写真) バイデン次期米大統領
出典) Earth Org.
- まとめ
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- 米バイデン政権、環境・エネルギー政策により踏み込んだ政策。
- 2兆円規模の大規模な環境投資をおこない、同時に雇用創出を目指す。
- 電気自動車優遇策が取られると日本の自動車メーカーに影響も。
アメリカ大統領選から1か月余り。多くの州で激戦となり、民主党候補のジョー・バイデン氏が勝利を宣言したものの、トランプ大統領は選挙に不正があったと主張、未だ法廷闘争を続けている。しかし、12月14日には指名された選挙人による投票がおこなわれるので、この記事が読まれている頃には、バイデン氏の勝利が公式に確定しているはずだ。
共和党のトランプ政権から民主党のバイデン政権へ。バイデン氏はどのようなエネルギー政策を展開するのか、そしてそれらが日本にどのような影響を与えるのか見ていこう。
トランプ氏の環境・エネルギー政策
まず、簡単にトランプ政権の環境・エネルギー政策を振り返っておこう。
トランプ氏は、地球温暖化やそれに伴う気候変動が人間の経済活動によって引き起こされていることに懐疑的な姿勢を示し、温暖化対策よりも経済活動を優先させる政策を取った。
出典) The White House
なんと言っても世界を驚かせたのは、2017年6月に表明した気候変動問題に関する国際的な枠組み、パリ協定からの離脱だ。大統領選直後の2020年11月4日、正式に離脱した。
さらに、天然ガスを中心に化石燃料開発の規制緩和を進めた結果、アメリカでは67年ぶりにエネルギー輸出量が輸入量を上回り、世界有数のエネルギー生産国となったことも記憶にあたらしい。
これまでの常識を全否定し、独自路線を歩むトランプ氏らしい決断ではあった。
バイデン氏の環境・エネルギー政策
では、新しく大統領に就任するバイデン氏はどのような環境・エネルギー政策を展開するのか。バイデン氏はトランプ氏と対照的に、気候変動や温暖化対策に積極的に取り組む方針を打ち出している。つまり、真逆である。
まずは気候変動対策について見ていこう。バイデン氏のキャンペーンサイトで掲げられている主な気候変動対策は以下のとおりだ。
・ 2050年までに国内におけるCO2排出を実質ゼロにする
・ より強い、レジリエンスのある国づくりを進める
・ 率先して他国を気候変動対策に巻き込む
(パリ協定への復帰についても言及)
・ 有色人種、低所得のコミュニティーにおける環境汚染被害に対処する
「2050年までに国内におけるCO2排出を実質ゼロにする」などより踏み込んだ公約を掲げていること、またトランプ政権とは対照的に国際社会との協調姿勢を明らかにしている点が特徴的だ。
4つ目の公約「有色人種、低所得のコミュニティーにおける環境汚染被害に対処する」に関連して、バイデン氏の環境政策でキーワードとなるのが「環境正義(environmental justice)」だ。
アメリカでは貧富の差によって、環境汚染に対する被害の度合いが大きく異なる。富裕層は環境が汚染されていない地域に居住しているのに対して、マイノリティーや低所得者層は環境汚染が深刻な地域で、危険と隣り合わせの生活を余儀なくされている。
人種や収入に関わらず誰もが平等に環境対策の恩恵を受けられるよう、環境対策と社会的正義の両立を目指すのが「環境正義」である。
さらにバイデン氏のエネルギー政策について詳しく見ていこう。
バイデン氏のエネルギー政策の大きな軸となっているのが、環境に配慮した公共事業に対する2兆円規模の大規模投資だ。
具体的な投資内容として以下のものが挙げられる。
・ 持続可能なインフラ基盤を再構築する
・ 自動車関連産業の革新を進める
・ 2035年までに発電部門のCO2排出実質ゼロを実現する
・ 4万戸の商業施設、2万戸の住宅で、エネルギー効率を改善させる
・ 再生可能エネルギーに関する技術革新を支援する
・ 農業や環境保護分野での革新を進める
