写真)ネッタイシマカ
出典)Photo by Smith Collection/Gado/Getty Images
- まとめ
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- 蚊が媒介する感染症には、デング熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎、ウエストナイル熱、黄熱など多岐にわたり、人類を悩ませている。
- 蚊が肌に止まりにくくする技術を日本企業が開発。
- 吸血行動を取るメスの蚊の個体数を遺伝子工学により制御する試みもおこなわれている。
夏が来た。人類にとって脅威となる感染症を媒介するやっかいな生き物、「蚊」の登場だ。
主な蚊媒介感染症には、ウイルス疾患であるデング熱、チクングニア熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎、ウエストナイル熱、黄熱、それに原虫疾患であるマラリアなどがある。(厚生労働省「蚊媒介感染症」)
デング熱感染者数は、世界中で年間約3億9千万人にも上ると推定され、そのうち9千6百万の人に症状が現れている。(The global distribution and burden of dengue 2013年Nature掲載)
感染症を世界中から撲滅するためには、蚊を退治することも大切だが、蚊に「刺されない」ことも同じく大切だ。今まさに、そのための技術開発が進んでいる。
なぜ人は蚊に刺されるのか?
蚊は人の吐く息の中の二酸化炭素(CO₂)や体温、皮膚のにおいなどを検知して近寄ってくることがこれまでの研究で分かっている。また、お酒を飲んだ人や汗をかきやすい人、黒い服を着ている人も刺されやすいと言われている。
その中で筆者が驚いたニュースがある。当時高校2年生が蚊に刺されやすい妹をなんとかしてあげたい、と考え、足の裏にいる常在菌を調べたというものだ。
田上大喜氏がその人。1999年、筑波大学が主宰する「科学の芽」賞第11回に論文「蚊が何故人間の血を吸いたくなるのかを、ヒトスジシマカの雌の交尾数で検証する」で受賞した。その論文で「蚊は足の菌が多い人の足の匂いを嗅ぐと血を吸いたくなる」との結論を導き出した。
田上氏は19歳にして米コロンビア大学に研究者待遇で入学。現在、ザッカーマン研究所で、ショウジョウバエの神経幹細胞の研究に取り組んでいる。最終的には、蚊が人を刺さないようにしたいと考えている。
蚊に刺されないための“新技術”
出典) 花王 蚊が嫌う感触
こうした中、蚊から刺されにくくする技術が今、注目を集めている。
花王株式会社パーソナルヘルスケア研究所・マテリアルサイエンス研究所は、肌に「低粘度のシリコーンオイル」を塗ることで、蚊が肌に止まりにくくなり、吸血行動を阻害できることを明らかにした。(Kao: 蚊の嫌う肌表面をつくり、蚊に刺されることを防ぐ技術を開発 ~蚊を媒介とする感染症から守る~)
これは、蚊が持つ脚の構造に着目した結果から辿り着いた最新技術である。蚊取り線香のように蚊が嫌う成分を空気中に撒いて、蚊を寄せ付けない従来型の忌避剤(虫よけ)とは異なる、まさに「逆転の発想」となっている。
蚊は動物の肌に降り立つと、脚を用いて体を安定させてから吸血行動に至る。これに着目して、花王は水と親和性が高い低粘度のシリコーンオイルを塗った肌環境だった。実際、蚊はオイルを塗った肌からは即座に(ハイスピードカメラで撮影したものを見ると0.07秒)飛び去った(動画:花王 蚊が嫌う感触)。
出典) 花王 蚊が嫌う感触
シリコーンオイルによる表面張力で、蚊の足が液体側に引き寄せられ、危険を察知した蚊が逃げるというわけだ。
花王の人間の肌を使った実験によると、何も塗っていない肌では約85%の蚊が吸血行動をしたのに対し、シリコーンオイルを塗った肌では約4%の蚊しか吸血行動をしなかったというから驚きだ。
将来的に日焼け止めなどにこの成分を混ぜたものを外出時に肌に塗ることによって蚊に刺されることを予防することができるかもしれない。
遺伝子組み換え蚊
前回のリオデジャネイロオリンピック時、開催国ブラジルで「ジカ熱」が大流行したのを覚えている方もいよう。やはり蚊によって媒介されるジカウイルスによる感染症だ。蚊が媒介する感染症を撲滅するには、蚊が血を吸わなくしてしまえば良い、という発想で生まれたのが「遺伝子組み換え蚊(Genetically Modified Mosquitoes:GMM)」だ。突拍子もない計画の様に聞こえるが、すでにこのプロジェクトは現実のものとなっている。
実は吸血行動をするのは産卵前のメスの蚊だけだ。ということは、メスの蚊の個体数を減らせば、人が刺されるリスクが減ることになる。そこで遺伝子組み換え技術を使い特殊なオスの蚊が作られた。そのオスの蚊と交尾したメスの蚊から産まれたメスは成虫になる前に死ぬようにプログラムされている。
この画期的な「遺伝子組み換え蚊」の実験はすでに始まっている。米フロリダ州南端部のフロリダキーズ蚊駆除地区(Florida Keys Mosquito Control District:FKMCD)とバイオテクノロジー企業の英Oxitecが、今年4月、共同プロジェクトとして、遺伝子組み換えされたオスの「ネッタイシマカ」を放ったのだ。この計画は米国環境保護庁(EPA)およびフロリダ農業消費者サービス局(FDACS)などの承認を得ている。
この試みは2019年、既にブラジルのサンパウロ州で行われており、Oxitecによると、13週間にネッタイシマカの最大95%を抑制したという。
一方、フロリダで進行中のプロジェクトに対して、遺伝子組み換え蚊を承認しないようEPAに求める反対キャンペーンも始まった。生態系、公衆衛生にリスクをもたらす可能性があるとしている。
いずれにしても新しく開発された技術であり、効果の検証と同時に環境、人体に対する継続的なリスク管理は欠かせないだろう。
これから夏本番を迎える。蚊が人類にとって脅威の存在でなくなる日が一日も早く到来することを願うばかりである。
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