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エネルギーと私たちの暮らし

Vol.35 「原子力発電がエネルギー安全保障や脱炭素に対して持つ価値とは」国際環境経済研究所理事竹内純子氏

© 竹内純子

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まとめ
  • 政府は今夏と冬の電力需給が厳しいことを踏まえ、7年ぶりに全国10電力管内すべてに対し節電要請した。国際環境経済研究所理事の竹内純子氏に話を聞いた。
  • 省エネしすぎると命に関わる問題になるので、無理のない範囲で協力していただきたい。
  • 原子力が持つエネルギー安全保障や脱炭素に向けての価値を必要とするなら、その必要性を国民に説明するべき。

今年の3月22日、経済産業省資源エネルギー庁(以下、資源エネルギー庁)は東京電力と東北電力の管内に「電力ひっ迫警報」を出し、家庭や企業に節電への協力を要請した。最大震度6強を観測した3月16日の地震で火力発電所が停止していたことや、気温低下で電力需要が高まることが見込まれたためだ。

その日、筆者も節電に協力しなくては、と、普段はエアコンで部屋を暖めてから寝るのを夕方からつけずにベッドに潜り込んだ。しかし、午前2時頃部屋の冷気で目が覚めてしまった記憶がある。改めて電気のありがたさを感じた。

そして5月27日、経済産業省資源エネルギー庁は「2022年度の電力需給見通しと対策について」を発表した。

その中で、今夏の電力需給は「10年に一度の厳しい暑さを想定した場合にも、全エリアで安定供給に最低限必要な予備率3%を確保できる見通し」としながらも、「7月は東北から中部エリアで3.1%と非常に厳しい見通し」であることを明らかにした。

表)2022年度夏季の電力需給見通し
表)2022年度夏季の電力需給見通し

出典)経済産業省資源エネルギー庁「2022年度の電力需給見通しと対策について

また、2022年度冬季は「1、2月で東京から九州エリアで、10年に一度の厳しい寒さを想定した場合に安定供給に最低限必要な予備率が確保できていない状況」で、「とりわけ、東京エリアでは安定供給に必要な予備率に対して、約200万kWの供給力が不足している状況」だとした。

図)2022年度冬季の電力需給見通し
図)2022年度冬季の電力需給見通し

出典)経済産業省資源エネルギー庁「2022年度の電力需給見通しと対策について

こうした中、6月7日、政府は7年ぶりに、全国10電力管内すべてに対し節電要請をすることを決定した。対策として、電力会社に対し休止中の火力発電所の再稼働やLNG(液化天然ガス)など燃料の調達を促す。また、再生可能エネルギーによる電源の最大限の稼働を図るとともに、安全性が確保された原子力発電を最大限活用することなども盛り込まれた。

電力需給のひっ迫はなぜ起きているのか。また、今後の見通しは?国際環境経済研究所理事の竹内純子氏に話を聞いた。

写真)インタビュー中の竹内純子氏
写真)インタビュー中の竹内純子氏

© エネフロ編集部

電力需給ひっ迫の背景

まず、7年ぶりに一斉に節電要請がおこなわれることになった背景について聞いた。

竹内氏背景には大きく2つの要因があると思います。

1つの要因が、火力発電所の休止や廃止の増加です。2016年から1年間でだいたい200〜400万kWずつ、大型の発電所でいうと2〜4機分の休廃止が増え続けています。なぜ休廃止が増え続けているかというと、端的にいえば採算が取れなくなっているからです。自由化による競争原理導入とは、「競争に負けた人は市場から出ていきなさい」という制度です。

図)休止等火力と廃止火力
図)休止等火力と廃止火力

出典)経済産業省「今後の火力政策について

そんな中で発電事業では再生可能エネルギーが政策的な補助を受けて大量に導入されています。実は、日本は太陽光発電導入量で世界第3位です。ですから、晴れた日中など条件が良ければ太陽光発電がかなりの戦力になります。

