トップ画像) DACプラントのイメージ図
出典) Carbon Engineering
- まとめ
-
- 大気中のCO₂を直接回収する画期的な技術、「ダイレクト・エア・キャプチャー」
- 海外では実用化が進むが、国内では研究が始まったばかり。
- コストや環境負荷、回収したCO₂の貯留場所などが課題。
以前、植物育成へのCO₂活用を紹介した。(参考記事:「CO₂でトマトがぐんぐん!一石三鳥の最新技術とは?」2021年4月13日掲載)今回は、「大気中のCO₂を直接回収してしまおう」という画期的な技術、「ダイレクト・エア・キャプチャー(Direct Air Capture、以下DAC)」について紹介する。
DACのしくみ
出典) Audi Japan
日本や多くの国々の目標である「2050年カーボンニュートラル」。今、DACに各国の期待が集まっている。まずは、どのような技術かみてみよう。
CO₂回収の方法にはさまざまなものがあるが、そのひとつが、大気中のCO₂をアルカリ性溶液で一旦吸収し、その溶液を再加熱することで分離させたCO₂を地中に貯蔵するというものだ。
すでに過去記事(「CO2を回収して地中に閉じ込める夢の技術って?」2017年6月20日掲載)で紹介したことのあるCCS(二酸化炭素回収・貯留技術)と、どう違うのだろうと思った人もいるかもしれない。
CCSは発電所や工場などから出たCO₂が大気に放出される前に回収する。一方、DACは大気に放出された後にCO₂を回収する。DACは排出された後のCO₂も吸収できるのだ。また、CCSで回収しきれなかったCO₂を回収できる点も評価されている。
両者はCO₂を回収するタイミングが異なるため、濃度も異なる。CCSで回収されるCO₂は濃度が濃いが、DACは大気中から回収するのでCO₂濃度が0.04%と薄い。したがってDACの方が高度な技術が必要になってくる。
そうした中、キヤノングローバル戦略研究所の杉山大志氏は、DACのメリットを以下のように挙げている。
1つ目は、立地地点の自由度が高いこと。CCSのようにCO₂が排出する場所に隣接する必要がないので、CO₂の貯留施設やエネルギー供給地から近い場所などにDACを設置できる。CCSの課題の1つであるCO₂の移動網の整備や安全性の確保を心配する必要がなくなる。
2つ目は、既存の社会・経済構造を変えなくて良いことだ。DAC導入のために、工場や発電所などの操業を変える必要がない。カーボンニュートラルへの完全な移行が難しい産業にとって朗報だ。
海外の事例
ここで海外でのDACの事例を見てみよう。
IEAのレポート(2020年6月)によれば、すでに15のDACプラントが世界で稼働している。スイスのClimeworks、カナダのCarbon Engineering、米国のGlobal Thermostat、米国のCenter for Negative Carbon Emissions、フィンランドのThe VTT Technical Research Centerなどのスタートアップ企業だ。
コカ・コーラの子会社Valserは、ClimeworksのDACプラントで回収したCO₂を炭酸水の製造に利用している。飲料業界で初の試みだ。
出典) Valser
まだ小規模なDACプラントが多いものの、大規模なプラントも着手されている。
アイスランドにおいて、Climeworksは「Orca」というプラントを2021年に完成させる予定だ。毎年4,000トンのCO₂の回収が可能で、稼働に必要なエネルギーは、近くにあるON Powerのヘトリスヘイジ地熱発電所の再生可能エネルギーでまかなわれる予定だ。回収したCO₂は、Carbfixの技術によって地中奥深くに埋めるという。
出典) Climeworks
出典) Climeworks
カナダのCarbon Engineeringは、米国のOccidental Petroleumと連携して、最大で年間100万トンのCO₂を吸収できる大規模商業用プラントを米国のテキサス州に建設中だ。2023年には運転が始まる見込みだ。
日本の事例
海外に比べると、日本におけるDACの実用化はまだまだだ。しかし、内閣府による、過去にない大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する、いわゆる「ムーンショット型研究開発制度」に後押しされる形で、いくつかの大学や研究所で研究が進んでいる。2021年度からは、政府が支援する大型プロジェクトが始動し、本格的な研究開発が始まっている。
たとえば、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所の藤川茂紀教授らは株式会社ナノメンブレンと共同研究をおこなっている。この研究を通じて、膜分離によって空気中のCO₂を0.04%から40%以上へ濃縮できるということが分かった。膜によるCO₂回収は小規模のため、土地の限られた日本での実用化・商業化への後押しとなりそうだ。教授らは、この「ユビキタスCO₂回収」による炭素資源循環社会の実現を展望する。
出典) 九州大学
また、名古屋大学大学院工学研究科の則永行庸教授は、東邦ガスや他の大学とともに、「Cryo-DAC(クライオダック)」とよばれる技術を開発した。「Cryo」とは、「Cryogenics」すなわち冷熱の略である。LNGの冷熱を使って、より効率的にCO₂を回収するものだ。今まではほとんど捨てられてきた冷熱を有効活用している点が新しい。また、回収したCO₂を貯蓄する際に、常温で分離が可能だ。
このように、新素材や分離膜、低温分離など大気中のCO₂をより効率的に吸収・分離する技術の研究開発が進んでいる。これらの技術の実用化に期待が集まる。
課題
一方、DACの実用化には、解決すべき課題が主に3つある。
1番目はコストだ。コストの約半分を占める設備費の削減が重要だ。これについては、エネルギーが安く手に入り、CO₂貯留地が近いところにDAC設備を設置することで、コスト削減が図れるだろう。
一方で、再生可能エネルギーよりもDACの方が相対的に安いのではないか、との見方もある。キヤノングローバル戦略研究所の杉山大志氏は、「100ドル程度でDACが活用できるならば、(中略)日本のCO2 排出の1割程度の 0.1 Gt CO2 を対象とすると、総額で$10G/year =100 億ド ル/年=1 兆円/年となる。これは巨額だけれども、現在の再生可能エネルギー賦課金が年間 2.4兆円に達していることと比較すると、不可能な数字ではない」と述べる。
出典) 資源エネルギー庁
また、カナダ発の越境ECサイト・プラットフォーム「Shopify」は、2021年3月、CO₂除去サービスの取り扱い開始を表明した。Shopifyは、CarbonEngineeringとClimeworksから合計15,000トンのDAC炭素除去を購入し、これにより脱炭素化が困難な産業やプロセスにソリューションを提供するとともに、過去からの排出量を確実に除去する方法を顧客に提供する。DACをビジネス化することで、コストの課題が改善されるとの見方がある。
2番目は、DACの運用にかかる大量のエネルギーをいかに環境負荷をかけずに確保するか、だ。前述したLNGの冷熱活用なども有力なエネルギー源の候補だ。
最後に、回収したCO₂をどこに貯留するか、だ。日本は国土が狭い。漏洩リスクがなく、長期間安定して貯蓄できる場所探しが課題だ。さらに、安価でエコなエネルギーを確保できる場所となると国内での選択肢が狭まる。海外への輸出も視野に入れる必要があるだろう。そもそも大量の貯蓄をしなくて済むように、CO₂の再利用技術も同時に発展させていくことが必要だ。カーボンニュートラルに向け、やるべきことは多い。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- エネルギーと環境
- エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。