記事  /  ARTICLE

エネルギーと環境

Vol.22 地球のエアコン「流氷」を知ろう!

写真) 網走流氷観光砕氷船おーろら

写真) 網走流氷観光砕氷船おーろら
出典) 道東観光開発(株)

まとめ
  • 流氷は、地球の温度を穏やかに保つだけでなく、海の生命の源でもある。
  • 温暖化により、深層海洋大循環が弱まり、気候変動が起きる可能性がある。
  • 流氷含め氷床の減少は、地球規模の生態系の崩壊に繋がる。

2月上旬、インド北部、ヒマラヤ山脈の氷河が崩壊して洪水が起き、水力発電所建設現場にて多数の死傷者と行方不明者がでたというニュースを耳にした人もいるだろう。地球温暖化によって氷河が溶け出し、海面上昇が問題視されている。

写真) ヒマラヤ(イメージ)
写真)ヒマラヤ(イメージ)

出典) Pixabay

日本国内にある氷河は富山県東部に位置する立山連峰の東側斜面にあるものぐらいで私たちにあまりなじみはない。

私たちにとって氷河より身近なのは北海道の流氷だろう。

海に浮かぶ氷、流氷。流氷が地球にとってどのような働きをしているのか。意外と知られていない、流氷のメカニズムを紹介しよう。

そもそも流氷とは?

日本ではオホーツク海で見られる流氷。そもそも流氷とは何だろう?

気象庁によると、「流氷」とは、「海氷(海に浮かぶ氷の総称)のうち、海を流れ漂い、海岸に定着していないもの」を指す。国際的にはこのうち「海水が凍結したもの」だけを流氷とすることもある。

流氷ができるまで

海水が凍ってできる流氷だが、そのプロセスはどのようになっているのだろうか。

海水は塩分を含むので真水より凍りにくい。真水が0度で凍るのに対し、海水はマイナス1.8度まで下がってから凍り始める。真水である湖や池は対流がなく、表面から順に冷えていくが、海は上下の水が混ざり合いながら深くまで冷えていく。全体がマイナス1.8度に達すると、その後は以下の順序で凍っていく。

① 海水中の真水部分だけが凍った、氷晶(Frazil Ice)と呼ばれる、薄い氷の板ができる。

② 軽い氷晶は浮き上がって海面を覆い、薄い膜になり、ドロドロの状態になる。その様子から、「グリース・アイス(Grease Ice)」と呼ばれる。

③ 柔らかかった氷の膜が硬さを増し、厚さ10センチ未満の、「ニラス(Nilas)」と呼ばれる薄い氷の板になる。

④ やがて、氷の底面に接した海水が次々凍り厚くなると、硬い氷の板になる。氷の板が波やうねりで割れ、円盤状の氷に。これを見てのとおり、「蓮葉氷(はすはごおり:Pancake Ice)」という。厚さ約10センチ、大きさは最大3メートルになる。

⑤ 蓮葉氷同士の隙間も凍り、「板状軟氷(ばんじょうなんぴょう:Young Ice)」と呼ばれる厚さ10センチから30センチの板状の氷になる。

画像) 風やうねりで重なり合った氷野
画像)風やうねりで重なり合った氷野

出所)  北海道立オホーツク流氷科学センター(流氷の一生)

⑥ さらに成長し、一冬しかもたない「1年氷(One-Year Ice)」となる。厚さは30センチから2メートルくらい。翌年まで解けないものは「多年氷(Multi-Year Ice)」と呼ばれる。こうしてできた氷野はやがて強風や海流にのり、移動し始める。流氷の誕生である。

なぜ、オホーツク海に?

日本で唯一凍る海、オホーツク海は、深さ平均830メートルである。オホーツク海にはなぜ流氷ができるのだろうか。

地層科学研究所によると、その理由は以下の3つだ。

① シベリアからの強い寒気
② オホーツク海がアムール川の水による低塩分濃度層と高塩分濃度層の2重構造になっていること。温度が低い上の層と高い下の層との間に対流が起きにくく、深さ約50メートルの低塩分濃度層が急速に凍る。
③ オホーツク海が千島列島,カムチャツカ半島,ユーラシア大陸,サハリンに囲まれて、太平洋や日本海と海水の出入りが少なく、②の2重構造が壊されにくいこと。
こうしたオホーツク海の特殊性がゆえに、この海域にだけに流氷ができるのだ。

図) 環境省より
図) 環境省より

流氷が地球にもたらす影響

流氷は、単にオホーツク海に浮かぶ氷というわけではない。実は、地球環境にとって、極めて重要な意味を持っている。では流氷は地球にどのような影響を与えているのだろうか。

みなさんは「深層海洋大循環」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

深層海洋大循環とは、「北大西洋北部、および、南極海で深層/底層に沈み込んだ海水が、世界中の深海を約1500年で巡り、北太平洋やインド洋などで表層に上昇して、極域へと戻っていく、あたかもベルトコンベアーのような海水循環のこと」だ。(出典:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻日比谷紀之教授

