図) HAPSモバイルが開発したSunglider(イメージ)
出典) HAPSモバイル株式会社
- まとめ
-
- HAPSは、成層圏内を飛行する通信基地局である。
- 地上基地局の400倍にあたる直径200km圏域をカバー、衛星通信より品質が高く、ユーザー端末と直接通信可能。
- 課題はあるものの各国の開発競争は加速、実用化も見えてきた。
以前「「空飛ぶクルマ」発進目前!(2020年11月3日掲載)」の記事で「空飛ぶクルマ」の実用化に向けた動きが加速していることを取り上げたが、機体の開発や法整備以外にも必要なものがある。それが、「空の通信環境」の整備である。今回は、「HAPS(ハップス:High Altitude Platform Station)」という「成層圏通信プラットフォーム」を紹介する。
HAPSとは?
HAPSとは、携帯電話の基地局を積んだ無人機体をソーラーエネルギーを使って成層圏内を飛行させる、いわば「空飛ぶ通信基地局」である。
2017年に設立されたソフトバンク株式会社とAeroVironment社の合弁会社であるHAPSモバイル株式会社が、2023年のHAPSの実現を目指している。
HAPSモバイル株式会社は、現代社会の基幹インフラであるインターネットを世界中に届け、モバイル通信の未来を開拓することを使命とする。都市部にいると分からないが、通信ネットワークの整備が不十分な地域(山岳部や離島、発展途上国など)はまだまだ多い。こうした地域に、安定したインターネット接続環境を提供する手段としてHAPSに期待が集まっている。
今までの通信環境提供手段と何が違うのか?
通信基地局というと、地上基地局や通信衛星などがすでに存在するが、HAPSは一体それらと何が違うのだろうか。
まず、地上基地局とHAPSを比較すると、一番大きな違いは高度だ。地上基地局は高いところに設置されているが、それでも地上から40~50m程である。一方、HAPSは地上から約20kmの成層圏内に位置する。
2つ目の違いは、1つの基地局のカバー範囲だ。一般に、高度が高ければ高いほど、カバーする範囲は広くなり、障害物に電波が遮られることも少なくなる。したがって、高度の高いHAPSのカバー範囲は地上基地局よりもかなり広くなり、電波が届かない圏外を減らすことができる。
カバーエリアは、直径約200kmと想定されており、これは地上基地局約400個分に相当する。日本全体をカバーするには、数千、数万単位の地上基地局が必要だが、HAPS向け無人航空機「Sunglider(サングライダー)」であれば約40機でこと足りるのだ。
出典) HAPSモバイル株式会社
3つ目は、地上基地局の設置が困難な場所でもアクセス可能な点だ。HAPSは、空を飛んでいるので、地理的制約が少なく、山岳部や災害発生場所などにも通信環境を提供できる。また、災害の影響を受けにくいため、地上基地局が被災して稼働できなくなっても、バックアップとして期待できる。
実際、過去の記事「3.11から10年 最新防災テクノロジー(2021年3月9日掲載)」で取り上げた内閣府の「防災×テクノロジー」タスクフォースとりまとめの中でも、災害時の安定的な通信確保のためのHAPS推進が重点施策として挙げられている。
次に、HAPSと通信衛星の違いは何だろう。地上基地局との違いはイメージしやすいが、通信衛星も空を飛んでいるし、いまひとつ違いが分からない。まず1つ目は、地上基地局との違いと同じく高度の違いだ。通信衛星は外気圏および宇宙空間を飛行しており、その高度は対地静止軌道衛星(geostationary earth orbit / GEO satellite)であれば地上から約3万6000kmである。低軌道周回衛星(low earth orbit satellite / LEO satellite)であっても約1200kmだ。それに対して、すでに述べたようにHAPSは地上から約20kmの成層圏にあり、地上からかなり近い。地上からの距離が通信衛星に比べて近いので、電波を速く伝えられるだけでなく、より高い通信品質を提供できるのだ。
出典) HAPSモバイル株式会社
