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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.40 「核融合炉」実用化に向け新技術続々

写真)JET(欧州トーラス共同研究施設)にある世界最大のトカマク型核融合実験炉

写真)JET(欧州トーラス共同研究施設)にある世界最大のトカマク型核融合実験炉
出典)© ITER Organization

まとめ
  • 二酸化炭素を排出せずに莫大なエネルギーを作ることができる「核融合炉」に期待が高まっている。
  • 核融合反応効率化のためにAI技術を利用した取り組みなどが進む。
  • 日本でも核融合ベンチャーが誕生するなど、実用化への動きが加速している。

「カーボンニュートラル」な世界に向け、今世界中がさまざまな技術開発にしのぎを削っている。

CO₂を排出しない原子力発電所の建設が、中国やインド、中東などで加速していることはこれまでも取り上げてきた。先進国では、小型モジュール炉(SMR)の導入が検討されている。

図)アイダホ国立研究所敷地内に建設予定のニュースケールパワー社NuScale12モジュールプラント(イメージ図)
図)アイダホ国立研究所敷地内に建設予定のニュースケールパワー社NuScale12モジュールプラント(イメージ図)

出典)© NewScale Power, LLC

そうした動きに加え、未来の技術として期待されているのが、「核融合炉」だ。(参考記事:「未来の原子炉 Amazonベゾス氏も支援」)

核融合とは、太陽で起きている反応のこと。水素のような軽い原子核どうしが融合して、ヘリウムなどのより重い原子核に変わることをいう。

この核融合反応が起こると、巨大なエネルギーが発生する。たった1グラムの燃料(重水素や三重水素)の核融合反応から得られるエネルギーは、約8トンの石油を燃やしたのと同じだというから、いかに巨大かわかるだろう。

この核融合反応を人工的におこなうものが核融合炉で、「地上の太陽」などと呼ばれることもある。

では核融合炉のメリットを見ていこう。

1つ目は、二酸化炭素を排出せずに莫大なエネルギーを作ることができる点だ。低炭素でエネルギーを生み出すことができ、温室効果ガスは排出されない。2つ目は、核融合反応はトラブルが発生すると、自然に反応が停止する点だ。核分裂の原理を用いた原子力発電と比べて安全性が高い。3つ目は、放射性廃棄物が少量かつ短命にとどまる点だ。高レベル放射性廃棄物に代表される、ウランやプルトニウムは発生しない。

こうしたことから核融合炉が次世代のエネルギー供給手段として注目されているのだ。

核融合研究開発の成果

こうした中、核融合で注目すべき研究開発が進んでいる。二つ事例を紹介しよう。

1つ目は、イギリスのAI企業「DeepMind」と「スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)」による、核融合反応の効率化のためにAI(人工知能)技術を利用した取り組みだ。

核融合反応を地上で再現するための実験炉にはいくつか種類があるが、その中に、強力な磁場を用いて高温のプラズマ(=超高温のガス)をドーナツ型の真空容器に閉じ込める「トカマク型」と呼ばれるものがある。

DeepMindとEPFLは、AI技術の「深層強化学習」により、核融合炉内の高温プラズマの位置と形状を制御する方法を開発した。EPFLのスイスプラズマセンター(SPC)が保有する「可変構成トカマク(TCV)装置」で実証したという。

複雑な核融合炉の機械の制御にAIが有効であることが示された意義は大きい。

2つ目は、2種類の水素による核融合で生じたエネルギーが過去最大を記録したことだ。それは、イギリス・オックスフォード近郊にある「欧州トーラス共同研究施設(JET)」での実験で確かめられた。

重水素と三重水素、2種類の水素を融合した時に発生するエネルギー量が5秒間で59メガジュ―ル(約11メガワット)と、過去最大を更新。1997年におこなわれた実験結果と比べると、2倍以上だという。核融合発電に向け、一歩前進したといえよう。

日本の取り組み

あまり一般的には知られていないかもしれないが、核融合の研究はわが国でも着々と進められている。

核融合エネルギーの実現に向けて、研究開発の段階を大きく3段階に分けて、それぞれの目標に向けた研究開発が行われている。科学的実現性の確立を目指す第1段階、科学的・技術的実現性の確立を目指す第2段階、技術的実証・経済的実現性の確立を目指す第3段階のうち、現在は第2段階に取り組んでいる。

図)核融合エネルギー研究開発の段階
図)核融合エネルギー研究開発の段階

出典)文部科学省

また我が国は「ITER計画」(注:語源は、International Thermonuclear Experimental Reactor :国際熱核融合実験炉)という国際的プロジェクトに初期の段階から参画している。「ITER計画」とは「平和目的のための核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証する為に、人類初の核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクト」で、現在はフランス内で実験炉の建設を進めている。

写真)ITER 空撮
写真)ITER 空撮

出典)© ITER Organization

また「量子科学技術研究開発機構(QST)」の活動も挙げられる。この研究機関は、「ITER計画」参加の中心的な役割を担っている。QSTは茨城県那珂市に研究所を持っている。この研究所は、「JT-60計画」という「核融合炉の炉心プラズマの実現を目指して、超高温プラズマの発生やそれを定常的に維持する研究開発」をおこなった。この計画により、核融合エネルギー増倍率、プラズマ温度、核融合積などにおいて世界最高値を達成し、世界の核融合研究開発をリードしてきた。

現在は、「JT-60SA計画」を進めている。この計画は、「核融合エネルギーの早期実現のために、ITER計画と並行して日本と欧州が共同で実施するプロジェクト」で、ITERと同じ形で高い性能を持つプラズマ運転をおこなうことや、高い圧力のプラズマを長時間(100秒程度)維持する運転方法の確立を目指している。

また、最近ではベンチャーの動きも活発化してきた。

日本初の核融合ベンチャー、「京都フュージョニアリング」は、核融合炉の基幹装置を販売している。2021年秋、英国原子力公社(UKAEA)が計画する核融合炉のアップグレード計画に、同社の核融合炉を加熱する装置である「ジャイロトロン」を納入する契約を結んだ。また、2040年に稼働を目指す商用核融合炉のプロトタイプを建設する計画(STEP)に設計段階から加わることが決定している。

課題

今後の課題としてはなんといっても人材育成だろう。核融合分野の国際競争力を発展させていくためにも、研究者の増員が必要だ。大学、研究機関、産業界の連携協力が不可欠だろう。

また、世界各国はITER計画の次のステップとして、2040年頃の「原型炉」の建設を目指している。「原型炉」とは、今世紀中頃までに核融合発電を実現することを目指すための実証炉だ。こうしたロードマップについての丁寧な広報も必要だろう。

核融合炉の実用化はまだ遠い先のように思っていたが、日本を含め、世界で研究開発が着実に進んでいることが分かった。カーボンニュートラルな社会に向けて核融合技術の進歩に期待がますます高まりそうだ。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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