そういう時には火力発電所は控えに回ります。スタンバイだけして待っていなければならない。恒常的に稼ぐことができなくなり、メンテナンス費用も確保できなくなります。稼働率が低下した設備を維持していては、そのコスト負担によって競争に勝てなくなりますから、これは廃止しようということになる。電力自由化を始めた時にはまだ余力があったものが、徐々に稼ぎの悪い発電所の廃止が増えていくと、社会としての余力が薄くなるということになります。

図)世界の累積太陽光発電設備容量(2020年)
図)世界の累積太陽光発電設備容量(2020年)

出典)経済産業省資源エネルギー庁 令和3年度「エネルギーに関する年次報告

もう1つの要因は、原子力発電所の停止が常態化していることです。東日本大震災の前には日本の電力の約3割を補っていた原子力、いわゆる3割バッターが欠番しているという状態になっているので、余力が薄い状態になります。ただ、これは去年や今年に始まったことではありません。

ある意味、必然的にこうならざるを得ないような背景があったと指摘する竹内氏。次に、火力発電と原子力発電に対する政策について聞いた。

火力発電の維持政策と原子力規制

竹内氏再生可能エネルギーは条件が良ければCO₂を出さないで発電してくれます。ただ、発電量は太陽や風次第です。いざというときに発電してくれる発電所を維持するために、再生可能エネルギーの補助政策と同時に火力発電の維持政策をやっておかなければならなかったのです。でも火力発電の維持政策は遅れてしまいました。脱炭素をすすめる中、「火力発電所に補助をするのか」といった考え方や、「自由化したのに補助するのか」など批判的な見方が強く、なぜこれが必要なのか、安定供給の確保がいかに重要かの認識が不足しており、こうした制度整備が遅れたのです。

また東日本大震災以降、東日本で再稼働した原子力発電所はなく、(現在稼働しているのは)西日本の数基しかない状態の原子力規制には、何か問題があるのではないでしょうか。10年前に色々な混乱の中で立ち上げた原子力規制にも改善すべき点はないのかと見直す動きもあります。実は今日の午前中も衆議院の原子力問題調査特別委員会の参考人で招致されて出席してきたのですが、今まで原子力安全規制というのは、規制側が安全を担保しなくてはならないという内容でした。しかし、規制行政というのはおしなべて、満たさなければいけない必要条件を作って、それに合格しているかどうかを判断する(ことになりがちですが)、そこからさらに、継続的に事業者がよりよくしていく努力をするシステム(にすること)が必要です。

節電要請の効果

政府は、家庭や企業に対して数値目標付きの節電までは求めない形での節電要請をおこなうとしている。実効性はあるのだろうか?

竹内氏節電要請といっても、普段から無駄遣いしている感覚はあまりないのではないでしょうか。ただ、需給ひっ迫については、供給力を増やすか、需要を抑制するかしかありません。休廃止した火力発電所の再立ち上げ以外に供給力を増やす手段はほとんど無く、需要の抑制をお願いせざるを得ないわけです。

今年の3月22日、福島県沖の地震による火力発電所の被害などが重なって、電力がひっ迫したわけですけれども、その時政府が緊急で節電を要請しました。私自身もテレビのニュース番組に出演し、何度も節電を呼び掛けましたが、その後の分析では1日を通じて3%ぐらいの節電がおこなわれたそうです。そして、実はその半分くらいが低圧電灯、いわゆる家庭の電気の節電によるものだったのです。つまり3%の節電の半分がご家庭のみなさまのご協力だったことがわかりました。ですから、「数値目標がなくて家庭なんて節電できないよ」、と思われるかもしれませんが、実は結構みなさんがしてくださった節電が効いていたということですね。

ただ、このカーボンニュートラルや省エネというのは、やはり真面目な方ほど無理をして節電しようとしてしまうのです。ちょっと強めの節電要請が社会や経済に重石(おもし)のようにのっかってくることを懸念しています。

家庭の節電法

節電といっても実際に何から手をつけたらいいのかわからない、というご家庭もあろう。どのような節電方法が効果的なのだろうか?