2つ目の違いは、モバイル通信が可能な点だ。通信衛星の場合、衛星の電波は地上基地局を通じて間接的にユーザーの端末に届けられるため、地上の基地局や専門の機器がなければユーザーが衛星の電波を受け取ることができない。それに比べて、HAPSは基地局を積んでいるので、ユーザーの端末と直接通信でき、スマホなど既存の機器を活かせる点が強みだ。
成層圏を飛行させる理由は高度によるメリット以外にも他にある。HAPSの運用には太陽光発電による電力が必要だが、成層圏は雲よりも上にあるためソーラーパネルで太陽光を常に受けて発電することができる。加えて、一年中、比較的風が穏やかなため無人機体を長い期間、安定飛行させることができる。
このような理想的な環境であるにもかかわらず、なぜ今まで成層圏通信プラットフォームは発展してこなかったのか。実は、日本でも1999年頃に国家プロジェクトとして研究が進んでいたが、地上基地局が拡大して必要性が薄れたことや太陽光発電・蓄電の技術が不十分だったことにより頓挫した。
現在、この太陽光発電技術が進んだことにより実現可能性が高まったことに加え、「空の経済圏」への期待感や、災害対応における空からのアクセスのニーズも高まり、再び注目が集まっている。
今後の課題
総務省によれば、HAPSを利用した無線通信システムに係る周波数有効利用技術にはいくつかの課題がある。たとえば、成層圏特有の風の影響により、機体が揺れやすく、直進性が高いミリ波の場合、地上局に比べ、安定的にサービスエリアを維持することが難しい。
また、成層圏はマイナス80℃と低温のため、無人機の機能を保つために、機体の温度を一定に保つ必要がある。他にも、HAPSの真下とカバーする範囲の端を比較すると通信距離が3〜5倍近く(約60〜100㎞)離れていることから、通信の品質に大きな差が生じるという課題も挙げられている。
ここまでHAPSモバイルの取り組みを中心に紹介してきたが、株式会社NTTドコモも、HAPSの基地局としての利用への関心を「第6世代移動通信システム(6G)に関するホワイトペーパー(技術コンセプト)」において表明している。
従来の移動通信でカバーできなかったエリアをカバーする手段としてHAPSに期待を寄せる。実際に、スカパーJSAT株式会社とともに、2023年の統合実証実験に向けて、さまざまな実験に取り組んでいる。
先進国での活用に期待が集まるHAPSだが、なんといっても発展途上国の人々にインターネットサービスを届けることができる点が画期的だ。そこで、重要になってくるのが、海外企業との連携だ。HAPSモバイルは、Google系列のLoon(ルーン)とともに、2020年2月に「HAPSアライアンス」を立ち上げた。通信、先端技術、航空、航空宇宙産業に属する各国企業の集まりであり、航空のAirbus(エアバス)、通信のAT&T(エイティアンドティ)、INTELSAT(インテルサット)、無線技術のNOKIA (ノキア)などの企業や、大学や政府系機関など、現在では40を超えるメンバーがいる。HAPSの商業利用化と強固なエコシステムの形成を目指す。
HAPSアライアンスのメンバーのAirbusは、「Zephyr(ゼファー)」と呼ばれるHAPSを開発している。すでに2018年に約26日間の連続飛行を成功させ、世界記録を達成している。さらに、2020年11月の飛行試験では、低高度の飛行と成層圏への早期移行などが確認され、実用化に向けた動きが進んでいる。2021年2月には、NTTドコモとNOKIAは覚書を締結し、5G/6G携帯通信向け運用における「Zephyr」の活用を検討している。
このように、HAPSはまだ課題はあるものの、各国企業の参入が加速している。「いつでも、どこでも、だれでもインターネットにアクセスできる」。そんな「空の経済圏」がHAPSによって実現される日は近そうだ。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- テクノロジーが拓く未来の暮らし
- IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。