術会議 放射線防護・リスクマネジメント分科会
県民健康調査における中間取りまとめ」 平成28年3月 福島県県民健康調査検討委員会
東日本大震災における震災関連死の死者数 (平成29年9月30 日現在調査結果)復興庁
「メディアは放射線被ばく問題から逃げるな」中川恵一・安倍宏行 月刊WiLL 2018年1月号
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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