竹内氏日本の建物というのはエネルギー効率が非常に悪いといわれています。アルミサッシが熱を逃がしやすいということで、もし「そろそろ家が傷んできたなあ」という方がいらっしゃいましたら、お家の改修の時に、エネルギー効率を頭にいれてやるといいでしょう。ただ、今年の夏に間に合う話ではありませんよね。

今の家の中でできること、ということなら、洗濯乾燥機の乾燥はちょっと控えようかなとか、冷房の温度を少しいじろうかなとか、使ってない電気製品のプラグを抜こうかなとかそういうところからやっていただきたいですね。

とはいえ、ご年配の方とか、酷暑の中で冷房を切ってしまうと熱中症などになる危険性もある。そこは十分注意していただきたい。

竹内氏電気はやはりインフラ中のインフラですので、省エネしようとしすぎると命に関わる問題になったりするので、ぜひ無理のない範囲で協力していただきたいです。ただ、コロナもそうですが、国民の協力で乗り切ることに政府が甘えてはいけない。これまでのエネルギー政策については、真摯に反省し対策を急ぐべきです。

エネルギーミックス

ロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、原油やLNG(液化天然ガス)の価格が高騰している。日本のエネルギーミックスも見直さねばならないのだろうか。

竹内氏電力の需給ひっ迫が頻繁に起こる状態を脱するには、需要を減らすか供給を増やすかです。供給力を増やすという点では、脱炭素化の中で再生可能エネルギーの導入拡大が進められてきました。一方、もう一つの低炭素電源である原子力発電は、10年間政策的に放置されてきました。

原子力発電や火力発電など、「しんどい話から政治が逃げている」と竹内氏は指摘する。

竹内氏既存の原子力発電所の稼働については、原子力規制委員会の審査や立地自治体が同意してくれるかどうかに委ねており、国として積極的に関与していません。原子力の電気は安いとだけ喧伝してきた過去は、事業者も政府も反省すべきですが、ただ、安定して稼働すれば原子力が安価で、しかも発電時にCO₂を出さない電気を大量に発電できることは確かです。原子力が持つエネルギー安全保障や脱炭素に向けての価値を必要とするなら、改めて政治がその必要性を国民に説明するべきでしょう。

もう一つ、火力発電は温暖化対策の観点からここ数年「悪者」扱いでした。しかし再生可能エネルギーの導入を進めるには、調整役を確保することが重要です。温暖化目標と整合性を採るため、政府の長期エネルギー需給見通しでは、2030年にはLNG火力発電は半分になるとされています。政府の見通し通りになるかどうか、疑問はあるものの、政府がそういっている以上、火力発電への投資を民間事業者のリスクでやってもらうのは無理でしょう。日本におけるエネルギー安定供給の価値をもう一度軸において、火力発電所に対しても何らかの姿勢をしめすことが必要になってくると思います。また、需要側の対策としては、建物の省エネ支援策など、エネルギーを超えた課題として取り組む必要があります。総力戦だと言えるでしょう。

火力発電所のメンテナンスコストをだれがどう担保するのか、という問題にどのような解があるのだろうか。

竹内氏これまでは、発電所が発電した電気の量に応じて料金を支払うという仕組みが基本でしたが、発電する設備(kW)があることに対してお金を払う市場、すなわち「容量市場」というものがあります。実は2024年から、こうした設備に対してお金が支払われることになっています。ただ、2024年まではお金が入ってこないのです。また2024年の支払いに関する入札がおこなわれた時、これでは小売り電気料金が高くなってしまうとして反発する声が上がり、政治的な議論にもなりました。こうしてあるべき制度論を議論してきても、声の強い事業者やその意を受けた政治の声で制度がコロコロ変わることの弊害もいま起きています。エネルギー問題は政治のコミットメントが必要ですが、現実を踏まえ、バランスの取れたコミットメントであることが必要です。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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