北極や南極の極域にある冷たい海水は低緯度域に、そして低緯度の暖かい海水は極域に、絶えずゆっくりと循環していることが分かっている。その周期はなんと約1500年だという。それにより、高緯度での気候が極端に寒くならないように、あるいは低緯度での気候が極端に暑くならないように保たれている。「深層海洋大循環」は、いわば「自然のエアコン」として機能している。

流氷は、極域を冷たく保つ役割を果たしているだけでなく、濃い塩水を排出している。(注1)その密度の高い濃い塩水が深海に沈降し、深層水となる。つまり、流氷は「深層海洋大循環」の発生を助けていることになる。なんともスケールの大きい話ではないか。

そればかりではない。深層海洋大循環の強弱は、氷期から間氷期(注2)の気候変動をコントロールしてきたのではないかとの説がある。最後の氷期(氷河期ともいう)は1万年以上も前だが、その時の氷期の原因を科学者達は、溶けた氷河からの淡水が海の塩分を変化させ、深層海洋大循環の速度が遅くなり、その結果、北に運ばれる熱の量が減少したことによると分析している。

大西洋の海流システムは「大西洋子午面循環(AMOC :Atlantic Meridional Overturning Circulation)」と呼ばれ、西ヨーロッパの温暖な気候の要因となっている。

2019年、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関する IPCC 特別報告書」は、「氷河の質量の消失、永久凍土の融解、並びに積雪被覆及び北極域の海氷面積の減少は、地表面気温の上昇によって短期的(2031-2050 年)に継続する」としている。

氷床が溶けて真水が海に流れ込むと、表層水は比重が軽くなり、沈降しなくなる。結果として深層海流が弱まることになる。同報告書は「大西洋子午面循環(AMOC)は弱まると予測される」と結論付けている。つまり、温暖化を真剣に防止しなければ、氷期が来るような大規模な気候変動が起きかねない、と警鐘を鳴らしているのだ。

写真) 氷河(イメージ)
写真)氷河(イメージ)

出典) Pixhere

2004年の映画「デイ・アフター・トゥモロー」は、まさにこうした地球規模の気候変動がもたらした大災害を描いたものだった。

流氷は先に述べたように超長期的に地球の気候のサイクルを守っている。温暖化により氷が溶けないようにしなければいけない理由がおわかりいただけただろうか。

食物資源への影響

さて、地球規模の話をしてきたが、流氷にはこんな一面もある。

流氷が生物の源となっている、という話だ。
生命の源である海。その海の生物の源は、植物プランクトンである。そして植物プランクトンの住み家でもあるのが、実は流氷なのだ。

流氷の茶褐色の部分(=着色層)には、「ケイ藻(そう)(Ice Algae:アイス・アルジー)」が棲んでおり、春になると爆発的に増殖する。

写真) ケイ藻(アイス・アルジー)”Sea ice algae community”
写真)ケイ藻(アイス・アルジー)”Sea ice algae community”

出典) Deep-Sea and Polar Biology. A research blog about polar and deep-sea research.Andrew Thurber

この植物プランクトンの集合体が、動物プランクトン(小エビ、アミなど)の餌になり、さらに、小魚から回遊魚、というふうに海の食物連鎖を作り出している。冬のオホーツク海の流氷は、実は休むことなく、氷の中のアイス・アルジーをとおして、海の豊かさを保っている。

世界の好漁場が流氷など凍る海に隣接していることからも分かるように、流氷は海を凍らせて漁民達を困らせているだけかと思ったら、実は海の生態系を護っていたのだ。

最後に

生命の源でもある流氷。実際に目にする機会は少ないかも知れないが、地球の気候のバランスを保つだけでなく、豊かな海洋資源にも深い関わりがあり、重要な存在であることがわかった。地球温暖化防止の重要性は私たちの想像を超えていた。

近年は環境を意識した消費者の動きが顕著になってきた。購入する商品の選択やプラスチックゴミの軽減など、私たちが普段の生活で工夫できることはまだまだある。流氷が身近でなくても、同じ地球で起きていることは、私たちひとりひとりの生活と直結している。

  1. 真水は0℃で凍り始めるが、海水は塩分を含んでいるため約 マイナス1.8 ℃で凍り始める。海水が実際に凍るのは真水部分で、塩分は凍っていない海水中に排出される。高塩分濃度の水は比重が重いので海底へと沈降していく。
  2. 氷期(glacial period)とは、氷河時代のうち、特に寒冷で氷河が拡大した時期。
    間氷期(interglacial period)は、氷河時代のうち、氷期と氷期の間で気候がやや温暖化した時期。
参考)
北海道立オホーツク流氷科学センター
国立極地研究所
地層科学研究所
流氷と私たちのくらし
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻「深海の謎への挑戦」
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
Japan In-depth

RANKING  /  ランキング

SERIES  /  連載

エネルギーと環境
エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。