・ 「環境正義(environmental justice)」の実現
気候変動対策と重複している部分もあるが、公約で度々登場するのが”Innovation”、つまり「革新」という言葉だ。再生可能エネルギーや電気自動車(EV)、蓄電池など幅広い分野での研究開発に積極的な投資をおこない、新たな技術を開発することで産業化につなげる狙いが見て取れる。
この大規模投資には、気候変動・温暖化対策を進めるだけでなく、それに伴い、数百万人規模の雇用を創出するという重要な狙いがある。こうした政策は、ルーズベルト大統領が世界恐慌への対応策として公共事業への大規模投資を行ったニューディール政策になぞらえて、「グリーンニューディール」と呼ばれる。
出典) flickr; jlhervàs
実はバイデン氏、選挙戦当初は中道的で穏健なエネルギー政策を掲げていた。なぜ、このような積極的な政策を打ち出したのか。
国際環境経済研究所主席研究員で東京大学公共政策大学院の有馬純教授は、背景として、民主党候補の座を争った最左派バーニー・サンダース氏の支持層の存在を指摘している。(参考:「左傾化するバイデン候補のエネルギー温暖化政策」)
大統領選の勝利に左派の支持が不可欠になると考えたバイデン陣営は2020年5月、大統領選に向けた気候変動政策プラットフォーム作成のタスクフォースにサンダース氏をはじめ、サンダース氏の下で働き、若者に圧倒的人気のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏などを起用したというのだ。
サンダース氏は選挙戦序盤からグリーンニューディールの実現を訴えており、彼らの意見をバイデン氏の公約に反映させることでサンダース氏支持層の票を取り込む狙いがあったようだ。
日本への影響
バイデン政権が発足すれば、環境配慮へと大きく方向転換を図ると思われるアメリカ。では、日本にどのような影響があるだろうか。
考えられるのが、化石燃料市場への影響だ。
バイデン政権がトランプ政権とは逆に、化石燃料の開発に対して規制を強化するなら、市場価格が高騰する可能性がある。しかし、規制強化はアメリカ国内でも反発の声が大きいため、規制は限定的になるとの見方もある。
例えば、バイデン氏は、シェールガスやシェールオイルの掘削で高圧の液体を注入する、いわゆるフラッキング(水圧破砕法)に対する規制強化を検討していた。しかし、関係者からの反発が大きかったことからその後「連邦公有地に限定する」と方針を転換している。
また自動車産業では、日本がアメリカ国内で大きなシェアを持つハイブリッド車(HV)よりも、環境負荷の小さい電気自動車(EV)の普及に有利な政策を取ることが考えられる。しかし、日本の自動車産業は、EV専業メーカーである米テスラ社などと比べて、EV開発で遅れを取っているのが現状だ。例えば、カリフォルニア州は2035年までにガソリン車販売を段階的に禁止する方向で検討しているが、こうした政策をバイデン政権が後押しする可能性は高い。アメリカ国内で生産している日本メーカーは、生産車種の再検討を迫られるだろう。
一方で、環境規制の強化やEV需要の拡大は、車体の軽量化に必要な鉄鋼・アルミ製品に追い風となろう。影響は産業ごとに変わりそうだ。
いずれにしても、バイデン新政権は、環境関連技術で世界をリードすべく、様々な政策を打ち出してくると思われる。その中には原子力発電分野も含まれるはずだ。
菅政権は10月の所信表明演説で、「2050年までに国内のCO2排出量を実質ゼロにする」と表明した。また世界最大のCO2排出国である中国も9月の国連総会で、「国内のCO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までに実質ゼロにする」と表明した。
こうした中「第6次エネルギー基本計画」を策定中の日本。米新政権の政策のみならず、世界の「脱炭素化」の潮流を注視しながら、戦略の再構築が求められそうだ。
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